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かくれんぼをするジューダスと、彼を見つけたいカイルとリアラの話




「大変なんだリアラ!」


 食堂に飛び込んでくるなりそう叫んだのはカイルだった。どこで何をやっていたのだろう、カイルの身体は泥だらけの埃まみれ。そんな姿で食堂に入ってくるだなんて、ファラやベルベットに怒られても知らないんだから。そう言おうと思ってカイルを見て、血の気の引いたその顔を見た瞬間にただ事ではないと悟る。わたしはテーブルを拭くのに使っていた布巾を放り出し、慌ててカイルに駆け寄った。どうしたの、そうわたしが尋ねるよりも早く、カイルがわたしの両肩を掴む。手が震えている。


「大変なんだ、リアラ……!ジューダスが、」

「ジューダスに何かあったの!?」


 わたしの肩を掴んだまま、カイルはそれっきり口を閉ざしてしまった。ジューダスがどうしたのだろう。何かあったのだろうか。わたしを呼びに来るということは、どこかで怪我をしているのかもしれない。森の中か洞窟の奥か、とにかく簡単には動けないような場所でジューダスが怪我をして、なんとか動けたカイルがわたしを呼びに来たのかも。そうであればカイルのこの姿にも納得がいくし、いや、そんなことは後から考えればよくて、とにかく今はジューダスを。ぐるぐるぐると頭の中に巡る嫌な想像を必死に掻き消して、わたしはカイルの両手に触れる。


「カイル、落ち着いて。ジューダスに何があったの?」


 わたしの声にカイルが顔を上げる。今にも泣きそうな顔。カイルのこんな顔なんて滅多に見ないから、ますます嫌な想像が募っていく。だけどわたしまで取り乱してしまったらカイルは余計に話し出せなくなるだろう。逸る心臓を宥めすかして、わたしはカイルの目を真っ直ぐに見た。くしゃり、カイルの顔が歪む。


「……ジューダスが、見つからないんだ……っ!」


 目を潤ませ、肩を震わせ。カイルは今にも死んでしまいそうな顔でそんなことを言う。ジューダスが見つからない。どういうことなのだろう。だってジューダスは、今日の朝、カイルと出かけるとそう言って。


「ジューダスが見つからない?どういうことなの?」

「どうもこうも、見つからないんだよ!ジューダスってば隠れるのが上手くて!もう一時間くらい捜してるんだけどどこにもいないんだ!ねえ、リアラ!ジューダス、どこに隠れてるか知らない!?」

「……待って、カイル。一旦落ち着いて。最初から教えてほしいの。カイルとジューダスは、何をしていたの?」

「何って、かくれんぼに決まってるだろ!」


 はあああと深い溜め息が口から漏れそうになったのを寸前で堪える。脱力。わたしは今、カイルに振り回されては疲れた顔をしているロニの気持ちがとてもよくわかった気がする。


「……かくれんぼ?」

「そうなんだよ!オレがジューダスのことちゃんと見つけられたら剣の稽古をつけてくれるって約束したんだけど、全然見つからないんだ!」


 ジューダス、どこに行ったんだろう。気のせいか、カイルのいつも元気いっぱいに跳ね回っている金髪さえもしょんぼりと項垂れているように見える。ジューダスと一緒に遊ぶならわたしも呼んでくれればいいのに、と言いたいのをぐっと堪えて、わたしはカイルの手を肩から外した。カイルはその手を握り締めて、泣き出しそうな顔でわたしを見る。苦笑。


「……一緒に捜しましょう、カイル」

「本当!?ありがとう、リアラ!」


 ぱあと晴れ渡った表情に、わたしはやっぱり苦笑する。ジューダスもまさかこんなことになっているとは思わないだろう。カイルの稽古から逃れるために上手に隠れてしまったジューダスに向かって心の中で少しだけ文句を言う。カイルの稽古が終わったら、わたしのお喋りにも付き合ってもらうんだから。
 わたしはテーブルの上に投げ出したままだった布巾をきちんと洗って干して、同じく食堂の片付けをしていたシャーリィに、ごめんなさいと頭を下げた。一部始終を見守っていたシャーリィはなんだかおかしそうに笑いながら、ここはいいから行ってあげて、と言ってくれる。この埋め合わせはどこかで必ず。何度も何度も謝りながらわたしは食堂の入り口でわたしを待ちわびているカイルのところまで小走り。ばたばたと走るとキッチンの方からお叱り言葉が飛んでくるので。


