totr | ナノ



12月22日
(クリスマスとジューダス(と巻き込まれる人たち)の話 二日目)




 頭痛がする。ずきずきとした不快なそれに眉間に皺が寄る。あまりの不快さに舌打ちが出て、その音に余計にいらいらとした気持ちが募る。ああ、くそ。どうして僕が。思わず口をついて出た言葉は、最後まで言い切る前に背後から飛んできた紙の塊に遮られてしまった。


「お前がやるって言ったんだから文句言ってねえで手を動かせ!」

「文句は言っていない」

「屁理屈捏ねんな!ガキか!」

「うるさいぞ!」

「二人ともうるさいッ!黙って手を動かしな!」


 紙の塊をぶつけてきたのはロニだ。しょうもないことで言い争いに発展しそうだった僕らの後頭部に一発ずつ拳骨を落としていったのはナナリー。そんな僕らを横目に、ハロルドが嬉々として色とりどりの折り紙でよくわからない物体を作っていた。


「だから言ったじゃないか。飾りなんてその辺で買えばいいだろって」

「……」

「こういうのは簡単そうに見えて意外とめんどくさいって相場が決まってるんだよ。考えなくてもわかることだろ?」

「……」

「聞いてるのかい、ジューダス?」


 冷え冷えとしたナナリーの言葉に二の句が継げない。僕に冷たい言葉を吐き続ける彼女の手は、それでも僕やロニ、ハロルドと違って着々と折り紙を様々な形に作り替えていた。さすがは器用なだけはある。まあ、今そのことを伝えたとしても逆効果だろうが。
 カイルとリアラにクリスマスプレゼントを贈る。そう決めたものの、肝心のプレゼントが決まらず一週間と少し。頭を抱えていた僕に声を掛けてきたナナリーとハロルドを巻き込んで街へ買い出しに出かけたのは昨日のことだ。街はどこもかしこもクリスマス一色で、道行く人々は浮かれたように笑い合っていた。
 ご馳走とケーキのための材料を両腕に抱えるほどに買い込んで、奮発していつも飲んでいるものよりいい茶葉を購入した。目星をつけていたプレゼントも買って、さて残すは部屋の飾りを買い揃えるだけとなったとき。ナナリーは既製品を買い揃えろと口を酸っぱくして言っていた。飾りを作るのなんて手間がかかる、ただでさえ料理を手作りするのだから尚更だ、そんな時間があると思っているのか。そんな彼女の度重なる忠告も、頭のネジが四、五本外れていた僕に届くはずもない。気がつけば雑貨屋でこれでもかというほどに飾り付けの材料となるものを買い込んでいた。頭を抱えて溜め息をついているナナリーと、あれもこれもと材料を追加で購入するハロルドの姿を横目に入れながらも、まるで何も見えていないかのように。事実、あまりに盲目だった。そう反省するのはそのしばらく後になるわけだが。


「大体よお。ナナリーとハロルドが手伝うなら俺はいらねえだろ?街では美人なお姉様方が俺を待ってるっていうのに、なんでこんなところでこんなちまちましたことやんなきゃなんねえんだよ」

「元はと言えばあんたが言い出しっぺだって聞いたけど?ねえ、ロニ?」

「…………はい、すみませんでした」


 カイルとリアラに見つからないようにアジトへ戻ってきて、その荷物の多さに目を丸くするイクスに事情を話して空き部屋を貸してもらい、ようやっと荷物を下ろせると一息ついたその時、僕は初めて自分のネジが外れていたことに気づくのだ。
 食材はいい。最悪、クリスマスパーティーの企画班に渡せばパーティーで出される料理に生まれ変わるだろう。だが、この飾りの材料はどうしようもない。こんな浮かれたものを僕が取り出したら、あっという間にアジト内に噂が広がり、僕と同じ顔をしたあいつが今にも斬り殺さんばかりの勢いで僕の元へやってくるに違いない。それはさすがにごめんだった。


