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12月23日
(クリスマスとジューダス(と巻き込まれる人たち)の話 三日目)




「だーっ!ハロルド!お前今何入れた!?」

「何って……、……ぐふっ」

「おいマジでやめろ。意味深に笑うな」

「いちいち騒がないの!ただの砂糖だろ!ハロルドも、こいつ揶揄ってる暇があるなら小麦粉振るっておいて!」

「はいはーい」


 キッチンは戦争状態だった。いいや、戦争やら魔物との戦闘やらの方がまだましかもしれない。アジトの広いキッチンの隅々まで使って右往左往する人間が、僕を含めて四人。統率の取れていない、目を離すとすぐに仲間割れする助っ人たち。気を抜くとすぐに煙を吹くオーブン。包丁がまな板を叩く音がひっきりなしに響き、仲間割れに気を取られるとすぐにボウルが溢れてしまう。ジューダス、余所見するんじゃないよ!そう怒鳴られたのもこれで何度目になるだろう。
 クリスマスの準備に取り掛かり始めて今日で三日目。部屋の飾り付けは昨日の時点である程度完了したため、残るは当日の料理のみとなった。一昨日、大量に買い込んで、アジトの食材とは別に保管しておいたその食材たちをずらりとキッチンの作業台に並べたのが昼食後のこと。本来であれば当日に調理した方がいいのだろうが、明日はアジトで大々的にクリスマスパーティーが行われる。となるとキッチンを空けてもらうのは難しいだろうと踏んで、前日である今日、ある程度仕込みをしてしまうことにしたのだ。
 アジトのキッチンはここに在籍する百五十人近い人間を食べさせるために常にフル稼働している。そんな、アジト内でも有数の忙しない場所を無理言って空けてもらったのだ。それもこれも、ナナリーの人望あってのことだ。ナナリーから事情を話してもらい、四人で揃って頭を下げる。ナナリーの頼みなら仕方ないねとファラが苦笑し、十七時には返しなさいよとベルベットとミラに念を押され、クレアは微笑ましそうに僕らを見て、マリアンが、少し潤んだ瞳で僕を見ていた。少しの居心地の悪さとくすぐったさに、僕は彼女に曖昧な笑みを返す。マリアンはきょとんと目を瞬かせた後、頑張ってねジューダスさん、とくすくす笑ってくれた。
 手伝おうかというファラの申し出を丁重に断って、さて調理を始めるかと手を洗って。そこからはナナリーの独壇場だ。


「十七時には夕飯のためにここを返さなきゃいけないんだからね!キリキリ働くんだよ!」


 ナナリーの指示の元、各自料理の下ごしらえにかかる。ロニはローストチキンのために鶏を捌き、ハロルドはケーキのための材料を計っている。ナナリーはシチューとサラダ、ピサにパスタなどの下準備をしながら全体監修だ。僕はと言うと、ナナリーの補佐をしつつ、合間を見て淡々と野菜を刻んでいる。調理器具の取り合い、流しの奪い合い、ハロルドの牽制。キッチンは正に戦場。素直にファラやマリアンに手伝ってもらえばよかったと、ナナリーがげんなりした様子で呟いたのは今から一時間ほど前のことだった。


「そういえば、あの二人を連れ出すの、結局誰に頼んだわけ?」


 小麦粉を振るい終えたのだろう、ハロルドが両手を真っ白にしながらふと僕らに投げかけた。ここまで来たら絶対にカイルとリアラにばれることなく準備を終えてしまいたい。半ば意地のようなもので団結した僕たちは、料理の準備をしている間はカイルとリアラをアジトから遠ざけてしまおうと画策した。
 しかし、僕たちは四人とも料理のために手が離せない。頭を抱えること数分。にやりと笑ったロニが、俺に任せておけ、と自信ありげに胸を叩いたのが昨日の深夜。確かに、結局誰に頼んだのだろうか。


「ああ、スタンさんとルーティさんだよ。あとリオンさん」

「……はあ!?」


 思わず声を荒らげてしまうのも仕方のないことだろう。僕が大声を上げると思っていなかったのか、ロニはびくりと大袈裟に肩を跳ねさせた。あっぶねえ!すたん、とナイフがまな板を叩く音がする。声に驚いたロニが、鶏を捌く手を滑らせてナイフを取り落としたらしかった。


「お前、よりにもよって……!」

「なんだよ、別にいいだろ?カイルが俺たち以外に素直について行く相手なんてスタンさんとルーティさんくらいなもんだろうが」

「それは、そうだが……!」


 てっきりイクスとミリーナあたりに頼んだのだろうと思っていたのだが、まさかスタンやルーティに頼むとは。それにリオン。あいつが進んで子守りに手を貸すとは思えないのだが。ロニに一任していた手前、文句を言うに言えず、ぐうと唸る僕にナナリーがからからと笑った。


「で、なんでリオンさんまで?」

「なんかよ、元々三人で出掛ける予定だったんだと。魔物討伐兼レンズ集めって言ってたけどな。珍しく休みが被ったから三人で出掛けようってスタンさんがルーティさんとリオンさんを誘ったらしいんだが、リオンさんは警備部の仕事があるって頑なに嫌がったらしい」

