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今から十八年後の未来を考えるカイルとリアラとジューダスの話




「あ、ジューダス!いいところに!」

「……カイル、リフィルに出された宿題は終わったのか?」

「お、終わってるに決まってるだろ!」


 終わっていないんだな。言葉は呑み込み、代わりに呆れたような視線を送ってやる。カイルはたじろいだように眉を寄せるが、隣に座るリアラがくすくすと笑ったことで今度はその眉が八の字に下がった。そんなカイルをフォローするようにリアラが続ける。


「ねえ、ジューダス。十八年後のカイルってどうなってると思う?」


 やけに楽しそうに話していると思えばそんなくだらない話か。カイルとリアラが楽しそうなのはいつものこと。ただ、それにしても今日は特に盛り上がっているように見えたのだ。アジトの中の教室と呼ばれる部屋の横を通りがかったときにリフィルに言伝を頼まれたのでカイルを捜していたのだが、その言伝を伝えるのを躊躇うくらいには。


「十八年後はオレも三十代だろ?絶対に背は伸びてるし、筋肉もついてがっしりするじゃん!今と同じくらい剣の修行に打ち込めば世界中にオレの名前が響き渡るくらいわけないと思うんだよ!英雄カイル!いや、大剣豪カイルかな!?ねえ、ジューダスはどう思う?」

「剣豪を名乗るということは当然僕にくらいは勝てるようになるんだろうな?」

「……うっ」


 暗に現時点で僕にすら勝てないのに調子に乗るな、と釘を刺してやる。本人も自覚するところはあるのか、言葉に詰まって明後日の方に視線を投げた。それを見たリアラがまた楽しそうに笑い声を上げる。カイルは僕とリアラを悔しそうに見ると、すぐにぱっと顔を輝かせた。どうせ引き続きくだらないことを思いついたに決まっているが、せっかくなので少しくらい付き合ってやるかと空いている椅子に腰掛けた。


「十八年後のリアラはすっごい美人になってそうだよね!髪も、今は短いけどナナリーみたいに伸ばしてさ。背ももう少し高くなるかなあ。あ、でもオレより高くなるのはダメだからね!」

「もう、カイルったら」


 ほんのりと頬を染めたリアラが照れたようにカイルの名前を呼ぶ。無意識に二人の世界を作る彼らにもすっかり慣れたものだ。僕は二人の前に置かれた皿の上からクッキーを一枚つまんで口の中に放り込む。以前はこの二人の甘い空気に胸焼けがしそうな気持ちだったが、慣れてしまえばこのクッキーと同じようなもの。それをロニやナナリー、ハロルドに話せば、彼らは揃って複雑な表情をして僕の名前を呼ぶのだ。まるで残念なものを見るような目で。或いは、心底同情したかのように。


「十八年後のジューダスはどうなってるかしら」


 二人を眺めながら、そして会話を小耳に入れながら目の前のクッキーを無心で消費する。恐らく二人は気づいていまい。そう思った矢先、唐突にリアラの口から自分の名前が飛び出したものだから、危うくクッキーを喉に詰まらせるところだった。慌てて口の中のクッキーを飲み込んで、カイルの前に置いてあったお茶を一気にあおる。考え事に夢中なカイルは気づいていないようだった。


「そうだなあ、ジューダスは……、うーん……」


 腕を組み、目を閉じて。眉間に皺を寄せるカイル。その様子を横目に、リアラがそっとティーポットから空になったカップにお茶を注ぐ。きっとこれにもカイルは気づいていないだろう。
 さて、と。お茶によって落ち着きを取り戻した頭で考える。十八年後の僕。何を馬鹿なことを、と一蹴するのは簡単だ。何故なら僕にそんな先の未来は訪れない。それは僕が死んだ人間なのだから当然のことだった。今ここでこうしてクッキーを喉に詰まらせていることも、本来であれば起こり得ない。頭を悩ませるカイルと、それを微笑みながら見守るリアラ。僕は決してこの二人と共に未来を迎えることなどできないのだ。


「ジューダスはまず仮面を外してるだろ?で、オレより低いかもしれないけど背も伸びてる!」


 そうやって、無邪気な言葉で僕を追い詰めてくるカイルを突き放すこともできた。カイルの言葉に頷くリアラの笑みを打ち砕くことも。


「で、英雄カイルの一番の仲間で凄腕の剣士だって有名になってるね!ジューダスに斬れないものはない、ってね!英雄カイルと凄腕剣士ジューダスは世界中を巡って困ってる人を助けるんだ!」

「あら、わたしは一緒じゃないの?」

「もちろん、リアラも一緒だよ!」


 けれど僕はどちらも選ばない。当たり前のように彼らの未来の中に僕がいること。当たり前のように僕に未来があると言うこと。当たり前のように、そんな未来で僕と彼らが共に在ると思っていること。
 馬鹿馬鹿しくて、子どもじみた夢。それなのに、その夢に縋りたくなるほど、甘美で優しい夢だった。


「僕は人助けなどしないぞ。やりたいなら二人で勝手にやっていろ」

「そんなこと言って、一番困ってる人を見過ごせないの、ジューダスじゃん!」

「そうね。なんだかんだと世話焼きなジューダスが、困ってる人のことも、その人を助けようとしているわたしたちのことも放っておけるはずがないものね」

「……そんなことはない」


 いつの間にか言い包められるようになっていたのに気づいたのはいつのことだろう。会話で優位に立てなくなったのは。それを悔しいとも思わなくなったのは。当たり前のように二人が思い描いた夢を、僕も同じように思い描くようになったのは、いつのことだったのだろうか。
 緩みそうな口元を隠すためにクッキーを頬張る。ああ、と悲鳴のような声を上げるカイルを無視して、最後の一枚のクッキーは僕の口の中へと消えていった。ついでに再びカイルの前に置かれたカップを手に取ってお茶を啜れば、ジューダス!と非難するようにカイルが僕を睨んだ。リアラは僕とカイルの顔を交互に見て、目尻に涙を滲ませながら可笑しそうに笑う。リアラの笑い声を聞いたカイルもゆるゆるとその視線を緩め、リアラと同じように笑った。誤魔化したつもりがしっかりと緩んでいた口元は、果たして隠せていたのだろうか。


「カイル」

「ん?なに?」


 ああだこうだと三人がいる未来について議論を続けるカイルの名を呼ぶ。すぐさま僕の方を振り向いたカイルに、僕はわざとらしく笑みを作った。


「『明日宿題を忘れたら罰として一週間一人で教室掃除です』とリフィルから言伝を預かっている」


 晴れ渡った青空のような笑みが翳り、曇り、のちに雨となる。冷や汗を流さんばかりのカイルに追い討ちをかけるように続けた。


「もう一度訊くぞ。……リフィルから出された宿題は終わったのか?」


 ひとまず、十八年後の不確定な未来よりも今すぐに訪れる未来のことを考えろよ。そう付け足して僕は席を立つ。助けてジューダス!縋るようなその声に背を向けながらくつくつと笑って、さてどれほど時間が経った未来で手助けしてやろうかと、確実にやって来る未来に思いを馳せた。




おいしいクッキーを頬張りながら




20201130


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