totr | ナノ



消えてもいいジューダスと消えてほしくないイクスの話




 ジューダスは存在が希薄だ。目を離したらすぐに消えてなくなってしまいそうだと思う。別に影が薄いとかそういうのじゃない。ちゃんと生きているし、仲間と居るときは楽しそうだし、誰とでもそれなりに話している。確かにそこに居る。だけど希薄。たぶん本人がそこまで自分の生に執着していないからだ。
 ジューダスが仲間になったばかりの頃。よくカイルとリアラがジューダスの手を握っている姿を見かけた。元の世界でずっと旅をしていたそうだし、年も近いし、随分と仲がいいのだなと思っていた。だけど時々、二人が不安そうにジューダスを見ていることに気づいた。二人はほとんど無意識のようだった。
 ロニさんとナナリーが仲間に加わって少しした頃。ジューダスの横を通ったロニさんがはっとした表情でジューダスの腕を掴んでいるのを見掛けた。ロニさんも無意識だったのだろう。お互い首を捻って、それだけ。その日、ナナリーも同じようにジューダスの腕を掴んでいた。やっぱりお互い首を捻っていた。
 アジトの外でぼうっと空を見上げているジューダスを見かけたとき、胸を掻き毟られるような不安に襲われて彼の元へ走ったことがある。ジューダス、と名前を呼べば、彼は瞬きを繰り返して返事をした。思わず手を握って、存在を確かめた。当たり前だがジューダスはそこに居て、その手はとても温かかった。


 カイルとリアラがジューダスの手を握る理由。ロニさんとナナリーが通りすがりにジューダスの腕を掴む理由。空を見上げているジューダスに訳もなく不安になって走り出してしまう理由。それらはきっとジューダスの希薄さにある。気づいているのはたぶん俺だけだった。目を離したら消えてしまうと思った。


 最近アジトへやってきたハロルドさんと二人で話す機会があった。俺は特に深い意味はなく今までの出来事をハロルドさんに話した。ハロルドさんは少しだけ目を瞠って、それはあいつが死者だからじゃないのと事も無げに言った。でもジューダスは生きてるじゃないですか。つい強い口調で反論してしまった。ハロルドさんはやはり目を瞠って、それは本人に言ってやりなさいよと笑った。死者は忘れられたら消えるのよ。ハロルドさんが言う。生者も自分が生きていることを忘れたら消えるのかもね。続いた言葉に、俺はまた胸を掻き毟られるような不安に襲われた。気づけば走り出していた。彼の名前を呼んでいた。


 ジューダス! 俺の声にジューダスは振り返った。何かあったのか。淡々とした声。これは心配しているときの声だ。それがわかるくらいには時間を共にしていた。俺はジューダスの手を握って、呼吸を整えて、何を言うべきか逡巡した。ジューダスはじっと俺の言葉を待っている。仮面の奥で紫水晶が輝いた。
 今にも消えてしまいそうな希薄さ。その中で、紫色の瞳だけがただただ光っていた。ちゃんと生きてるじゃないか。酷く安堵して、俺はハロルドさんの言葉を反芻する。生者も自分が生きていることを忘れたら。ならば、誰かが隣で彼が生きていることを教え続けたら、彼は消えないでいてくれるのだろうか。
 ジューダス。名を呼んだ。握った手は温かいまま。イクス、と俺の名前を呼ぶジューダスの声。酷く泣きたい気持ちで俺は言う。ジューダスはここで生きてるからな。驚いたように俺を見上げたジューダスは、揃いも揃って馬鹿ばかりだな、とやけに幸せそうに囁いたのだった。

 希薄さは、少しだけ消えていた。




糸遊




20210224


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -