12月24日 13時
(クリスマスとジューダス(と巻き込まれる人たち)の話 四日目)
イクスに無理を言って貸し出してもらった部屋は、はじめは殺風景なものだった。最低限の家具しか置かれておらず、生活感など皆無に等しい。もちろん、アジト内の他の空き部屋も同じ様子で、部屋を宛てがわれた住人が思い思いにものを置くことで生活感が出るのだから当然と言えば当然である。
部屋をぐるりと見渡す。壁や天井を彩る折り紙でできた飾り。壁に咲くのは柔らかい紙でできた花だ。ドア付近には立派なクリスマスツリーがたくさんのオーナメントを身に纏って立っていて、窓際には雪だるまのぬいぐるみが三つ、仲睦まじく寄り添っていた。部屋の中央には大きめのテーブルが鎮座しており、その上にはたくさんの料理やお菓子が並んでいる。どこからどう見てもクリスマスだ。僕はこのアジトに来てからしかクリスマスというものを経験したことは無いけれど、毎年のように行われるパーティーとよく似た雰囲気になっていた。
「さて、これで大体完成かな?」
「おお、なかなかいいんじゃねえの?」
「へえ、なんとかなるもんねえ」
額の汗を拭う仕草をしながら、ナナリーが胸を張る。ロニが満足そうに頷いて、ハロルドは顎に手を当てながらきょろきょろと部屋を眺めていた。
「あとは残りの温めなきゃいけない料理を運んで、ジューダスがオムライスを作るだけだね」
半ば呆然と立ち尽くす僕に苦笑して、ナナリーが軽く背中を叩く。意識を引き戻して、ナナリーを振り仰いだ。彼女は例によって手のかかるきょうだいを見るような目で僕を見ていた。気恥ずかしくなって目を逸らすと、逸らした先、同じようにやわらかに僕を見ているロニとハロルドがいる。いたたまれない。
「ファラにはまた一時間くらいキッチンを間借りするってことは伝えてあるからさ。早めに行っておいでよ」
あとはひとりで大丈夫だよね。その問い掛けに頷くと、ナナリーは満面の笑みを浮かべた。残りはナナリーの作った料理を温めて、メインディッシュであるオムライスを作るだけだ。ケーキは昨夜のうちに完成させ、ハロルド特製の冷却器に入れて部屋に置いてある。準備は万端。だと言うのに、僕はまだ煮え切らない気持ちでいた。
「なんだよ、心配すんなって。カイルとリアラにはちゃんと招待状渡してやるから」
黙り込んだままの僕にロニが眉を寄せる。恐らくカイルとリアラが部屋にやって来てくれるかを心配しているのだと思ったのだろう。ロニは一昨日飾りを作りながら片手間で書いた招待状なるものをひらひらと揺らし、それでも口を噤んだままの僕に首を傾げる。
「ま、ここまでやっといて逃げるってならそれでもいいけどね。ナナリーのご飯、私も食べたかったし?」
テーブルの上のクッキーを摘み、ぱくりと一口齧ったハロルド。ナナリーに窘められたハロルドは、それでも上機嫌に鼻歌を歌う。ケーキを焼く傍らでクッキーまで作ってしまうナナリーには頭が下がる思いだが、今はそんなことも言っていられない。
はっきり言おう。僕は柄にもなく緊張しているのだ。
「ジューダス、本当にどうしたんだい?ほら、そろそろ料理に取り掛からないと……」
「ナナリー」
心配そうに僕の顔を覗き込みながら言ったナナリーの言葉を、彼女の名前を呼ぶことで遮る。なんだい、と返事をしたナナリーの目を見て、次いでロニとハロルドを見た。一様に首を傾げる彼らの顔には大きく心配だと書かれていて、それが無性におかしく、緊張しているのが馬鹿らしくなってしまう。
部屋の隅。置かれていたクローゼットに手を掛ける。大きく開いた扉。その向こうには、小さな袋が五つ。ぽつりと置かれていた。袋のうち、落ち着いた色合いのものを三つ手に取って、僕の後ろ姿を何事かと眺めている三人に向き直った。
息を吸って、吐く。何を緊張している。これはカイルとリアラにプレゼントを渡す予行演習だろう。自分を誤魔化すようにそう言い聞かせて、けれど誤魔化しきれない緊張に、知らず笑みが浮かんだ。
プレゼントを渡すというたったそれだけのことが、こんなにも緊張するだなんて、僕は今の今まで知らなかったのである。
「ナナリー、ハロルド、ロニ」
目を丸くしたままの三人は、僕の手の中にある袋を凝視している。まさか、という表情に苦笑してしまった。僕だってまさかと思っているさ。喉元まで出かかった言葉を吐き出してしまわないように細心の注意を払った。息を吸う。
「メリークリスマス」
真紅の包みをナナリーに、群青の包みをロニに、藤色の包みをハロルドにそれぞれ押し付けた。その勢いに負けて両手で包みを受け取った彼らは、包みと僕を交互に見比べて、何度も何度も見比べて、僕があまりの居心地の悪さに逃げ出そうとしたその瞬間に、ぐしゃりと顔を歪めて、それから今にも泣き出しそうな顔で笑った。
「「「メリークリスマス、ジューダス!」」」
口にした祝いの言葉に返事がある。そんな、人によっては当たり前だろうそんなことに、ひどく動揺した自分がいた。ナナリーとロニが両腕を伸ばして僕を捕まえる。彼らの長い腕の中でもみくちゃにされた僕を、ハロルドがやけに楽しそうな顔で見ていた。見ていないで助けろ、という僕の言葉は、果たしてハロルドにはどのような意味を伴って届いたのだろうか。
「よし!カイルとリアラのことは任せておけ!絶対に連れてきてやるからな!」
「あたしも、アジトの方のパーティーの準備があるからあんまり手伝えないかもしれないけど、キッチンにはいるからさ!困ったら頼りなよ!」
「じゃあ私はあんたが戻ってくるまでもうちょい部屋の飾り付けでもしといてあげるわ。あの辺り、ちょっと寂しいし?」
三者三様の反応に、けれど同じ色に彩られた表情に、腹の底がむず痒くなる。引き締めようと気を張っていなければ、きっと僕の頬はだらしなく緩んでいることだろう。リオンとして生きていた頃は知らなかった感情。ジューダスとして生き始めてからは当たり前のように傍にある感情。
それはね、坊ちゃん。嬉しいって言うんですよ。もしくは、幸せ、ですかね。
そんな、ここにはいない相棒の言葉が、遠く、遠くから聞こえた。そんな気がして視線を遣った窓の外では、ちらちらと雪が舞い始めていた。
クリスマスイブ
20201224