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明日の約束をするカイルとリアラとジューダスの話




 ねえねえ、こんなの見つけたんだ! リアラとジューダスも一緒にやろうよ!
 そう言いながらカイルが差し出してきたのは花火というものらしかった。細い筒状の紙に火薬が詰めてあり、先端に火を付けるとたくさんの色を放ちながら燃えるのだという。わたしは初めて見るものだったけれどジューダスは花火の存在を知っていたようだった。
 よく見つけてきたな、と目を瞠ったジューダスに得意げに胸を張ったカイルはポケットからマッチを取り出した。それから少し離れた場所を指差して、ちゃんと水も用意してあるよ! と言う。ジューダスが呆れたように肩を竦めて、初めから僕たちに拒否権はないじゃないか、と文句を言った。その口端が小さく弧を描いていたことにわたしもカイルも気づいていた。
 絶対に危ない持ち方をするなよ、と何度も何度もカイルに言い聞かせるジューダスに笑ってしまう。最初こそ神妙な顔で頷いていたカイルも、ジューダスの小言が五つを超えた頃にはぶすくれたように頬を膨らませていた。ああもう、わかってるってば! わあと両手を上げて叫んだカイル。ジューダスはそこでようやくカイルに花火を渡してやった。途端にカイルが目を輝かせるものだから、わたしとジューダスは顔を見合わせてしまう。そんなわたしたちの様子に気づいたのだろうカイルが慌てて居住まいを正した。ぷ、と噴き出したのはわたしとジューダスのどちらだっただろうか。
 カイルはわたしとジューダスに一本ずつ花火を手渡した。それぞれ形の違う花火を持って、三人で横並びになる。自分の分の花火を小脇に抱えたカイルが慣れた様子でマッチを擦った。じゅ、という短い音と同時にマッチに火が灯る。風に掻き消えないように慎重にわたしの手元まで火を運んでくれたカイルが、わたしが恐る恐る持った花火の先端にそうっと火を寄せてくれた。
 しゅわしゅわと弾けるような音がして、わたしの手の先から光が溢れた。カイルは続けてジューダスが持った花火に火を付けて、ジューダスの指先からも光が見えた。その光に自分の持った花火を近づけたカイルは、ぱあと明るくなった自分の手元を見て嬉しそうに目を輝かせている。
 ジューダスの光とカイルの光が混ざりあって新しい色を作っていた。青のような赤のような、黄色のような緑のような。そんな不思議な色を灯す光にわたしの目は釘付けになる。二人の作り出す光にわたしのものも混ぜてみた。光はやっぱり不思議な色をして、わたしたちを楽しませる。
 けれど光が消えてしまうのはあっという間だった。先端が黒く焦げてしまった紙を、カイルが何の躊躇いもなくバケツに放り込む。じゅう、という音と僅かに立ち上る薄い煙。なんだかひどく寂しい気持ちになったわたしは手に持った紙を捨てられずにいた。そんなわたしの手からひょいと紙を取り上げたカイルは、代わりに新しい花火を持たせる。瞬きを繰り返すわたしに、カイルが笑う。

 まだまだいっぱいあるよ! だからそんな顔をしないでよ、リアラ!

 そうしてわたしたちは随分とたくさんの花火に火を付けた。手に持つものだけでなく、地面をくるくる回るものや、遠くに飛んでいくものもあった。中でも細い細い紙の先にほんの少しの火薬が詰められた線香花火というものが綺麗で、けれどどこか切なくて、わたしはそればかりを楽しんだ。ぱちぱちと弾ける火の玉をじっと見つめるわたしの両隣で、カイルとジューダスが息を潜めてわたしと火花を見ていた。なんだか無性に可笑しくなって笑った瞬間に、火の玉はぽとりと地面に落ちてしまった。
 止めていたのだろう息をやっと吐き出して、カイルが線香花火を三つ取り出した。今度は誰が一番長く持つか競争しよう! そうやって勇ましく言ったカイルの火の玉が真っ先に地面に落ちたことは言うまでもないだろう。

 あたりがすっかり火薬のにおいに満ち満ちた頃。最後にカイルが大きな筒の花火を取り出した。これは打ち上げ花火というらしい。ジューダスがそそくさと筒から離れたのに倣ってわたしも離れる。あんなに細い花火でも十分な光を放っていたのにこれだけ大きな筒だとどれほどの光になるのだろう。好奇心と、ほんの少しの不安と。そんなわたしの様子に気づいたジューダスはやわらかい顔をして、とっておきが見られるぞ、と囁いてくれた。
 いくよー! そう合図を送ったカイルに頷きを返す。マッチを擦ったカイルが導火線に火を付けて、逃げるようにしてわたしたちの間に飛び込んでくる。じじ、と音がして、ぱあんと筒が弾けた。そして打ち上がる光の花。空いっぱいに広がったその花を見て、わたしは自分でも気づかないうちに、綺麗ね、と呟いていた。カイルとジューダスがくすくすと肩を震わせて笑う。わたしもそんな二人に釣られて笑ってしまった。
 あーあ、終わっちゃったな。打ち上げ花火の筒を回収してバケツに突っ込んだカイルが名残惜しそうにそう言った。しょんぼりと肩を落とす様子が痛ましい。けれど先程の打ち上げ花火で本当に最後だった。ここにあるのは花火が入っていた袋くらいで、一本たりとも残ってはいない。きょろきょろと見渡しても花火の残り香くらいしか見つけることはできなかった。
 ふ、と吐息に紛れるような笑い声がした。カイルが振り返って、わたしもそちらを向く。口元を指で覆ったジューダスが、なんだかやけに楽しそうに笑っていた。ジューダス? 首を傾げるカイルに、ジューダスは言う。
 また買ってきたらいいだろう。明日でも明後日でも付き合ってやる。物足りないのなら夏の間中、毎晩花火大会でも開いたらどうだ。物好きたちが喜んで協力してくれるだろうさ。
 カイルがジューダスを見た。ジューダスは優しく目を細めてわたしの背をそっと押した。彼が言わんとしていることがわかったわたしはカイルの手を握って、そしてジューダスと同じように笑う。
 今年の夏だけじゃ足りなかったら、来年の夏も三人で花火をしましょう。線香花火の競争も毎年やったらいいわ。何年も何年もやっていれば、いつかはカイルが一番になる日が来るかもしれないじゃない。
 カイルがわたしを見た。それから再びジューダスを見た。何度も何度も繰り返しわたしとジューダスを見ていたカイルが、やがてその青い瞳からぽたぽたと静かに涙を落とした。その涙があんまりにも綺麗で、わたしまで泣いてしまいそうだった。カイルの涙は純粋で、宝石みたいにきらきらしていて、だからわたしは、本人に言ったことはないけれどカイルが泣いている姿だって大好きだった。
 明日も、明後日も? カイルが問う。ジューダスがそれに頷いた。来年も、再来年も? カイルが問う。わたしはそれに頷いた。ずっと、その先も? 尚もカイルが問い続けるものだから、わたしとジューダスは彼に寄り添いながら、ずっとだよ、と返事をした。

 カイルが笑う。空に咲いた花のようにきらきらした光を纏って、わたしたちを抱き締める。
 約束! 絶対絶対、守ってくれよ! 約束破ったらハロルドの実験体だからな!
 涙が混ざったがらがらの声でわたしたちと未来の約束を取り付けたカイルがそんなことを言うものだから、わたしとジューダスはやっぱり顔を見合わせて、ハロルドの実験体は嫌だなあと笑うのだった。




アナガリスが咲く




20210507


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