「あはは!それで魔物討伐兼レンズ集め、ねえ」

「そうそう。じゃあその仕事を手伝えばいいだろってスタンさんが強引に推し進めたらしいぞ」


 リオンの眉間にこれでもかと言うほどの皺が寄った姿が容易に想像できる。僕に関わるな、と突っ撥ねるリオンににこにこと食い下がるスタン。にやついた顔でそれを眺めるルーティ。いつもの光景だ。スタンやルーティと旅をしていた頃、僕は彼らに一線を引いていたつもりでいたが、傍から見るとああも仲睦まじく見えるものかと複雑な気分になったのは一度や二度では済まない。


「で、何て言ってカイルたちを連れて行かせたのよ」

「ん?まあ普通に、ジューダスがカイルとリアラのために二人に内緒でクリスマスパーティーの準備をしたいって言うから今日一日アジトから連れ出してくれませんか、って」


 だん、と包丁がまな板を叩く。叩き割る勢いで。順調に刻んでいた玉ねぎが見るも無惨な姿になる。恨むならロニを恨むんだな。


「……ロニ……」

「いやだって他に何て言えばいいんだよ!?素直に言った方が向こうも協力しやすいだろ!?」


 包丁を片手にロニを睨む。僕の口から飛び出した地を這うような声に、ロニが慌てたようにナナリーの後ろに隠れた。ナナリーはシチューの鍋を掻き回しながら鬱陶しそうにロニに肘鉄を食らわせる。床にくずおれたロニの背中を蹴飛ばして、くるりとナナリーがこちらを向いた。


「ほらほら、手が止まってるよ。ジューダス、それが終わったらケーキ焼くからこっちに来な。ハロルドはあたしが切った野菜をこの皿に盛り付けておいて。ロニ、そこ邪魔だからちょっとどきな」


 スタンやルーティがにこやかに笑う姿が想像できる。スタンはまだいい。ルーティも、小馬鹿にしたように笑う程度だろうのでこちらもまあ害はない。問題はリオンだ。よりにもよって、あいつに。プライドの塊のようなあいつに、僕がクリスマスパーティーの準備をしているなんて知られてしまうとは。確実に怒鳴り込みに来る。瞼の裏に思い浮かんだ、この世界に来てから様々な事情で拗れに拗れた過去の自分の怒れる姿に、深い溜め息が出てしまった。ああ、面倒くさい。


「そんで?あんたはさっきから何の準備してんのよ?」


 ナナリーが綺麗に型抜きした野菜を意外なほど慎重に皿に盛り付けるハロルドが僕の手元を見ながら尋ねる。僕は手元を赤く染める野菜、もといみじん切りにしたニンジンを見て、ハロルドの顔を見て、興味津々という表情でこちらを眺めるナナリーを見て、薄々勘づいているのだろう、床に蹲りながらもにやけ面が隠せていないロニを睨んで、何と誤魔化そうかしばし逡巡して、そうして観念する。手伝ってもらっている以上、誤魔化すのは気が引けたからだ。


「オムライスだ」

「……へ?」

「聞こえなかったのか!オムライスだ!」


 目を丸くするナナリーとハロルド。ぷ、と噴き出すロニ。ひどく気恥ずかしい気分になって、切り刻んだニンジンと玉ねぎ、そしてベーコンを乱暴に一纏めにボウルに入れた。そのままラップをして冷蔵庫に突っ込む。そんな僕の後ろ姿を目で追っていたらしいナナリーが言いたいことは僕が一番よくわかっていた。


「オムライスって、また随分とクリスマスっぽくない料理だね」


 クリスマスにそぐわない料理だと言うことはわかっている。クリスマス特集と表紙に書かれたあの雑誌には、正に今ナナリーたちが作っているような料理の数々が並んでいた。チキンにサラダ、シチューにピザ、パスタ、それからケーキ。そのどこにもオムライスは登場しない。いつでも食べられる、特別感は何もないそのメニューを、何故わざわざクリスマスに。そう聞かれても僕だって答えに詰まるだろう。
 とうとう堪えきれなくなったのだろう。ロニがげらげらと笑いながら、床から立ち上がって僕の背中を叩く。案外可愛いとこあるよな、お前。訳知り顔で笑われるのは心底腹立たしかったが、肘鉄を入れるのはやめておいた。こんな奴でも、今この場においては一応は戦力なのである。


「どういうことだい?」


 不思議そうに首を傾げるナナリーからふいと顔を逸らしてケーキの材料が置いてある台の前へ歩く。僕が答えないと踏んだのだろう、ナナリーとハロルドはその顔をロニに向け、当のロニがどことなく機嫌良さそうに笑っているのが視界の端に映った。


「前にカイルとリアラが言ってたんだよ。ジューダスが作ったオムライスが一番好きだ、ってな」


 そう。そぐわないと思いつつもわざわざクリスマスにオムライスを出す理由。それは、ひどく単純なものだった。


「……そっか!それじゃあ美味しいオムライス作んなきゃね!」


 急に上機嫌になったナナリーにぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられ、調理に邪魔だからと仮面を外していたことを少し後悔する。遠慮も何もなくかき混ぜられた髪は乱れているだろうし、笑うでも揶揄うでも否定するでもなく、僕の意思を汲んだ彼らに対して浮かんだ感情は、きっとありありと表情に表れていることだろう。


「さて、あとはケーキだね。ケーキ作りのコツはライラに聞いてきたけど、あたしもそんなに作ったことがあるわけじゃないんだ」


 ここからが本番だよ、ジューダス。僕の隣に並んだナナリーが気合を入れるようにそう言った。僕はその声に頷いて、ハロルドが作ったケーキの生地を睨みつけるのだった。




クリスマスイブ・イブ




20201223


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