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リオンとジューダスが無意味な問答をする話




「お前から見た『リオン・マグナス』とはどんな人間だった」


 口にして、随分と馬鹿馬鹿しい問い掛けだと思った。お前から見た、も何も、目の前にいるこいつは紛れもなく『リオン・マグナスだった男』だ。いつかの自分自身のことだ、主観的に見ようが客観的に見ようが、『リオン・マグナス』のことはこの男が一番良く知っている。恐らくは、僕以上に。
 僕の問い掛けに、目の前の男はきょとんと目を丸くした。僕と同じ顔で気の抜けた顔をするな、と怒鳴り散らしたい気持ちをなんとか堪える。この世界で遭遇した当初はまだ僕と同じ表情をしていたように思えるこいつは、時を経るごとにどんどんとその顔から僕と似た要素を削ぎ落としていく。その理由も、不本意ながら僕は知っている。
 こいつの周りの人間は揃いも揃って能天気だ。特にカイルとリアラは、僕にすら出会った当初の僕の態度など忘れたかのように気安く接してくる。能天気に侵されれば、同じく能天気になるしか道はないのだろう。僕は絶対にごめんだった。


「リオン・マグナスか」


 暇を持て余しているこの男は律儀に僕の質問に答えるつもりらしい。顎に手を添えて視線を宙に飛ばす。


「こども、だな」


 ふと口元に笑みすら浮かべて、男はそう宣った。予想外の答えに瞠目する。
 僕自身のことだ、僕だってこいつとまでは行かずともいくらかわかっている。だからこそ、主観的に見ても客観的に見ても、僕に『こども』と言える要素は無いに等しいと言い切れる。僕が納得のいかない顔をしていたからだろう。目の前の男はくすくすと笑い声を上げて、そういうところだ、と言った。


「僕に『こども』と呼べる要素なんてない」

「だから、そういうところだ」


 反論に即答。どこか余裕そうにも見えるその言葉に苛立ちを覚えながら、食ってかかれば更に煽られるだろうことは想像に難くない。結果、むっつりと口を噤むことになるのだが、それすらも男の琴線を刺激するらしく、男は笑みを深めて僕を見た。


「『リオン・マグナス』は世界の広さを知らない」


 男はすっかり冷めた紅茶を口に含み、唇を潤すようにゆっくりと味わって、それから嚥下する。ソーサーに置かれたカップを眺めて、男はぽつりと零すようにそう告げた。その声は、確かに僕と同じもので、確かに異なるものだった。


「『リオン・マグナス』は人の強さを知らない」

「……」

「『リオン・マグナス』は未来を知らない」

「……」

「『リオン・マグナス』は信じることを知らない」

「……」

「『リオン・マグナス』は仲間を知らない」

「……」

「『リオン・マグナス』は愛されることを知らない」

「……」


 唄うように紡がれるその言葉に対する反論を、生憎と僕は持ち合わせていなかった。僕の中のどこかにあるだろう『心』と呼ばれるような何かが、鋭く研がれた剣でずたずたに切り裂かれるような心地がした。そんな僕の最悪な気分もお見通しなのだろう男は、僕と同じ色をした瞳に、男と同じ色をしたそれを映し、ひどく穏やかに、囁いた。


「『リオン・マグナス』は自分自身を知らない」


 空気が凍ったように思えた。きんと冷え切った部屋の中に、温もりと呼べるものがあるとすれば、それは目の前の男の瞳に他ならなかった。凪いだ海のように静かでいて、風の強い日に流れる雲のように急いていて、春の木漏れ日のような、彼女の淹れる紅茶のような、僕が携えるこの剣が幼い頃に歌ってくれた子守唄のような、知っているようでいて、僕が知らないぬくもりを湛えたその瞳は、それはそれは居心地の悪いものだった。


「ほら。『リオン・マグナス』は何も知らない『こども』だろう」


 腹が立つほど得意げに笑うこの男の、心の臓を一突きにしてやりたいとさえ思う。そんなことをしようものなら、この男の仲間だとかいう奴らに、逆に心臓を一突きにされるだろう。そんな馬鹿げた死因はごめんだった。


「……お前は、自分はこどもではないと、そう言いたいのか」


 唸るような僕のその声に、再び男はきょとんと目を丸くした。心外だ、と言わんばかりのその顔に腸が煮えくり返りそうだった。馬鹿にしているのか、と怒鳴ろうと息を吸い込んだその瞬間。男はゆるりと目を細めて、首を横に振った。


「いいや、僕もこどもだ」


 口から発せられるはずだった男に対する罵詈雑言は僕の中へと消えていく。至極当然のようにそう言った男は、何食わぬ顔をして紅茶を啜る。僕は何を言うべきかしばし逡巡し、言いたい言葉も、言うべき言葉も見つからず、ただただ悪戯に視線を泳がせた。男は静かにソーサーにカップを戻す。


「大体、十六年しか生きていない僕らが大人であるはずがないだろう。一般的に見ても僕らは『こども』だ。僕ら自身がどれほど『大人』であろうとしたって、世間から評される僕らは何処まで行っても『こども』でしかない」


 尤も、と男が続ける。可笑しさを堪えられないといった表情で、それでいてどこか皮肉げにも見える顔で笑った男は、真っ直ぐに僕を見ながら頬杖をつく。


「ここには千年どころか二千年も三千年も生きている奴らがいるんだ。そんな奴らからしたらここにいる人間のほとんどが『こども』だろうな」


 僕らのこの問答が如何に馬鹿馬鹿しいものかをこどもに説き伏せるような声音で言った男は、話は終わりだとでも言うように席を立つ。一瞬遅れて、煙に巻かれたような気持ちになった僕は、負け惜しみのごとく吠えた。子犬の鳴き声のようなそれに、苦々しさを感じながら。


「お前は、……ジューダスは、自分なら『大人』になれると、そう思っているのか」


 振り返り、僕の瞳を覗き込んだジューダスという名を背負った男は、僕とは似ても似つかない顔で、まるで『こども』のように、屈託なく笑った。


「無邪気に未来や奇跡を信じられなくなるのが『大人』だと言うのなら、僕は死ぬまで『こども』のままでいい」




交わらざりし生命に、今齎されん刹那の奇跡




20201207


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