TOD2 18th Anniversary | ナノ







 東の空、何も無し。西の空、同じく。北の空にも南の空にも、浮かんでいるのは真っ白な雲くらいで、今日も今日とて空は青い。少し離れた場所からはとんてんかんと鉄同士を叩き合う音がする。孤児院の裏庭でハロルドがイクシフォスラーを改造している音だ。外からはロニがチビたちと遊んでいる声がして、シーツがはためく屋上からはナナリーとリアラが楽しそうにお喋りをしている声がした。そういえばジューダスはどこに行ったのだろう。たまには本でも読め、とジューダスから渡された本を開くこともなく、オレは自分の部屋からぼんやりと外を眺めていた。
 現代に帰ってきて、フィリアさんやウッドロウさん、そして母さんに順番に話を聞いた。リアラとも話をして、オレがこの先選ばなくちゃいけないこと、オレたちの未来について、うんと考えて。そうしてようやく結論を出したのが数日前。オレの結論を、仲間たちは何も言わずにただ応援してくれた。
 本当は今でも悩んでいる。迷っている。本当にそれでいいのか、わからなくなる。だけど、屋上で楽しそうに、幸せそうに笑っているリアラを見ていたらそんな弱音は吐けなくなる。オレは、リアラの英雄で。リアラは、仲間たちは、オレを信じてくれている。オレは、ただの子どもだったオレをここまで導いて、一緒に歩いてきてくれた仲間たちの気持ちを無駄にしたくはない。オレを信じて、未来を信じて、本当は怖いだろうにそれを押し隠して、ずっと笑ってくれているリアラを、その想いを、大切にしたい。だから、もう考えるのはやめた。オレは、オレの選択を信じるのだ。


「……はあ」


 そう決めて、今すぐにでもエルレインやフォルトゥナの元へ乗り込んで、オレたちの出した結論をぶつけて、お互いの譲れないもののために戦うのだと。そう思っていたのに。そう思ってからの数日は長い。
 神のたまごは現れない。イクシフォスラーの改造もまだ時間がかかるそうだ。それはそうだ。現実はいつだって自分の思うようにはいかない。じりじりと焦げ付くような胸と、先延ばしにされた別れとの間で、オレは溜め息をつくことしかできない。だから今日も今日とて、窓の外を見ては大きな溜め息をつくのだった。


「なんだ、カイル。随分辛気臭えな」

「……ロニ」


 頭をがしがしと撫でられる。振り仰げばそこには苦笑しているロニがいた。いつの間に部屋に入ってきたのだろう。そんな疑問が顔に浮かんでいたのか、ロニはオレの頭を撫でながら、ちょっと前から居たんだけどな、とまた苦く笑った。


「ジューダスに出された宿題に躓いてんのか?」

「そういうわけじゃないよ。ていうか、ジューダスが貸してくれた本、難しすぎて何が書いてあるかわからないし」

「ははっ!まああいつとお前じゃ頭の出来が違うからなあ!」

「なんだよ!じゃあロニはこの本に何が書いてあるかわかるのかよ!」

「どれどれ……」


 机の上に放りっぱなしになっていた分厚い本をロニに渡す。ロニはその本を受け取って神妙な顔で数ページ捲ったかと思えば、ゆっくりとその本を閉じた。そのまま机に戻される本に、やっぱりロニもわからないんじゃないか、とオレは小さく文句を言った。わからないこともないが、俺には必要のない知識だったってだけだ。ロニはそうやって言い訳をしていたけれど、視線が泳いでいるのですぐに嘘だとわかる。はあ、と溜め息。


「で、なんでそんな顔してんだよ」

「……このままでいいのかなって思って」


 オレがロニの考えていることがわかるように、ロニだってオレの考えていることがわかるはずだ。だから誤魔化さずに素直に考えていたことを口にした。このままでいいのだろうか。このまま、ただ時間が経つのを待つだけで。じりじりと胸を焦がすのは焦りだ。今まで立ち止まる暇もなく進み続けてきたのに、最後の最後で待つことしかできない焦り。ロニはオレの視線を追うようにして空を見て、オレの肩を軽く叩いた。


「焦ったって仕方ねえこともあるだろうよ。今はエルレインが動き出すのを待つしかない。俺たちに今できるのは、来るべき時のために気力を養って、万全の態勢でエルレインに挑む準備をすることだろ?」


