TOD2 18th Anniversary | ナノ







「あーーーーっ!!」


 街道にまで足を伸ばす草を踏みしめ、そうして唐突に思い出した記憶に絶叫する。隣を歩いていたロニが片手で耳を塞ぎながら、うるせえ!ともう片方の手でオレの頭に拳骨を落とした。違う意味で絶叫したオレを、ナナリーがからからと笑う。


「で、突然なんだよ」

「だって!だって!!」

「落ち着きなよ、カイル。だってじゃわかんないだろ」


 あの時、オレより少しだけ高い位置にあったナナリーの頭は、今はオレの少し下あたりにある。それはそうだ。オレは今年二十歳になって、ナナリーはまだ十四歳だ。それでもナナリーの成長は早く、危うく身長を追い越されるのではないかと恐々としたものだ。だいぶ遅れてきた成長期のおかげで十四歳のナナリーに身長を追い越される事態は回避できた。ぎりぎりで。
 オレの目線はどちらかと言うとロニに近付いて、今では父さんと同じくらいかオレの方が少し高いくらいだ。身長が並んだとき、父さんは悔しそうにしていたけれど、どこか誇らしそうに笑っていて。それがとても嬉しかったことを覚えている。


「あれだよ!」

「どれだよ」

「クレスタに帰らなきゃ!」

「だから、その理由を聞いてるんじゃないか」


 呆れたように肩を竦めるロニとナナリー。オレは二人の顔を交互に見て、もしかして忘れちゃったのか、と不安になる。オレの表情をどういう意味で捉えたのか、ロニとナナリーは揃って眉を寄せた。この二人は年々仕草や表情が似てきている。そう言うとどちらからも拳骨を落とされるから言わないけれど。


「あんたたち、なんでこんなとこで立ち止まってるのよ」


 少し後ろから声が聞こえた。振り返ると、派手な髪の色と派手な服装をした、小柄な女性が立っていた。食材の確保や路銀に変えるための素材集めがてら三人で先行していたはずなのに、いつの間に。そんな驚きも表情に出ていたのだろう。女性は手に持った杖でオレの頭を叩く。ごん、といい音がした。


「ロニもハロルドも、オレの頭ばっかり叩くなよな!」

「あんたがはっきり喋んないからでしょ」

「答える前に叩いてきたの、ハロルドだろ!?」


 絶対コブになってる。じんじんと痛む頭を抱えて道端に蹲る。ハロルドがその杖で殴ってきたのは奇しくも先程ロニに拳骨を落とされたのと同じ位置。いや、ハロルドのことだから、オレがダメージを負っているところを見極めて的確に殴ってきている可能性は十分にある。これだけ長い間一緒に旅をしていれば、悲しいかな、それくらいお見通しにもなるというものだ。


「ヒール」


 押さえていた頭に、じわりと広がるぬくもり。このぬくもりは回復晶術のものだ。そして、オレにこんなに優しくしてくれるのはひとりしかいない。


「ありがと、リアラ……」

「大丈夫、カイル?……でも、ハロルドの言う通りよ。かなり先に行ってたと思ったんだけど、どうしてこんなところで立ち止まってるの?」

「こいつがいきなり絶叫して立ち止まったんだよ」


 リアラとハロルドの問いに答えたのはロニだった。やれやれ、と両手を挙げて呆れたポーズ。その隣でナナリーが、結局理由は聞いてないけど、と苦く笑いながら付け足した。答える前にばかすか殴ってくるからだろ。文句を言いたいところだが、そうすると一向に話が進まなくなる。言いたい文句をすべて飲み込んで、みんなの疑問に答えようと息を吸って。


「今日が『例の日』だとようやく思い出したんだろう」

「……ジューダス……」


 後ろからひょっこり現れて、あっさりオレの台詞を奪っていったその人を、思わずジト目で睨み付けてしまった。オレのその視線にたじろいだようなその人、ジューダスは、いつもの仏頂面にほんの少しの焦りを滲ませている。まあその顔を見られただけでも良しとしよう。あの頃と違って、オレは少しは大人になったのである。