「どのあたりを捜したの?」

「思いつくところは全部!アジトの中だろ、道場の傍、転送ゲートのあたりとか、ハロルドのところとか!」


 捜し回った場所を指折り数えながら教えてくれるカイル。浮遊島のジューダスが行きそうなところはほとんど全部捜してみたらしい。それだけ捜して見つからないジューダスは、一体どれだけ上手に隠れてしまったのだろう。カイルが焦ってしまうのも無理はないかも、と思ってしまうのは、わたしがカイルに甘いからだろうか。
 さくさくと草を踏み分けながら、カイルとふたり、ジューダスを呼ぶ。時々すれ違う仲間たちにも尋ねてみるけれど、みんな揃って首を横に振った。あんなに目立つ格好をしているのに、誰もジューダスの姿を見ていないだなんて。カイルは本格的に泣きそうになっている。わたしはそんなカイルの手を引きながら、ぐるぐるぐると再び頭の中を占めるようになってきた悪い想像を必死に追い払った。どこかで怪我をしているのかも。誰かに連れて行かれちゃったのかも。わたしたちと一緒にいるのが嫌で、だからかくれんぼのふりをしてアジトから出て行ってしまったとか。どうしよう、どうしよう。歩いても呼んでも全然見つからないジューダスに、すっかり先程までの楽観的な気持ちは見当たらなくなって。気づいた時にはもう、わたしとカイルの不安と焦りはピークに達していた。


「ジューダス、どこ行っちゃったんだよ……」


 震えるカイルの声。つんと涙腺を刺激して、わたしの両目からはとうとう涙が落ちる。滲んだ視界の先に沈んでいく夕陽が見えて、いつだったか、ジューダスとカイルと三人で、あんな風に沈んでいく大きくて綺麗な夕陽を並んで見たな、とそんなことを考えて。


「……カイル!秘密基地は!?」


 一瞬で吹き飛んでいった涙。わたしは隣に立つカイルを見る。カイルもその青い目をみるみるうちに大きく見開いて、わたしの手を引いて走り出す。ちょっと待って、そう言う暇もなく、カイルは走る。走る。走る。
 浮遊島にアジトを移してからすぐのこと。探検と称してわたしとカイルとジューダスと、三人で島を見て回っていた。一日かけて島中を巡って、大きな夕陽が沈み始める頃、たどり着いたのは浮遊島の端っこで。真っ赤な夕陽に照らされるそこは本当に綺麗で、わたしたちしかこの世界にいないみたいな、そんな静けさがあって。こんなに綺麗な場所を、わたしたち三人しか知らないなんて、と。なんだか得意な気持ちになっていたら、きっと同じことを考えたのだろうカイルが、ここをオレたちの秘密基地にしよう、とそう言ったのだ。そんなガキくさい遊びには付き合わんぞ、なんて口では言っていたジューダスも、なんだかんだと楽しそうに笑っていて。


「ジューダスっ!」

「ジューダス、いるの!?」


 たどり着いた浮遊島の端っこ。相変わらず綺麗で静かなそこ。わたしたちの声が響く。返事はない。夕陽がわたしたちを照らしている。ジューダス、ジューダス。わたしたちは必死にジューダスを呼ぶ。返事をしてよ。じわりと滲んでくる涙。ジューダス。わたしたちの名前を呼んで。
 願って、覗き込んだ木の影。すうすうと穏やかな寝息を立てたジューダスが、そこにいた。


「ジューダス、いた」

「うん」

「……見つけた」

「うんっ」

「ジューダス、見つかったよ……!」

「……ジューダス、ちゃんといた……っ!」


 わたしとカイル、駆け出したのはどちらが先だっただろうか。駆け出して、地面に膝をついて、ジューダスの身体を抱き締めて、それから、彼の耳元で名前を呼ぶ。ジューダス。よかった、ジューダス。見つけた。よかった。そんな言葉を繰り返しながら。


「……騒々しいぞ」


 わたしたちが抱きついた衝撃で目を覚ましたのだろうジューダスが、迷惑そうな声音でそう言った。わたしはぼろぼろと涙を落として、そんな視界の端で、同じように泣いているカイルがいた。わんわんと泣き出すわたしとカイルに、ジューダスが慌てたようにわたしたちの名前を呼んだ。カイル、リアラ。どうした、何故泣くんだ。滅多に聞かない取り乱した声。ぎゅうぎゅうとジューダスの背中にしがみついて、わたしは、カイルは、ジューダスの名前を呼ぶ。


「ジューダス、オレ、たくさん捜したんだ……!ジューダスがいなくなっちゃったと思って、オレ、オレ……っ!」

「わたし、ジューダスがどこかで怪我をしていたらどうしよう、って、いなくなっちゃったらどうしようって!怖かったんだから!ジューダスのばか、ばか……っ」


 わたしとカイルがそう泣きながら訴えて、ジューダスは驚いたように身を固くしたまま。夕陽が浮遊島の下に沈んでいく。眩しい赤色がすっかり見えなくなって、アジトの方が濃い藍色に染まっていく。それくらい時間が経ってようやく動き始めたジューダスは、わたしとカイルの背中を宥めるように撫でながら、それはもうおかしそうにくすくすと笑った。


「なに笑ってるんだよ!」


 がばりと身体を離したカイルが烈火のごとく怒り出す。それもまたジューダスの笑いのツボを刺激したのだろう、わたしにしがみつくようにして笑い転げるジューダスに、さすがのわたしも涙が引っ込んでしまった。わたしたち、本気で心配したのに。どうしてそんなに楽しそうに。むくむくと湧き上がってくる怒り。ジューダスは尚も笑い続けている。


「お前たち、ずっと僕を捜していたのか?」

「そうだよ!」

「そんな泥まみれになりながら?」

「そうよ!」


 ジューダスは笑いながら、ポケットから小さな鏡片を取り出した。通信用の魔鏡だ。あ、と零したのはわたしとカイル、どちらだったか。


「見つけられないなら魔鏡通信でも何でも使えばよかっただろう」


 カイルとわたし、ほとんど同じタイミングでポケットからジューダスが持っているのと同じくらいの鏡片を取り出した。それを狙ったかのようにジューダスから着信。目の前にいるというのに、魔鏡の中にもジューダスの顔が映る。楽しそうな、悪戯っぽい笑み。


「ま、魔鏡のことなんて思いつくワケないだろ!?」

「何のための魔鏡通信だ」

「だって、ジューダスが見つからないって、心配で!」

「わかったわかった」


 ジューダスは笑いを収める気もないのだろう。どことなく嬉しそうにも見える顔で立ち上がり、地面に座り込んだままのわたしとカイルに、両手を差し出した。


「ほら、帰るぞ」


 わたしとカイルは顔を見合わせて、それから気が抜けたように笑って、ジューダスの手を取った。立ち上がってもその手は離さない。カイルとジューダスとわたし。横並びに並んで、手を繋いで、アジトへ向かって歩き出す。何か言いたげだったジューダスも、さすがに少しばかり思うところがあったのだろう。アジトの明かりが近づくまで、繋いだわたしたちの手を振り払うことはなかった。


「ジューダス、リアラ!ご飯を食べたら談話室に集合で!」

「アジト中を走り回ったんだろう。今日くらいさっさと寝たらどうだ」

「逃げようとしたってダメよ!今日はわたしたちが眠くなるまで付き合ってもらうんだから!」

「……仕方がないな」


 アジトに着いて、そう約束して。入り口に立てられた大きな鏡に映ったわたしたちの姿にふと気づく。泥だらけで、目が真っ赤になったわたしとカイル。それから、仕方がないなと言いながら、口元には笑みが残っているジューダス。三人並んだわたしたちの姿を、ずっと一緒に居られるように、このまま切り取ってしまえたらいいのに。そんな夢のようなことを考えながら。ひとまずわたしたちは、泥だらけの服を洗濯当番の人々に見つからないためにはどうしたらいいか、頭を悩ませることになる。




太陽が降った




20201012


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