※レイズ世界でのんびり過ごしているD2(+D)組のくだらない話
ハロルド参戦前
オレさ、ジューダスの弱点、わかっちゃったんだよね。にこにこと満面の笑みでカイルがそんなことを言うものだから、わたしはつい、弱点?とオウム返しに尋ねてしまった。カイルは尚もにこにこしながら、内緒話をするようにわたしのことを手招く。
「ええっ?それ、本当?」
耳元で囁かれた言葉に思わず大きな声を上げてしまい、カイルはしーっと口元で人差し指を立てた。きょろきょろと辺りを見渡し、誰にも聞かれていなかったことにほっと胸を撫で下ろす。
わたしはまだカイルの言葉を疑っているけれど、カイルはそれはもう得意気な顔をしていて、なんだか水を差すのも気が引けてしまう。本当なの、カイル。もう一度尋ねると、カイルはぷくりと頬を膨らます。
「あっ!信じてないだろ、リアラ!本当だって!オレ、何度か試したんだからな!」
「試したって…。ジューダス、怒らなかった?」
「今のところは気付いてないみたい!」
カイルの表情はころころ変わって、今度は小さな子どもがするような悪戯っぽい顔。カイルのこういう素直なところはとても好ましいけれど、ジューダス相手に悪戯をする勇気はわたしにはない。ジューダス、怒ったら怖いもの。わたしは怒られたことはないけれど。
試しにやってみてよ、リアラ。お願い、と両手を合わせて懇願されてしまえば、わたしには断る術がない。あんたたち、カイルに甘すぎるんじゃないの。いつだったか一緒に夕飯を作っているときにルーティさんに言われた言葉が脳裏を過ぎって、確かにそうかもしれない、と小さく苦笑い。
「もう、仕方ないなあ」
だって。お願いをしてくるときのカイルのきらきらした目。断ったらへにゃりとする金髪。しょんぼりと肩を落とす姿。そんなのを目の前にして、カイルのお願いを無下にするだなんてわたしにはできない。ロニもナナリーもカイルには甘い。当然、ジューダスだって。あのハロルドですらちょっと居心地悪そうにしていたのだから。これは仕方ない。仕方ないのだ。
「ジューダス、ちょっといいかしら」
自室で読書をしていたジューダスに声を掛けて、彼からの反応を待つ。わたしから少し離れた場所に隠れているカイル。ジューダスは読んでいた本を閉じて、わたしに視線を向ける。
「どうした」
「あ、あのね。ちょっと相談が…」
仮面の奥で、ジューダスが目を見張ったのがわかる。たぶん、わたしからこういう切り出し方をするのが珍しいからだと思う。ちくちくと胸が痛む。ごめんなさい、ジューダス。悪戯するようなことして。心の中で小さく小さく謝りながら、わざわざ席を立ってわたしの向かいまで来てくれるジューダスの顔を見た。
「何かあったのか?」
「あ、えっとね、その…」
そこではたと気付く。そういえばこの先のことを何も考えていなかった。えっと、えっと、としどろもどろになっていると、さすがにジューダスも不審に思ったらしい。わたしの顔を覗き込んで、具合でも悪いのか、と眉を寄せる。
「おいおい、ジューダス。何リアラのこといじめてんだよ」
「なっ!」
「あんたは何ジューダスに絡んでるんだい!」
「…お前ら、討伐に出ていたんじゃなかったのか」
そこにやってきたのはロニとナナリーだった。ニヤニヤと意地悪く笑うロニと、そんなロニに肘打ちをしているナナリー。ジューダスの言う通り、二人はイクスから頼まれて朝早くから付近の魔物討伐に出かけていたはずなのに。
「ああ、それな。思ったより早く終わったからそのまま帰って来ちまったんだよ」
「このバカが周りも見ずに突っ込んでいくから、あたし達も仕方なく合わせてさ」
「なんだよ、結果的に早く片付いたんだからいいだろ!?」
「アーチェとチェスターが機転利かせてくれたからだろ!調子に乗るんじゃないよ!」
