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彼らが新しい関係を築く話




「……何やってるんですか?シャルティエさん」

『あれ?カイルくん、だっけ。それにリアラさんも。こんなところで奇遇だね!』

「……奇遇というか、あの……」


カイルとふたり、たまにはゆっくり浮遊島のお散歩でもしようと並んで歩いていた。今日はとてもいい天気で、というか浮遊島は空に浮かんでいるのだから大抵はいい天気なのだけれど、それにしても空が高くて風が涼しくて、気持ちいいねと話しながらあてもなくのんびりと歩いていて。ちかちかと視界の端に引っかかる何かが反射したような光に気づいたのはカイルが先だった。
なんだろうね、鳥が何か落としていったのかな。好奇心に任せて光の元へ歩くわたしたち。よくよく見れば、背の高い木に何かが吊るされているようだった。近づくにつれカイルの顔がどんどん険しいものになっていく。たぶん、わたしの顔も同じように険しくなっていただろう。だって、あれは、どう見ても。
カイルと顔を見合わせて、木に吊るされているものを見て、アジトの方を見て、周りの様子を伺って。何が何だかよくわからなかったけれど、ひとまず放っておく訳にはいかないと木の下まで近づいた。木に吊るされていたのはシャルティエさんだった。ソーディアンの方の。そうして冒頭の会話に戻る。


「シャルティエさん、どうして吊るされてるんですか?」

『うーん、話せば長くなるんだけど。簡単に言えば、坊ちゃんと喧嘩したんだよね』


たはは、とちっとも困っていない様子でシャルティエさんが笑う。わたしとカイルはやっぱり顔を見合わせて、揃ってシャルティエさんを見た。


「リオンさんと喧嘩、ですか?」

『そうそう。まあ喧嘩と言っても僕が余計なお節介をして坊ちゃんに怒られたってだけなんだけどさ。吊るされるのはさすがに初めてだけど、喧嘩した後に放っておかれるのはたまにあることだから』


とりあえず降ろしてくれる?とシャルティエさんが大きなレンズを光らせて言う。きっと、顔が見えたなら苦笑していただろう声音だった。わたしとカイルは慌ててシャルティエさんを吊るしているロープを引っ張って彼を救出する。ありがとう、と言ったシャルティエさんは再びレンズを光らせた。


「……リオンさん、シャルティエさんと喧嘩することなんてあるんですね」


木の下はほどよい木陰になっていて、ちょうど良かったのでわたしたちは木陰に腰を下ろして休憩することにする。背負っていた小さなリュックからお茶を取り出してカイルに渡し、わたしも自分のお茶をひと口。びっくりしてからからになっていた喉に、冷たいお茶が染み渡る。ほう、と息を吐いたわたしに気づいたのか、シャルティエさんが小さく笑った。


『君たちが坊ちゃんのことをどう思ってるかはわからないけど、ああ見えて坊ちゃん、案外子どもっぽいところもあるんだよ』

「子どもっぽいところ?」

『そうそう。意外と短気だったり、甘いものが好きだったり、嫌いな食べ物が多かったり。本人は頑張って冷静でいようとしてるんだけど、喧嘩っ早いところもあったりね』


わたしとカイルは三度、顔を見合わせる。そうしてほとんど同時に噴き出した。だって、なんだか心当たりがある。心当たりというか、同じような人を知っているというか。意外と短気で、甘いものが好きで、嫌いな食べ物が多くて、喧嘩っ早いところがあって。