 ロニの言うことはもっともで、オレだって頭の中ではきちんとわかっている。それでも、何かしていないと落ち着かないのだ。何かをしていないと、また迷ってしまいそうで。
 そこではたと気づいた。だからジューダスはオレが読めもしないとわかっていながらこんな分厚い本を貸してくれたのだろう。小難しい本を読んで、容量の少ない頭をいっぱいにしろという言外のメッセージ。もしくは、無駄なことを考えていないでさっさと寝てしまえという意図だったのかもしれない。どこまでもオレのことを理解しているジューダスに、オレはさっきとは違う意味で溜め息をついた。


「じっとしてるのが嫌だってんなら何かしたらどうだ?」

「何かって?」

「なんでもいいんだよ。身体を動かすとか、ちょっと遠出してみるとか、チビたちの相手でも、ハロルドの手伝いでも。お前、暇を潰すことは得意だろ?」


 小さい頃から突拍子もない遊びを思い付いては俺のこと引っ張り回してただろ。そんなことはないと反論しようとして口ごもる。確かに、思い返してみれば何かと思い付いてはロニや孤児院のチビたちを連れ回していた気がする。孤児院の中でできる遊びはもちろんのこと、クレスタの中を冒険してみたり、時にはクレスタの外に出て母さんにこっぴどく叱られたり。
 とてもそんな気分じゃない。言おうとしてやめる。そんな気分じゃないのはきっとみんな同じだ。ロニも、ジューダスも、ナナリーも、ハロルドも、リアラだって。この先に待っている『旅の終わり』のことを考えては、それぞれに思うことがあるはずなのだ。それでも彼らは努めて日常を過ごしている。塞ぎ込んで溜め息をついているのはオレばかりだった。


「ねえ、ロニ」

「ん?」

「何か思いついたら、ロニも付き合ってくれる?」


 弱気なオレの言葉にロニは一瞬だけ目を瞠って、それからやんわりと笑う。ぐしゃぐしゃとオレの跳ね回った金髪を掻き回して、ロニはオレの名前を呼んだ。


「当たり前だろ。何にだって付き合ってやるよ」


 他の奴らにも付き合ってほしいなら今日の夕飯までに考えておくことだな。言いながら、ロニは踵を返して部屋を出ようとする。オレはそんなロニの背中に、ありがとう、と言った。ロニは一度振り返って、ひらひらと手を振った。扉が閉まる。


「……やりたいこと、か」


 ハロルドがイクシフォスラーを改造するとんてんかんという音が遠くから聞こえて、階下からはロニが母さんと話している声がした。屋上では真っ白なシーツが大きくはためいて、リアラが悲鳴のような声を上げている。それをからからと笑うナナリーの声。ふと窓の外を見ると、孤児院の隅の木陰で、ジューダスが本を読んでいた。たまらない気持ちになる。そうして、オレたちがここに居た証のようなものを残したいと、そう思った。
 知らず浮かんだ涙を拳で拭った。どうして泣く必要があるんだ。自分に言い聞かせて、オレは椅子から立ち上がった。部屋に気持ちばかりに備え付けてある本棚から一冊ずつ本を引っ張り出す。幼い頃に読んだ絵本。その真似をしようと孤児院の庭のど真ん中に穴を掘って、母さんに大目玉を食らったことを思い出す。庭の真ん中でさえなければ怒られはしないだろう。
 本棚の真ん中あたりにあったその絵本を引き抜いて、机の上に広げた。子どもたちが数人、地面に掘った穴を覗き込んでいる挿絵。きらきらしたものや、誰かに宛てた手紙、ぼろぼろになったおもちゃ。思い思いの物をクッキーの缶に詰めて、子どもたちが笑っている。タイムカプセル、と言うらしい。十年後に、またここで。そう締めくくられた絵本は、今のオレたちにぴったりだと思った。


「ということで、各自、タイムカプセルに入れたいものを持ち寄ること!」


 夕飯の席。イクシフォスラーにかかりっきりで今まで同席したことのなかったハロルドも半ば無理矢理同席させて、母さん特製マーボーカレーを食べていたみんなに向かってオレはそう言った。ぶ、と噴き出したのはロニだけで、他のみんなは怪訝そうに、もしくは呆れたようにオレを見ていた。


「何が、ということで、なんだ」

「タイムカプセルって、そんなの埋めてどうすんのよ」


 思わしくない反応を返してきたのは案の定ジューダスとハロルドだった。この反応は想定内なのでひとまず無視して、リアラとナナリーに目を向ける。


「いいんじゃない、タイムカプセル!楽しそうじゃん!」


 ナナリーはからからと笑いながらそう肯定の言葉を返してくれた。さすがナナリー!と歓声を上げれば、ナナリーは機嫌良さげにカレーをひとくち。オレは隣に座るリアラに視線を送る。視線の先で、リアラはきょとんと目を瞬かせていた。