「……あれ、思い出した?ようやく?」


 そう、『例の日』だ。オレたちの約束の日。五年後の今日、タイムカプセルを開けようと。そう約束した、正にその日が今日だった。
 長年旅をしていると今日が何月何日かも忘れてしまいがちだが、その日のことは忘れまいと街に立ち寄る度にカレンダーを確認していた。少し前までは。このところ、街で豪遊しすぎて路銀が尽きそうになったり、伝説の装備の噂を聞きつけて辺境の地へ向かったりとばたばたしていたことからカレンダーの確認が疎かになってしまっていた。カレンダーを見なくても、空の高さや植物の様子なんかを見れば季節はわかるけれど、正確な日付はわからない。そうこうしているうちにすっかり記憶の彼方に葬り去られていたことを、先程唐突に思い出したのだ。
 オレの言葉に、溜め息が五つ重なった。やっぱりね、やっぱりだな。そうやり取りするのはリアラとジューダスだ。だからこいつの頭に外部記憶装置を取り付けましょって言ったのよ、とはハロルド。ロニとナナリーは呆れて言葉も出ない様子だった。


「え!?もしかしてみんなちゃんと覚えてたの!?」

「お前と一緒にすんなバカ!何のために遥々フィッツガルドの山奥から急いでセインガルドまで戻ってきたと思ってるんだよ!」

「ええええ!?教えてくれたっていいだろ!?」

「あの時、みんな忘れるなよ、と自信満々に言っていたのはどこのどいつだ」

「お、オレですけど……」


 覚えていなかったのはオレだけだという事実に項垂れてしまう。がっくりと肩を落としたオレに、さすがのリアラも掛ける言葉を見つけられなかったらしい。そしてオレも、今だけはそっとしておいてほしかった。何せ、あの時、絶対に忘れるものかと息巻いていたのだ。絶対に忘れない。誓って忘れない。そんな風に意気込んでいたのに。
 肩を落としたオレの背中を叩いてさっさと歩き出すのはロニだ。ナナリーとハロルドがその後に続く。リアラが困ったようにオレの隣に立ってくれているのには気付いていたけれど、そんな彼女の腕を引いて、ジューダスまでもがすたすたとその場から去ってしまう。はああ、と大きな溜め息。そのオレの溜め息に重なるようにして、ぐ、という変な音がした。


「……何のお、と……」

「……ぶっ、……くくっ、」

「ふっ」

「……だめよジューダス、笑っちゃ、だめ、」


 顔を上げて先を歩く五人の後姿を見つめる。その肩が、背中が、細かに震えているのは見間違いではない。視力には自信があるのだ。そして当然聴力にも自信はある。微かに聞こえてくる吐息混じりのそれは、確かに笑い声だった。


「……か、からかったなあっ!?」

「ぶははは!ひぃい、腹いてえ!ははははっ!」

「待てよロニ!ナナリーも、ハロルドも!ジューダスもリアラも、逃げるなああぁっ!」


 心底可笑しそうな笑い声を上げながら、前を歩いていた五人が蜘蛛の子を散らしたように一目散に走り去る。いつもはそんな機敏な動きをしないハロルドさえも全力疾走しているのだから、悪戯にしては手が込み過ぎていると思う。待て、と叫びながらオレは彼らを追いかける。そのうち、段々と笑いが込み上げてくる。それと同時に、涙まで。
 誰も見ていなくてよかった。滲んだ涙を拳で拭う。そして、なおも笑い声を上げ続ける彼らを追いかける。俊敏さでは仲間たちの誰にも負けない自信はあるのだ。このままクレスタまで競走といこうじゃないか。


「……あんたたち、何やってんのよ」

「か、母さん……、ただいま……っ!」

「ただいま戻りました、ルーティさん……っ」


 オレ対五人の追いかけっこはクレスタに入ってからも止まらず、最終的にオレとロニの一騎打ちになった。先に孤児院に辿り着いた方が勝ちだぜ、挑発するように笑うロニに、絶対負けないぞ、と息巻いて。クレスタに到着した途端走るのをやめた四人を置き去りに、デッドヒートを繰り広げる。孤児院まであと数メートル。扉に触れた方の勝ちだ。そう目配せ合って、手を伸ばした、その先で。ばたんと内側から開いた扉に、強かに指先と鼻先を打ち付けたのだった。
 孤児院の中から姿を現したのは母さんだった。扉の前で指と鼻を押さえて痛みに悶えるオレたちに心底呆れたような視線を落とす。ひとまずただいまの挨拶だけして、オレとロニはそのまま地面に転がり込んだ。


「どうした、ルーティ?」

「いやね、カイルとロニが帰ってきたんだけどさあ……」

「お、久しぶりだな!カイル、ロニも!おかえり!」

「ただいま、父さん……」

「ただいまです、スタンさん……」


 地面に転がって指と鼻を押さえながらぜえぜえと大きく呼吸を繰り返すオレたちを一切不思議がることなく、明るく迎えてくれるのはさすがの父さんだ。器が違う。けれど少しくらいは心配してほしかったというのも本音である。一応、指先も鼻先も骨は折れていなさそうだけれど、全速力で突っ込んだ矢先の出来事だ。ダメージは尋常ではない。


