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※イベント「夜空にきらめく花火」のあとのルークの話




まあるい透明なガラスの中でゆらゆらと揺れる小さな金魚。こぽこぽと溢れる泡を追いかけて水面に顔を出す。ゆらり、ゆらり。やわらかそうな尾を右へ左へはためかせて、踊るように泳ぐその金魚は、未来の約束の証だった。

自分のいない未来なんて想像するな。お前に生きていて欲しいんだよ。この先もずっと。

そう言って俺を見た親友の目は驚く程に真剣で。思い出しただけで笑ってしまう。それと同時に、胸のあたりがじりじりと焦げ付くような気持ちになる。

未来とは、果たしてどのような色だろうか。

輝いているのか、薄暗いのか、靄がかかっているのか、澄み切って美しいものなのか。俺にはわからない。考えたこともない。未来など、考えることなくそこに当たり前に在るもので、そうして見る前に消えてしまうものでもあった。


ゆらゆら、こぽこぽ。金魚が踊り、泡がはじける。こんな風に、不安定に揺れて、あっという間に消えてしまうのが、俺にとっての未来であったはずだ。

元の世界、オールドラントで。俺はその運命を受け入れた。どうせ消えゆく命なら、誰かのために使いたいと思っていた。贖罪で、願いで、逃げだった。そう思う。

生きたかったのは本当だった。生きることを諦めていたことも、事実だった。だから戸惑った。自分の存在が消えることはないというこの世界。未来を描いたことがなかった俺にとって、そこはまるで真っ白な画用紙のようだった。好きに描いていいよ。思うままに描けばいい。描いたことがない俺には、真っ白な画用紙に色を付けることは難題に思えた。


「……自分のいない未来なら、簡単に想像できるんだけどなあ」


なあ、お前はどう思う?

ガラスの向こうで気持ちよさそうに泳ぐ金魚に問い掛ける。金魚はゆらゆらと揺れるばかりで、俺の問いに答えてはくれない。ゆらり、と揺れる尾を目で追って、そうして目を閉じる。


未来を思い描いてみた。

少し歳をとった仲間がいた。ティアが、ガイが、ジェイドが、アニスが、ナタリアがいて。アッシュとイオンと、それからミュウがいた。仲間たちはみんな笑っていて、あたたかくて、眩しい。でも、どうしてもその中に自分の姿を描けない。何度も何度も自分の姿を描こうとして、失敗する。当然だ。俺は、一度も自分の未来の姿を想像したことがないのだから。


こつん、という音に目を開ける。目の前にはゆらゆらと揺れる金魚が一匹。結局名付けられずにいるままのその金魚は、俺の気持ちを知っているかのようにこつん、こつんとその体をガラスにぶつけている。

ああ、そうだな。こいつが死んだら、ガイと一緒に土に還してやろう。小さくてもいいから墓を作ってやりたい。そして、手を合わせて、この小さな金魚に感謝する。ありがとう、お前のことを看取るまで、俺は生きることができたよ。そう言うのだ。


「なあ、お前。絶対に俺より長生きするんじゃねーぞ」


ひどいことを言う。ガラスの金魚鉢に映った自分は笑っていたけれど。その顔は、歪んで見えた。

だけど、未来を生きるということは、つまりはそういうことだろう。金魚が俺の問いに応えるように、こぽり、とひとつ小さな泡を吐いた。


「おーい、ルーク。そろそろ時間だぞ」

「おう、今行く!」


ゆらゆらと金魚が揺れる。真っ白な画用紙の上で、俺と良く似た色をしたその小さな金魚が、一度だけ大きく跳ねた。




20190817


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