ロニとナナリーが喧嘩を始めてしまった。こうなったら二人は飽きるまで口喧嘩を続けている。止めても無駄だと知っているジューダスは早々に二人から視線を外してわたしの方へ向き直った。それで、リアラは何の用だったんだ。ジューダスが再び問い掛ける。えっと、ええっと。ちらりとカイルの方を振り返って、彼と目が合って。ああ、そうだ。
「か、カイルの宿題!手伝ってあげてほしいの!」
きょとん、とジューダスが目を丸めた。ぱちぱちと音が聞こえてきそうなほどゆっくり瞬きをする。どうしよう、間違っちゃったかも。ロニとナナリーは隣でまだ喧嘩しているし、助け舟は期待できない。どうしよう、どうしよう。黙り込んだジューダスに困ってしまう。
「……リアラ」
「な、なにっ!?」
はあ、と溜め息をひとつ。ジューダスはわたしの目を真っ直ぐ見て。
「宿題くらい自分ひとりでできなくてどうする。大体、あれはリフィルが出しているものだろう。カイルのレベルに合わせて問題を出してある。僕が手伝ったら意味が無い」
そう。そうなのだ。わかっている。そして、これを言えばジューダスはこう答えるだろうこともわたしには予想できていた。まずは第一関門突破だ。安心して、止めていた息をそっと吐き出す。
そう。わたしの『お願い』は一度ジューダスに断られる必要があったのだ。そうじゃないと、カイルが言っていた『ジューダスの弱点』を確認することができないのだから。
ジューダスはまだわたしの目をじっと見ている。だからわたしも、彼の綺麗な目を見つめ返す。ロニとナナリーはまだ何事かを言い合っていて、カイルからの期待に満ちた視線が背中に刺さる。
「どうしても、だめ?」
「駄目だ」
「……『お願い』、ジューダス」
ジューダスがぴしりと動きを止めた。わたしはほんの少しだけ上にあるジューダスの目を上目遣いで見つめる。
『ジューダスってさ、《お願い》って言葉に弱いんだよ!』
カイルはわたしにそう言った。オレがお願いって言えば、ぶつぶつ言いながらお願い聞いてくれるんだよ。それはカイルだからじゃないかな、と思いつつ、わたしもカイルのお願いに弱い一人だから。ジューダスに『お願い』をしてみたのだけれど。
ジューダスはゆっくりと瞬きをひとつ。考えるように眉間に皺を寄せて、もうひとつ瞬き。却下だ、と即答されそうなものなのに、ジューダスは思案している。もしかして、もしかするのだろうか。
「ねえ、ジューダス。『お願い』よ」
わたしはダメ押しでもう一度。カイル曰く『魔法の言葉』を唱えた。ジューダスの表情がくるくると変わる。眉間に皺を寄せて、何かを言おうと口を開いて、考え込むように口を閉じて、忙しなく仮面に触れて。本人に自覚は無いのだろうが、ジューダスは無表情のようでいて、割と表情の変化が激しいのだ。
わたしは彼の思考が手に取るように読めてしまって、顔が緩まないように必死だ。なるほど、『ジューダスの弱点』。カイルの言葉は当たっていたようだ。
「…ふっ、ふふっ…」
我慢しようとしてできなくて。笑い声が漏れてしまう。口元を両手で隠してももう遅い。目の前に立つジューダスが、何かを探すようにわたしから視線を外して。慌てて廊下の向こうに隠れようとしたカイルの後ろ姿を見つけてしまう。
あーあ、カイルったら。ジューダスに悪戯なんかしようとするから。わたしはもう我慢できなくて、あはは、と声を上げて笑ってしまった。途中から口喧嘩を止めてわたしとジューダスを見守っていたロニとナナリーが、じわじわと笑い出す。
「……カイルっ!待て!逃げるなっ!」
「わーっ!ごめん、ごめんってジューダス!悪気はなかったんだよ!」
「嘘をつくな!悪気しかないだろうが!」
「ちょっとした悪戯じゃん!……あいたっ!」