「……馬鹿がすまんな」

「それはこっちの台詞よ。うちの馬鹿な子たちの世話、いつもありがとね、リオン」


 オレとロニの背中を靴の先で蹴飛ばして、母さんにそう言うのはジューダスだ。慌てたように駆け寄ってきてくれるリアラと、馬鹿を見るような目でオレたちを見ているナナリーとハロルド。優しいのはお前だけだよ、リアラ。泣きそうな声でロニがリアラに向かってそう言っているのに全力で同意したくなった。


「おかえり、リオン!元気そうでよかったよ!」

「お前も相変わらずそうで安心したよ」

「何だよ、俺のこと心配してくれてたのか?」

「何年経ってもその間抜け面は変わらんなという意味だ」


 ジューダスが時折オレに向けるような冷たい視線を父さんに送っているが、父さんはその視線にも慣れているのだろう。そして、そんな父さんの反応にもジューダスは慣れている。なんだかその事実が、妙にくすぐったかった。


「で?あんたたち、リーネのもっと奥の辺境に行くんじゃなかったっけ?急にどうしたのよ」

「孤児院の裏手に用があってね」


 母さんの疑問は尤もだ。だけど、詳しい事情を話したところで母さんは『あの時』の出来事を覚えていないし、思い出すこともないはずだ。詳しい説明を省いてハロルドがさっさと孤児院の隅に向かって歩き出す。父さんも母さんも首を捻っていたけれど、足元にじゃれついてきたチビたちに意識を持っていかれたのだろう。今日は泊まっていくんでしょ、洗濯物があるなら出しておきなさい。とそれだけ言って、孤児院の中へと引き返していった。


「それにしても、何度経験しても不思議だよなあ。あの時間軸?あの世界線?での出来事のことは、俺たち以外はこれっぽっちも思い出せないんだろ?」

「思い出せないんじゃなくて、経験してないから最初から記憶にないのよ。当然よね、歴史は修復されたんだから」


 そう、オレたちは前回の旅で確かにエルレインを、神を倒した。結果、歴史の修復作用で神や聖女が行ってきたすべてがなかったことになった。リアラは消え、オレたちはそれぞれ還るべき場所へ還った。そのはずだった。
 最初に思い出したのはオレだった。思い出したきっかけはリアラと再会したこと。次にロニがすべてを思い出して、最初からすべてを覚えていたリアラと三人でホープタウンのナナリーに会いに行った。ナナリーは思い出すまでに時間がかかったけれど、今はもうきちんとすべてを思い出しているらしい。
 そして、ハロルドとジューダス。ハロルドは千年前の人間で、ジューダスは、一度死んだ人間だ。この世界で出会う奇跡を信じるとは言っても、実際問題、出会える可能性は低いのかもしれないと、心の奥に潜む弱気なオレはそう思っていたけれど。やっほー、と軽い声に振り返ってみれば、並んで立つ二人がいたのだった。当然、前回の旅についてはすべて覚えている状態で。
 どうやってこの時代に、この世界に戻ってきたのかを尋ねたことがある。けれどハロルドはきっとわざとだろう、嫌に難しい言葉を並べて、どうせオレたちには理解できないんだから諦めなさい、と言った。ジューダスも似たような顔で頷いていたから、深くは聞かない方がいいものなのだろう。事情はともあれ、再びこの世界で六人揃って旅をすることができる。それだけで、充分だったから。


「さて、じゃあこっちの『奇跡』も起きてるかね」

「こうやってまたオレたち全員が揃ってるんだよ?タイムカプセルが残ってる奇跡くらい起きるさ!」


 孤児院の庭の隅。幼い頃から妙に気になっていたそこには、年中様々な花が咲いていた。父さんも母さんも原因は知らないらしい。四季折々の花を咲かせるそこを、母さんも、チビたちも気に入っていて、敢えて手を加えようとしてこなかったそうだ。
 リアラが息を呑む音がした。次いで、ジューダスが小さく笑う声。二人が顔を見合わせて、そして楽しそうに笑う。オレはそれを視界に入れつつ、ハロルドを見た。


「ここで合ってるよね?」

「合ってるわよ。さ、ちゃっちゃと掘り起こしましょ」


 色とりどりに咲き誇っている花に、ちょっともったいないね、とナナリーが眉を下げる。確かに、これだけ綺麗に咲いているのだ。土を掘り起こしてしまうのはもったいないけれど、オレたちの目的のためには仕方ない。できるだけそっと、花の根を傷つけないように土を掘っていく。救出した花たちは、周りの土ごと一旦避難させておいた。土にきらきらした何かが混じっているようにも見えるが、今は気にしなくていいだろう。
 あらかた花を移動させて、本格的に穴を掘る。穴を掘るのはあの時と同じ、ロニだ。木陰で見守っているつもりだったが、お前も手伝え、と小さめのシャベルを渡されてしまったのでそうもいかなくなった。二人で固くなった地面を掘る。約束の、願いの、祈りの形が、この下に埋まっていると、そう信じて。