「タイムカプセルって、なに?」


 リアラの反応も想定通りと言えば想定通りだ。オレは膝の上に置いていた絵本をリアラに渡して、タイムカプセルの説明をする。それぞれ大切なものを持ち寄って何かの缶に詰めること。それを埋めて、何年後かに再び全員揃って缶を開けること。
 オレの説明を聞いたリアラはぱあと瞳を輝かせて、やりましょう!と笑ってくれた。そのきらきらとした瞳をジューダスとハロルドに向ける。ジューダスは必死にその瞳を見ないようにしていたけれど、ジューダス、とリアラとロニとナナリーに名前を呼ばれて、カレーを食べていた手を止めた。しかめっ面のまま視線だけをオレに投げて、スプーンを置く。


「……好きにしろ」


 根負けしたジューダスの声。リアラとナナリー、オレとロニはハイタッチ。さて、残るはハロルドだけだ。ちびちびとサラダとカレーを交互に頬張っていたハロルドは、しばらく考えたような素振りを見せた後、にやりと質の悪い笑みを浮かべた。ぞっと背筋を駆け抜けていった悪寒には気づかないふりをする。


「何入れてもいいって言うなら付き合ってあげないこともないわ」

「常識の範囲内で、だぞ!?マジで変なもの入れんなよ!?」

「あら、失礼ね。人体に影響があるようなものは入れないわよ」


 たぶんね、と小さく付け加えられたその言葉も聞こえなかったふりをして。満場一致で可決したその案に、オレは両手を掲げて宣言した。


「よーっし!じゃあ明日から早速行動開始だ!」

「……開始するのはいいが、ある程度ルールを決めておく」


 いつの間にか皿を空っぽにしたジューダスが水を飲みながらそう言った。ルール?首を捻るオレとリアラを呆れたように見ながら、決めなければいつまでも帰ってこなさそうなやつがいるからな、と言う。ハロルドのことかな、と彼女に視線を送れば、お前のことだバカ、とロニに頭を叩かれてしまった。いくらなんでもそこまで考え無しじゃない、と反論しようとしてやめる。絶対大丈夫とは言い切れないのが悲しいところだ。


「期限は一週間。一週間後にここまで戻ってくるのであればどこに行っても構わない。持ってくるものも自由。ただし、人体に影響を及ぼすようなものや生物は禁止だ。……当然、神のたまごが現れたのを確認した場合は、どこにいようとすぐさま戻ること」


 守れるか、とジューダスはオレの目を見ながら問いかける。オレは大きく頷いて、それに続くようにリアラとロニ、ナナリーが、了解、と声を上げた。ハロルドは手に持ったスプーンをひらひらと振って同意を示す。


「そうと決まれば早く食べて早く寝なくちゃだな!寝坊なんかしてられないぞ!」

「お前、ちゃんと起きられるのかよ」

「……起きられなくても母さんが起こしてくれる、はず……!」

「そこは自分で起きるって言いなよ……」


 やれやれと肩を竦めたナナリーが空になったカレー皿と小皿を五枚ずつ重ねて流しへ運ぶ。テーブルに残されたのはオレの前の皿だけだ。いつの間にかみんな食事を終えていたらしい。流しへと皿を運んだナナリーが振り返ってにっこりと笑った。


「ということでカイル。皿洗いは任せたよ」

「えっ!?」

「お願いね、カイル!」

「そ、そんなあ!」


 ナナリーとリアラはくすくすと笑い声を上げながら階段を上っていき、ハロルドとジューダスは孤児院の外へと向かう。ロニはオレのことを見捨てないだろうと見上げてみたが、当のロニは意地の悪い顔で、俺もさっさと寝るかな、と言いながら食堂から出て行ってしまった。


「あんた、まだ食べてたの?さっさと食べてしまいなさいよ。あと、皿洗いするならついでに鍋も洗っといて」


 すっかり冷めてしまったマーボーカレーを急いで掻き込んでいると、チビたちを風呂に入れてきたのだろう母さんが追い打ちのようにそう言った。孤児院の全員分に加えてオレたちの分のマーボーカレーだ。当然、鍋はひとつではない。オレはがっくりと項垂れながら、ベッドに辿り着けるのはいつになることやら、と大きな溜め息をつくのだった。




はじまりはいつもそこから




20201102


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