「……ああ見えて優しかったり?」

「……ああ見えてよく笑ったり?」

『そうそう。よく知ってるね!』


シャルティエさんはなんだか嬉しそうにレンズをちかちかと光らせる。なあんだ、とカイルが笑って、わたしも笑った。


「ジューダスと同じだ!」

「ジューダスと同じね!」


だって、だってそれは。わたしたちの大切なあの人とおんなじで。


リオンさんはわたしたちと極力関わらないようにしているのだろうと思う。わたしたちと、なのか、ジューダスと、なのか。事情はわかっているし、そう行動するのも仕方がないことだとは思っているけれど。避けられているのはやっぱり寂しいし、仲良くなるきっかけすら与えられないのは悲しいし、だけど複雑な気持ちもわかるからわたしたちからはどうしようもなくて。わたしたちはそうやってリオンさんとの距離を測りかねていた。
この世界にいるリオンさんとジューダスはもう別の人なのだと思っている。同じ人だけど違う人。一番複雑なのは彼ら自身で、一番戸惑っているのも彼ら自身で、わたしたちは彼ら自身がどのように折り合いをつけていくのか見守ることしかできないのだと思う。近づきたいけど近づけない。どこか遠い人。わたしたちにとってのリオンさんはそんな人だった。
だけど、本当は違うとしたら。わたしたちの大切なジューダスとリオンさんは違う人ではあるけれど、同じところもあるとしたら。わたしたちでも近づける人なのだとしたら。それはとても、とても喜ばしいことなのではないだろうか。そう思う。


『……ねえ、カイルくん。リアラさんも。よければ僕のお願いを聞いてくれるかい?』


くすくすと笑い続けるわたしたちに、シャルティエさんがやんわりと声をかける。わたしたちの視線が彼に向いたのがわかったのだろう、シャルティエさんは何度も何度も躊躇うようにして、それからようやく小さな声で言葉を吐いた。


『坊ちゃんと、仲良くしてあげてくれないかな。できればでいいし、その、……ジューダス坊ちゃんのこともあるから、無理にとは言わないけど。きっと、君たちなら坊ちゃんとも仲良くなれると思うから』


不安そうな声。なるほど、リオンさんが怒ったというお節介はこういうことか。シャルティエさんの優しさと、リオンさんのことを本当に大切に想っていることがわかる声音に、胸の中が温かくなる。カイルがシャルティエさんを持ち上げて、レンズに向かってにっこりと笑う。晴れた日の太陽のようなそれに、わたしは釣られて笑ってしまうのだった。


「もちろん!ね、リアラ!」

「そうね、カイル」


リオンさんがどこまで許してくれるかはわからないけれど、もうそれなりに長い時間を同じ場所で過ごしているのだ、少しくらい踏み込むことを許してほしい。ジューダスはきっと許してくれる。眉を寄せて、何事か小言を言いながら。それでも最後には呆れたように笑って、仕方のないやつらだな、と言うのだ。手加減してやれよ、なんてことも言うかもしれない。わたしたちのジューダスは、たとえそれが自分の過去の姿だとしても放っておけない、そんな優しい人なのだ。
シャルティエさんは何度目かのありがとうを囁いて、わたしたちはそれに応える。何度も何度も紡がれるありがとうの言葉。今にも泣き出しそうなその声にカイルが慌てて、わたしはシャルティエさんのレンズにそっと触れて、こちらこそありがとうございます、と言った。あなたの大切な人に近づくことを許してくれてありがとう。その気持ちは伝わっただろうか。伝わっていてくれるといい。


『いつか、君たちにお礼をしなくちゃね。と言っても僕はこの通り剣だから、できることなんてたかが知れてるけど』

「お礼かあ。……そうだ!あのさ、シャルティエさん、」

「シャル!」


カイルの言葉を遮る強い声。どこか焦ったようにも聞こえるその声に振り返ると、こちらに駆け寄ってくるリオンさんの姿が見えた。坊ちゃん、と困ったようにシャルティエさんが呟く。
リオンさんはカイルの手の中にシャルティエさんがいることに気づくや否や、その整った顔を鬼気迫るものに変えて、カイルの手からシャルティエさんを奪うように取り上げる。慌てたようにリオンさんを呼ぶシャルティエさん。乱暴に取り上げられたというのににこにこと笑っているカイル。二人の間でわたしは、リュックの中から紙コップを取り出してお茶を注いだ。