「……くっそお。こんなことなら揶揄いになんて来るんじゃなかったぜ」


 ナナリーは顔を引き攣らせ、ハロルドは早々に勝手に何かを作り始める。そもそも僕はこういった部屋の飾りをどうやって作るかも知らないのだ。部屋の中に下りる重い沈黙を、扉を開ける音と共に破ったのは僕の目の前でぶつくさと文句を言っているロニだった。
 ちゃんとプレゼント買ってきたのか、ジューダス!僕を揶揄う気持ちでいっぱいだったのだろう、やけに弾んだ声で部屋に入ってきたロニは、まるで通夜か葬式かというような雰囲気の室内にすぐに閉口した。僕は飾り付けの材料を前に項垂れており、ハロルドは呑気に鼻歌交じりに何かを作っている。全身の空気を外に吐き出してしまったのではないかと思えるほどに重い重い溜め息をついたナナリーが経緯を話すと同時にロニを確保。当然明日から手伝ってくれるよね、と関節技を決めながらロニの協力を取り付けたのだった。


「それにしてもジューダス。あんた意外と器用なんだね」

「ナナリーほどじゃない」

「それは当たり前だろ。年季が違うんだよ」


 あれやこれやと言いながら、それでもナナリーはひとつずつ確実に飾りを完成させていく。折り紙を何枚も重ねてクリスマスツリーを模した飾りを作ったときはさすがのロニも感嘆の声を上げていた。ホープタウンにいた頃もたまにこういう遊びをしてたからね。素直に褒める僕とロニに照れくさそうに笑って、ナナリーは昔を懐かしむかのようにそっと目を細めていた。その言葉に同意するように、俺も孤児院でたまに作ってたな、とロニがすいすいと折り紙を折る。私も昔はよく遊んだわね。僕たちの会話など聞いていなさそうだったハロルドまでもがそんなことを言う。これまでの人生でこういったことと無縁だったのはどうやら僕だけだったらしかった。
 折り紙を短冊型に細く切り、それを輪にして長く繋げる。まず初めにナナリーに教わったのはそんな簡単な飾りの作り方だった。それくらいなら僕でもできる。勇んで作った同じ色の折り紙を繋げた飾りをナナリーが一瞥し、ちゃんと配色も考えろ、とやり直しを食らったのは今朝のことだ。だが、コツを掴めば容易いもので、昼食が出来上がる頃にはナナリーから合格点を貰えるほどの飾りが完成していた。


「おし、できた!」

「お、あんたにしちゃあ上手いじゃないか」

「懐かしいよなあ。昔、カイルやチビたちに作ってやったっけ」


 壁の全面を埋められるほどの長さの飾りができた頃、次はこれ、とナナリーに手渡されたのは薄く柔らかい紙の束だった。用途がわからず首を捻っていると、ナナリーが苦笑して僕の手から紙の束を取り上げる。薄い紙を数枚重ねて細く折り、真ん中あたりを輪ゴムで留め、そこを中心にするように紙を広げていく。ナナリーの手によってまるで花のようになった紙の束。思わず感心してしまった。
 僕が黙々と花を開かせている横で、ロニが得意げに手の中の折り紙をナナリーに見せつけていた。赤と白のそれはサンタクロースだろうか。いつの間にかロニの周りには折り紙で作られた花やら星やら動物やらが大量に転がっている。意外な才能を垣間見たようで、ほんの少し笑ってしまった。


「で、ハロルドは何を作ってるんだい?」

「んー?マルグラーナ=ナナホシカマキリ」

「……そっちは?」

「これ?どう見てもチャクラタン=ミドリクワガタじゃない」

「うん、わかった。わかったけどさあ、……妙にリアルに作るの、やめてもらっていい……?」


 ナナリーの困り果てた声に顔を上げる。そのままハロルドの手元を覗き込むと、紙で作られたとは思えないほどに精巧に作られた虫がいた。うわ、と同じく手元を覗き込んでいたロニが声を漏らす。さすがの僕も顔が引き攣ってしまうのがわかった。どう見たって虫だ。虫以外に有り得ない。今にも動き出しそうなそれを、ナナリーが嫌そうにつまみ上げる。


