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癒されたいカイルとリアラと逃げ出したいジューダスの話
※「落陽」の後の話




 ん、と差し出される頭に首を捻った。先程までずぶ濡れだったその金髪はしっかり乾き、いつも通りあちこちに跳ね回っている。
 傍から見れば僕に頭を下げているようにも見えるその姿勢に、通りすがりの人々が怪訝な目で僕らを見ていく。今度は何したんだよ、とカイルに問い掛けたのはロイドだ。カイルはその問いに、これからしてもらうんだよ、と笑いながら答えていた。


 帝国兵に追われ、そして振り切り、這う這うの体でアジトへと帰り着いたのは一時間ほど前だ。
 救援に訪れたロニに泣かれ、ナナリーに怒鳴られ、スタンが彼らを諌め、ルーティがそれを横目に念の為と回復晶術を唱えた。安心したのか再び子どものように泣きじゃくり始めたカイルとリアラをそれぞれロニとスタンが背負い、僕らは共にアジトへと帰還する。精神的な疲労もあったのだろう。カイルとリアラはすとんと眠りに落ち、アジトへ帰り着くまでロニとスタンの背中にしがみついたまま一言も話すことはなかった。
 アジトで僕たちを迎えたイクスとミリーナは、強ばった顔で謝罪をしてきた。考えが甘かった、危険な目に遭わせてすまなかった、と。僕はそれに首を振り、甘く見ていたのはこちらの方だと謝罪を断る。それでも譲らない二人に困り果てた頃、助け舟を出したのはミリーナの傍をうろうろとしていたカーリャだった。イクスさま、ミリーナさま。そんなことよりお風呂に連れて行ってあげたらどうですか。揃って瞬きをしたイクスとミリーナの、そこからの行動は迅速だった。
 すっかり濡れ鼠となっていた僕たちは揃って風呂に放り込まれ、風呂から上がれば暖炉の前へと通され、そこでマリアンが作ったのだというスープを振る舞われた。スープを運んできたマリアンは僕たちに向かってそっと微笑んで、おかえりなさい、と言ったのだった。
 腫れ上がった瞼を重そうに擦り、船を漕ぎながらスープを飲み干したカイルとリアラ。さっさと部屋に戻ったらどうだ、と声を掛けると、カイルが僕の顔を見て何事かを思案し始めた。じっと僕の顔を見て、手を見て、リアラを見る。その視線の強さに思わずたじろぐ。けれどカイルは僕の困惑など意に介さず、ただただじっと僕を見ていた。


 ん、と差し出された頭。カイルの隣に座っていたリアラがはっとした様子で僕の前までやってくる。そしてカイルと同じように頭を差し出してきた。一体なんだと言うのだ。


「……何なんだ」


 溜め息をひとつ。頭を差し出すばかりで何も言わない彼らに呆れ、部屋へ戻ろうと席を立つ。しかし、両腕をがっしりと掴まれてそれも叶わなかった。掴んでいるのはもちろん、カイルとリアラだ。
 頭を下げた姿勢のまま、僕を見上げてくる二人。首を捻る僕。通りすがりの人々が怪訝な目でこちらを見て。そこへ通りがかったのは小さな鏡精だった。


「何やってるんですか、三人とも」

「僕が訊きたい」


 心底不思議そうに僕たちを眺めた鏡精、カーリャはふよふよと宙を漂いながら問うた。残念ながら質問の答えは持っていない。訊きたいのは僕の方だった。
 カイルとリアラはカーリャの名前を呼んで、彼女を手招いた。素直に従うカーリャはカイルの口元に耳を寄せ、ふんふんと頻りに頷く。次いでリアラの口元へ同じように耳を寄せた。ふんふん。頷くカーリャ。三人は揃って僕を見て、にんまりと笑って、揃って頭を差し出してきたのだった。


「だから! 一体何だと……っ」

「ダメですよ、ジューダスさま! ちゃんと察してください!」

「何を察しろと言うんだ!」

「頭を差し出されたらやることはひとつでしょう!?」


 ふんす、とカーリャが胸を張る。そんなカーリャの横で、カイルとリアラが互いに目を合わせて愉快そうに笑っている。頭を差し出されたらやることはひとつ。カーリャの声を反芻し、想像を巡らせて。
 はた、と。辿り着いた答えに、顔から火が出そうになった。