「あれ?」

「どうした、カイル」

「ここ、なんかうまく掘れなくて……」


 シャベルの先が何か硬いものにぶつかった。がつがつとシャベルの先が何かに当たる音がする。石かと思ったが、それにしては少し柔らかい。もしかして、とロニを見上げた。ロニはなんだか泣きそうな顔をしながら、ゆっくり掘り進めるぞ、と言った。
 ゆっくり、少しずつ。周りの土を選り分けていく。シャベルでは傷つけてしまうかもしれないから、残りは手で。オレたちの様子が変わったことに気がついたのだろう。木陰で休んでいたリアラたちがオレたちの傍に駆け寄ってくる。なんだか泣きそうな顔をしていたのはリアラも、ナナリーも、そしてジューダスまでもが同じで、唯一ハロルドだけは、好奇心に満ちて輝いた顔をしていた。


「あ、」


 そう呟いたのは誰だったか。土の下から幾重にも舗装された何かが出てくる。周りの土をよけながら、とりわけゆっくり、慎重に、その何かを取り出して。
 持ち上げたそれは、五年前の今日、どこかの世界線でオレたちが埋めた、タイムカプセルだった。


「……っ」


 地面に膝をついて、リアラが震える手でオレの持ち上げたタイムカプセルに触れる。そして、その大きな瞳からぼろぼろと涙を落とした。そんなリアラの肩に触れ、ジューダスが仮面の無い顔で優しく微笑む。


「自分で奇跡の力を使っておいて何を驚いているんだ」

「だって、本当に残ってるなんて……!」

「こうやってまた僕たち全員が揃ってるんだ。タイムカプセルが残っている奇跡くらい起きる、だろう?」


 オレからタイムカプセルを受け取ったリアラが、泥で汚れるのにも構わずそれを抱き締めて、まるで子どものように大きな声で泣く。初めて見るその姿に、気がついたらオレの目からも涙がこぼれ落ちていた。
 泣きたくなんかないのに。いつか、リアラがそう、泣きながら訴えたことがあった。悲しくなんてないの。泣きたくなんてないのに。ほろほろと涙を落としていた彼女は、その時、とても幸せそうに笑っていたのだったっけ。


「……オレさ、あの旅で得た全部を、絶対に未来に連れて行くんだって、あの日、そう誓ったんだ」


 わんわんと泣くリアラに寄り添いながら、ナナリーが泣いている。彼女たちの前に座り込んで、ロニが目元を覆っている。ハロルドが珍しく瞳を潤ませている。ジューダスが、そんなオレたちを見ながら、ただただ優しく微笑んでいる。


「あの旅で得た何もかも全部。丸ごと未来に連れて行くんだって。……誓ったんだ……っ!」


 歴史の修復作用は確実に行われた。オレたちの旅はすべてなかったことになった。一度は記憶も消えた。一度は別れが訪れた。
 それでも諦めなかった。未来を、その先にある幸せを、諦めなかった。諦めることなどできなかった。忘れることなんて、できるはずがなかった。それはオレだけじゃなかった。ここにいる六人全員が、同じことを願って、祈って、誓った、その上に降り注いだ『奇跡』が、今のオレたちだ。そう、思った。


「ねえ、みんな」


 涙を拭って、立ち上がる。一度、大きく息を吸った。青い空が、やわらかい陽光が、奇跡の上に立つオレたちを、ただただ見守っている。


「未来は、ここにある。ここからはじまる」


 それは、あの日、神に突き付けるように、自分自身に言い聞かせるように、言った言葉。


「オレたちの物語は、ここから先も、ずっと、ずっと、続いていく」


 それを、その言葉を、改めて誓いの言葉としよう。誓いで、願いで、祈りで、約束の言葉としよう。


「これからも、一緒に行こう!」


 その言葉に、五人分の声が重なった。オレと合わせて、六人分。きちんと未来へ連れてきた、その証。
 オレたちの物語はこれから先も続いていく。オレたちが忘れない限り、ずっと、ずっと、永遠に。


 それがオレたちの、オレたちだけの、運命の物語。




声高に奇蹟を唄え




20201104/20201128
 Tales of Destiny2 18th Anniversary!


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