「……貴様ら、シャルに何をしている」

『坊ちゃん、そんな言い方!』

「シャルは黙っていろ」


余程焦っているのだろう、リオンさんは殊更に冷たい目でカイルを睨む。リオンさんはジューダスよりも感情を表に出すことが苦手らしい。怒っているのではなく心配している。大切なシャルティエさんに触れられることに怯えている。それらがすべて怒りのような感情に纏められている。わたしとカイルにはちゃんとわかる。だって、彼にとてもよく似た人の傍に、わたしたちはずっといたから。やっぱり彼らは違う人なのだなあと呑気に考えて、わたしは紙コップをリオンさんに差し出した。


「何って、お茶会!リオンも一緒にどう?」

「このお茶、マリアンさんが淹れてくれたの。とっても美味しいからよかったらリオンも一緒に飲みましょう?」


わたしとカイルの言葉に毒気を抜かれたようにきょとんと目を丸くするリオンさん。彼は気づいただろうか。わたしとカイルが『リオン』と呼んだこと。悪戯をしているような気持ちになって、わたしは遠慮なく彼の腕を引いた。ジューダスは案外押しに弱い。同じようで違うけど、やっぱり同じ二人のことだから、きっとリオンさんも同じだろう。
姿勢を崩したリオンさんはわたしに腕を引かれるがまま地面に座り込む。カイルは彼におやつを、わたしはお茶を手渡した。抵抗することなくあっさり受け取ってくれるリオンさんになんだか可笑しくなって笑ってしまう。不意打ちをすればこんなに素直なリオンさん。これならわたしたちも仲良くなれる気がする。そんな意味を込めてカイルを見れば、カイルもまた、わたしと同じ気持ちを目に込めてわたしを見ていた。


「そうだ、せっかくだしジューダスも呼ぶ?」

「ちょっと待ってて。魔鏡通信で連絡してみるわ」


魔鏡通信で通信先をジューダスに設定、通信開始。数秒の間の後、どうした、と聞き慣れた声がした。カイルがかくかくしかじかで、と説明する。わたしはその説明に合いの手を入れる。もちろん、わたしの右手とカイルの左手はリオンさんの両手を握ったまま。
魔鏡の向こうでジューダスが笑っている。珍しく大笑いだ。待っていろ、すぐに向かう。笑い混じりのそんな声を最後に魔鏡通信が切れた。カイルがとても楽しそうに笑って、わたしはもう可笑しくて可笑しくて。目尻に滲んだ涙を指で拭った。


「…………おい、」

『……ふっ、くく……!あははっ!』

「シャル、」

『坊ちゃん、今日はもう諦めた方がいいですよ。まさか僕もこんなことになるとは思ってませんでした』


両手をわたしたちに掴まれて逃げることができないリオンさん、──リオンは不貞腐れたようにシャルティエさんを睨んでいる。シャルティエさんは心底楽しそうにレンズを光らせて、悪びれすることなく笑い続けていた。リオンは溜め息をひとつ。


「……お前、さてはちっとも反省してないな?また吊るされたいのか?」

『そうしたらまたカイルとリアラと、ジューダス坊ちゃんに助けてもらうからいいですよ』


さて、あと少ししたらジューダスもやって来るはずだ。すっかり逃げることを諦めてしまったリオンの姿に、もう手を離しても大丈夫かと右手を離す。瞬間、リオンはその手でシャルティエさんのレンズを引っ叩いた。シャルティエさんから悲鳴が上がるけれど、二人にとってはいつもの事なのだろう。険悪な雰囲気になることもなく、なんなら二人の間に流れる空気は先程よりも穏やかだ。喧嘩していたのではなかったのだろうか。そんなことを思いながら、わたしはジューダスのためにお茶を用意する。


「そうだ、シャルティエさん」

『どうしたの、カイル』


言いながら、カイルが立ち上がって大きく手を振った。その先にはジューダスの姿がある。カイルはジューダスとリオンを交互に見て、晴れやかに笑った。


「お礼はリオンとシャルティエさんの話でいいよ!」


目を見張るリオンに、笑い声を上げるシャルティエさん。カイルはにこにこ笑って、カイルの後ろから現れたジューダスが、わたしたち四人をぐるりと見て、ひどく優しく穏やかな顔でそっと笑った。


「それは随分と高い礼だな」




あした晴れたらなにをしようか




20200921


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