「ばっ……! 馬鹿か貴様らはっ!!」

「あっ! やっと気づいた!」

「いいじゃない少しくらい!」


 逃げ出そうとして、左腕をカイルに、右腕をリアラに掴まれて阻まれる。正面に立ち塞がるのはカーリャ。逃がしませんよ、ジューダスさま。やけに楽しそうなその声にひしひしと嫌な予感が迫ってくる。助けを求めようと辺りを見渡して、きっと僕たちとカーリャを捜しに来たのだろうイクスとミリーナを視界に捉えた。


「イクス! ミリーナ!」


 半ば叫ぶように呼んだ声を受け取って、二人が小走りに寄ってくる。僕のあまりの切羽詰まった声に、何かあったのかと思ったのかもしれない。


「どうしたんだ、ジューダス!」

「なんでもないですよ、イクスさま!」


 イクスの言葉に応じたのはカーリャだった。なんでもないわけあるか! 声を荒らげた僕に、カーリャがけらけらと悪戯っぽく笑う。その様子に、イクスが強ばりを解いた。どうやら有事ではないと思われたらしい。カーリャの小さな身体を両手で掴まえたミリーナが、指先で彼女の頬を突く。


「ダメじゃない、カーリャ。三人とも疲れてるのよ」

「だからこうして癒しを求めてるんじゃないですか。ね、カイルさま! リアラさま!」


 カーリャは僕に向けてウインクをひとつ放った。飛んできた星に実体があれば確実に叩き斬っていた。
 カイルとリアラが、満面の笑みで僕を見ている。


「癒しを求めてるんだよ、ジューダス!」

「癒しを求めてるのよ、ジューダス!」


 ん、と二人揃って僕に頭を差し出してくる。両腕は彼らに掴まれたまま。
 カイルとリアラが何を求めているのかを理解したのだろう。ミリーナがくすくすと笑った。イクスは先程までの僕と同じように首を捻っている。


「さあ、わたしたちは行きましょう。お邪魔しちゃ悪いわ」

「え? えっ?」

「大丈夫ですよイクスさま。二人はジューダスさまに癒しを求めているだけなので」

「えっ!? 本当に大丈夫なのか、ジューダス!?」


 ミリーナとカーリャに背中を押されたイクスが遠く離れていく。通り過ぎざまに人払いをするのも忘れないミリーナに、そんな場合ではないというのに感心してしまった。まったく、視野の広い女だ。
 いつの間にか室内には僕たち三人しか残っていない。期待に満ちた眼差しが痛い。何故僕が、と口にしたところで、それに応えてくれる人はもう、誰もいなかった。


「……わかったからその目をやめろ」


 溜め息。こうなったカイルとリアラは梃子でも動かないと僕は存分に知っている。ぱあと顔を輝かせる二人。まったく、何がそんなに嬉しいのだか。僕にはさっぱりわからない。いくら考えたって理解できそうもなかった。


「目を閉じろ。あと、手も離せ。僕がいいと言うまで目を開けるなよ」


 いそいそと居住まいを正してカイルとリアラが目を閉じた。改めて差し出される頭。妙な気分だった。
 ようやく解放された両腕を伸ばす。左腕をカイルに、右腕をリアラに。つい数時間前、薄暗い洞窟の中でしたのと同じように。


「……馬鹿者共が」


 両腕が彼らの頭に触れるか触れないかというところで手を止めた。手のひらに二人分の柔らかな髪の毛が触れる。
 何度目かの溜め息をついて、僕はその手で、ぺしりと彼らの頭を叩いた。


「そう一日に何度もやると思うなよ」


 僕がいいと言う前に目を開けたカイルとリアラがぽかんと口を開けて僕を見ている。面食らった二人が状況を理解する前に僕は立ち上がり、駆け出した。
 さて、どこまで逃げようか。無駄な足掻きと知りつつも、とめどなく湧き上がってくる羞恥心には勝てなかったのだから仕方ない。


「ああああっ! ジューダス!」

「ずるーいっ! 待って、ジューダス!」


 数秒後、我に返ったカイルとリアラの大きな声がアジト内に響き渡った。その声を背中に浴びつつ、僕は脱兎のごとく逃げる、逃げる。
 少し先にイクスとミリーナ、カーリャの姿が見えた。その背中に追いつき、追い越す。勢いよく走る僕に目を丸くした三人が僕の名前を呼んで、後ろから迫る二人分の足音に、ミリーナが笑った。


「頭を撫でるくらいしてあげればいいのに」


 お前のように簡単にそれができたらこんな苦労はしていない!
 内心で声を大にして叫んだ言葉は、恐らくミリーナにだけは正しく伝わったことだろう。




暁光




20210217


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