「これ、リアラが見たら卒倒しそうだね」

「カイルは喜びそうだけどな」

「どうする、ジューダス?飾る?」

「…………隅の方になら構わない」


 一応、僕にも手伝わせているという罪悪感はあるのだ。ハロルドは今ではすっかりアジトの頭脳の中心となっていて、恐らくキール辺りがハロルドを探し回っているに違いない。アジトにまだ人が少なかった頃、確かにアジトの頭脳役を一任されていた男も、これだけ人数が増えてきた今となってはやたらと苦労を背負っている苦労人である。
 ぐふふ、といつも通りの笑い声を上げながらハロルドがやけに目立つ位置に手作りの虫を置いた。後で隅の方に追いやっておこうと心に決める。どの辺りならリアラが卒倒しないかと考えながら部屋を見渡して、ふと目を瞠ってしまった。


「うん、結構いい感じになってきたね」


 僕が動きを止めたのに気づいたのだろうナナリーが、僕と同じように部屋を見渡して満足そうに笑う。隣を見れば、ロニとハロルドも上機嫌に笑っているのが見えた。
 壁一面に色とりどりの折り紙で作られた飾りが吊り下げられている。部屋の入り口あたりには、どこから調達してきたのだろう、クリスマスツリーが置かれており、そのツリーにロニが作っていたオーナメントが飾られていた。ナナリーが毛糸を使って作っていた丸い飾りが部屋に温かみを出している。窓際に、僕が作った黄色と桃色、それから紫の紙の花をそれぞれ頭に飾った雪だるまがみっつ、寄り添うようにして座っていた。


「クリスマスっぽくなってきたなあ」

「雰囲気は悪くないんじゃない?」


 いつもは昼白色に照らされている部屋も、部屋の照明器具に細工をしたのだろう、温かみのある色をしている。まるで絵本の中に出てくる部屋のようだ。そんな感想は、さすがに照れが勝って口からは出なかった。
 ロニとナナリー、それからハロルドが顔を見合わせてくすりと笑う。ジューダス。名を呼ばれ、振り返る。瞬間、視界が金色で埋まった。


「じゃあこれ。ちょっと早いけどあたしたちからのクリスマスプレゼントだよ」


 押し付けられているそれを思わず両手で受け取って、それが僕の顔くらいのサイズの袋であることを知る。赤と緑のリボンで括られた袋。重くもなく軽くもない。


「なんだよその顔。プレゼントなんだぞ?もうちょい嬉しそうな顔しろって」


 余程憮然とした顔をしていたらしい。ロニが眉を寄せながら笑って、僕の背中を二度叩いた。その手を叩き落として、僕はもう一度袋を見る。大きくもなく小さくもない。かさかさとした素材の袋に入ったそれは、彼らから僕へのクリスマスプレゼントらしい。あまりの実感のなさに、どう反応すればいいのかわからない。
 だが、三人は違った。僕のその反応も予想通りと言わんばかりに微笑んでいる。小さな子どもや、きょうだいを見るようなその目。ナナリーが時折見せるその目にひどく弱い自覚はあるが、まさかそれをロニとハロルドにまで感じるだなんて思ってもみなかった。居心地の悪さに身動ぎ。


「いいから開けてみなさいよ」


 ハロルドに促されるがまま、袋に結ばれたリボンに手をかける。指先だけでしゅるりと解けたそのリボンを片手に持って、僕はもう片方の手で袋の中身を取り出した。袋から出てきた僕の手には、大きな星が握られていた。


「……これは、」

「ツリーのてっぺんに飾る星だよ。ジューダス、いろんな飾りの材料は買ってたのに肝心のツリーは用意しないんだから」

「で、仕方ねえから俺がツリーを調達してきたってわけよ」

「で、仕方ないから私がツリーに飾る星を調達してきてやったのよ」


 三人の息の合った答えに瞬きをひとつ、ふたつ。手の中には照明のやわらかい光を弾いて、まるで本物のように輝く大きな星がひとつ。


「クリスマスの日にカイルとリアラと一緒に飾りなよ」


 それも含めてあたしたちからのクリスマスプレゼントだよ。ナナリーの笑みが滲むその声に、僕は星から床へと視線を落として、喉の奥が締め付けられるようなくすぐったい痛みに耐えながら、やっとの思いで言葉を絞り出した。


「……ああ、ありがとう」




クリスマスイブ・イブ・イブ




20201222


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -