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※レイズ世界のリオンとジューダスの話




仮面の奥で薄く笑っている男に、酷く腹が立った。妬ましい。浅ましい。何故笑っていられるのだ。何故、笑っていられるのだ。そう詰りたい気持ちを抑え込むのに必死だった。ともすれば怒鳴り散らしてしまいそうだった。お前は、何故、笑っていられるのだ。

あいつは僕のはずだった。あいつは、僕の辿らなかった、辿れなかった未来を辿ったはずなのだ。僕の歩んできた道を全て知っていて、知り尽くしていて、僕の覚悟も、選んだものも、全てすべて理解しているはずなのだ。だって、あいつは僕だから。

それなのにあいつは笑っている。僕とまったく同じ顔で、僕には出来ない表情をしている。優しく、慈愛に満ちた眼差しをしている。反吐が出る。あいつは僕のはずなのに。僕はあんな感情、知らないのに。

坊ちゃん、と僕を呼ぶ声がする。それに応えることはなく、僕はただ、あいつを睨み付ける。何故笑っていられるのだ。僕にはそんな資格ないのに。何故、笑っていられるのだ。僕には、仲間だとか友人だとか、そんなものはいないのに。必要ないのに。そんなあたたかなものに触れる権利はないというのに。

坊ちゃん、ともう一度僕を呼ぶ声がした。そして、小さく僕の本当の名前を呼ぶ優しい声も。振り返れば、そこに。シャルと、マリアンがいる。僕にはこの二人しかいない。仲間も友人もいない。僕には、この二人がいればいい。この二人が、僕の世界の全てなのだから。


あいつは僕だ。あいつは、僕の未来の姿だ。

それなのに、そうとは思えない。まるで姿形が同じだけの別の人間のようだった。気持ち悪くて、おぞましくて、それなのにあいつは、思考も、行動も、恐ろしいくらいに僕と同じだった。同一だった。同じ思考の人間は二人もいらない。そう思えるほどに、僕は、あいつだった。

仲間と笑い合う自分の姿を見るのが苦痛だった。あったかもしれない自分の未来と重ねてしまうのが情けなかった。

そして、同じように笑ってみたかったと。そう思ってしまうことが、何よりも悔しかった。悲しかった。僕には資格がない。僕に手を差し伸べてくれた彼らと、ああやって笑い合うことなど。


「いつまでそうやって意地を張っているつもりだ」

「うるさい」


「お前はもうわかっているだろう」

「うるさい」


「ここは別の世界だ。神の眼はないし、ヒューゴもいない。マリアンは手の届くところにいて、お前にはシャルがいる。何が不満だ」

「お前がマリアンとシャルの名前を呼ぶな」


「スタン達はそこにいる。ルーティだって。お前が彼女の弟だと、身分を明かしても。彼女はそれを受け入れるだろう」

「受け入れられるものか」


「何に怯えている」

「うるさい」

「何に囚われている」

「うるさい」

「お前は、どうしたいんだ」

「うるさいッ!」


全てを理解したような口ぶり。紫紺の瞳。僕と同じ顔をして、僕のことを責める。

同じ未来を辿らなかったことを恨んでいるのか。お前が手放した、手放さざるを得なかったすべてを。まだ、掌の中に収めている僕が、憎いのか。

そうやって、言葉を重ねた。癇癪を起こした子供のように。喚いて、叫んだ。怒鳴った。僕が憎いのか。お前は僕のくせにと、そう思っているのかと。ただ、声を荒らげた。僕は、お前が憎いから。お前が僕なら、僕の言葉でだなんて傷付かないはずだから。


「憎んでなんかいない」


それなのに。お前は、やはり。笑うのだ。

仮面の奥で、薄く、やわらかく。笑って、僕を見る。何故笑っていられるのだ。何故、お前は、笑うのだ。


「僕は、僕が選んだ道を後悔していない」


例え何度生まれ変わっても、必ず同じ道を選ぶ。そうだろう?問い掛ける言葉に。ああ、どこまでも、目の前の男は、僕なのだ。そう思った。


「ただ、少し。お前が、羨ましい」


仮面の男は小さく笑った。仕方がないと諦めたように、眩しいものを見るように、何もかもを受け入れるように、笑う。

そうして僕はようやく気付く。男にはシャルがいないこと。マリアンがいないこと。僕の世界の全てだった二人が、彼の世界にはいないこと。男は僕だ。彼の世界もまた、シャルとマリアンだけだったはずなのだ。彼は、世界の全てを失っている。


「お前は、どうして、笑っていられるんだ」


問う。世界の全てを失ってなお、男が笑える理由が知りたかった。僕はきっと、二人がいない世界では息もできない。どうやって生きればいいかもわからないし、僕の命で二人が生きていられるのならば、喜んでその命を差し出すだろう。

僕にはわからなかった。仮面の男は僕のはずだった。姿形も、思考も、行動も。僕のそれと同じはずなのに。あいつはきっと僕のことを全て理解しているはずなのに。僕には、この男のことが、わからない。


「僕にはシャルもマリアンもいない」


男の目が、僕を射抜く。真っ直ぐに、真っ直ぐに。そうして。


「僕には『ジューダス』という名前があるだけだ」


男は、ひどくしあわせそうに笑った。


ああ、ああ。わかってしまった。わからないけれど、わかりたくなかったけれど、わかってしまった。妬ましくて、おぞましくて、羨ましくて、不思議と泣きたくなった。


この男はどこまでも僕で、僕はどこまでもこの男と同じだった。それももう、過去の話。

男はもう、僕ではない。僕を必要としていない。僕が手放したくなかったものをすべて手放して。僕が背負っていたものも投げ捨てて。空っぽになって、一度は呼吸の仕方も忘れてしまったのかもしれない。それでも男は、一から呼吸の仕方を学んだのだろう。息を吸って、吐いて。前に向かって、歩き出す。僕にはできないその簡単なことは、空っぽになった男だからこそできたのだ。


男はもう、『リオン・マグナス』ではない。

男は、『ジューダス』だ。

それでも僕らは、どこまでいっても『エミリオ・カトレット』なのだろう。


「僕はお前が羨ましい」

「僕はお前が妬ましい」

「お前が恐ろしい」

「お前が憎らしい」

「お前にはシャルとマリアンがいる」

「お前には仲間がいる」


互いに持たないものを持つ、僕らは。


「僕はお前だった」

「お前は僕だった」


それでも、もう。僕らはどうしようもなく別の人間だ。


だから、理解できなくて当然なのだ。

僕には男の気持ちがわからない。男がいつだって遠くを見ている理由も、そのくせ幸せそうに笑う理由も、男の名を呼ぶ奴らにやわらかく返事をする理由も、どれほど大切なものがあるのかも。僕にはわからない。それでいい。それがいい。

僕と男は同一だけれど、不同であればいい。


所詮はただのないものねだり。

僕と仮面の男が同じ人間であることは、きっと、もう二度とない。




20190810


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