「おい!ちゃんと前を見、て……」
廊下の先。急に止まった声を不思議に思って、わたしはロニとナナリーと一緒に廊下を曲がった先を覗き込む。首根っこを掴まれるカイルとカイルの首根っこを掴んでいるジューダス。それから。
「……何をしている」
眉間をこれでもかと言うほど寄せて、不機嫌そうなリオンさん。あちゃあ、と声を上げたのはロニかナナリーか。それともわたしか。ぴしりとジューダスは固まって、その隙にカイルがジューダスの手から逃れて。
「……なっ!」
「リオンさん!助けてください!ジューダスがオレのこといじめるんです!」
「おい、カイル!こっちに来い!」
俊敏にリオンさんの背中に隠れたカイル。突然隠れ蓑にされた驚きで先程までの不機嫌さがどこかに飛んでいってしまった様子のリオンさん。リオンさんを巻き込むと思っていなかったのか酷く狼狽しているジューダス。
カイルの奴、妙なところで度胸あんだよなあ。ロニの言葉が宙に消える。ある意味強者だよねえ。ロニの言葉に同意するように、ナナリーが溜め息をついた。
「嫌だ!ジューダス怒ってるじゃん!絶対やだ!」
「怒ってない!いいからこっちに来い!」
「嫌だ!今怒ってなくても、後で絶対怒るじゃん!」
「怒らないからそいつから離れてやれ!」
「……ほんと!?」
カイルのこういうところ、ルーティさん譲りなのかしら。それとも、スタンさん譲り?わたしはカイルの変わり身の早さに呆気に取られているジューダスの後ろ姿を見ながら、そんなことを考える。
「ジューダス、手玉に取られてんなあ」
「なーんかカイルの『お願い』に弱いんだよねえ」
「それ、わたしたちみんなに言えることじゃない?」
「まあ、そう言われればそうだな」
そうそう。結局、ジューダスが『お願い』に弱いのではなくて、カイルの『お願い』が強いのだ。ええと、もっと正確に言えば、ジューダスは確かにわたしたちの『お願い』に弱いようだけれど、カイルの『お願い』には殊更に弱い。ただし、カイルの『お願い』攻撃はわたしたちみんなに有効。そういうことだ。
カイルはジューダスに、じゃあ宿題見てくれる!?と無邪気に『お願い』攻撃をしているし、ジューダスは頭を抱えながら分かったから、と返事をしている。突然巻き込まれたリオンさんは、そんなカイルとジューダスを物凄く複雑そうに見ている。苦虫を百匹くらい噛み潰していそうだ。
「おーい、リオン。そんなところで突っ立って何してるんだ?」
「あっ、スタンさん!こんにちは!」
「おお、カイル。宿題は終わったか?」
「今からジューダスに手伝ってもらうんです!…あっ、そうだ!」
廊下の向こうから新たにやってきたのはスタンさん。スタンさんはリオンさんとカイル、それからジューダスの姿を怪訝そうに見ながらも、特に気にした様子はない。カオスだな、とロニが言って、カオスだね、とナナリーが応える。わたしはもう、ただひたすらに苦笑い。
カイルが閃いたように顔を上げた。きらきら、にこにこ。眩しい笑顔に、ジューダスの顔が引き攣るのがここからでも分かった。
「リオンさんも一緒に、オレの宿題見てくれませんか!?」
「はあ?何で僕が……」
「いいじゃないか、リオン!俺からもお願いするよ」
「お願いします、リオンさん!」
うわあ、可哀想。ロニが笑いながらそう言って、わたしも堪えきれずに笑ってしまう。ジューダスがカイルの『お願い』攻撃に弱いように、たぶん、きっと、リオンさんもスタンさんの『攻撃』に弱いに違いない。きらきら、にこにこ。あの笑顔に、あの期待に満ちた眼差しに、勝てる人がいれば勝ち方を教えてほしい。
結局、カイルの宿題は見てもらえたのか。カイルの宿題を見たのは誰なのか。そしてそれはリフィル先生にはバレなかったのか。
それは、カイルのみぞ知る。
20191104