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イースターイベント7話〜8話の間のD2組の話




がやがやと賑やかな街。大人も子どももみんなが楽しそうに笑ってイベントを楽しんでいる。子どもは手にイースターエッグを持って。大人はそんな子どもの頭を撫でて。誰も彼もが幸せそうに笑っていて、自然と頬が緩むのがわかった。なんて幸せな光景なのだろう。
だけどわたしには、わたしたちにはひとつだけ心配なことがあった。少し離れた場所で今日も元気よく跳ね回る金髪の彼が、よく似た金髪の人と、その隣に並ぶ女性と笑い合っているのが見える。カイルとスタンさん、それからルーティさん。
イースターのお祭り、スタンさんとルーティさんと回ることになったんだ!わたしたちにそう言ったカイルはとても嬉しそうだったけれど、どこか無理をしているようにも見えたから。心配で居ても立ってもいられなくなったわたしは、ロニとナナリー、それからジューダスとハロルドにもお願いして一緒にカイルの様子を見守ってもらうことにしたのだ。


「カイル、大丈夫かしら」


ぴょんぴょんと兎のように跳ね回るカイル。その隣でスタンさんとルーティさんが曖昧に笑っている。彼らの顔に、いつものような覇気はない。カイルはいつも通り笑っているようにも見える。けれど、きっとみんな気付いてる。努めて明るく笑っていようと。カイルがそう考えているだろうこと。それが意識してなのか無意識なのかわからないけれど、わたしたちに見せるものよりほんの少し子どもっぽい笑顔をしたカイルに、みんな眉を寄せていた。


「大丈夫、って言いたいところだがなあ」

「……どっちかって言うと、大丈夫じゃないのはスタンさんとルーティさんの方に見えるけど」


ロニとナナリーが唸るようにそう言った。わたしはちらりと彼らの様子を伺う。あちこちに隠されたイースターエッグを見つけては歓声を上げるカイルに、まるでそうすることが義務だと言わんばかりにカイルのことを褒めるスタンさん。そんな彼らを、一歩引いたところで笑みを浮かべながら見つめているルーティさん。カイルは頭を撫でられながら、ほんの僅か、さみしそうに目を伏せる。


「……あいつらにも時間が必要なんだ」


ジューダスはそう言って三人のことをじっと見ていた。ジューダスはスタンさんとルーティさんのことも、カイルのこともよく知っている。きっと、わたしたちの中の誰よりも今ここにいるスタンさんとルーティさんについて知っているのはジューダスだろう。当然ロニだってスタンさんとルーティさんのことはよく知っていると思うけれど、彼が知っているのは元の世界で大役を成し遂げた二人の姿だから。
わたしたちと同じくらいの歳で、世界や使命を背負うことなく、まだ何も知らない時間から具現化された二人。そこから先の旅の中で起こるだろう出来事の、悲しみや、つらさや、どうしようもなさや、それでも前に進まなければいけないという使命感、そしてそれらすべてを乗り越えた先の彼らに芽生えただろう感情も、何もかもを知らないスタンさんとルーティさん。そんな彼らと共に旅をした"リオン・マグナス"であったジューダスは、今ここにいるスタンさんとルーティさんが何を考えているのか、何を悩んでいるのか、きっとわかっている。


「めんどくさいわね。そんなに深く考えなくても、あの二人はカイルの両親じゃないんだから。わざわざ父親母親のフリしなくたっていいじゃない。カイルだって、わざと子どもみたいに振舞っちゃって」

「あのなあ。誰しもお前みたいにさっぱり割り切れるってモンじゃねえの」

「そう?単純だと思うけど」


ハロルドが手の中のイースターエッグを転がしながらそうぼやく。今ここにいるスタンさんとルーティさんはカイルの両親じゃない。カイルの両親は、元の世界にいるスタンさんとルーティさんだ。そんなこと、きっとカイルはとっくの昔にわかっていると思う。たださびしくて、羨ましくて、憧れている。一度でいいから、父親としてのスタンさんに、カイル、と。名前を呼んでもらえることに、焦がれているだけ。カイルにはもう、その記憶がうっすらとしか残っていないから。


「あ、」


小さく小さく息を吐いて、顔を上げた先。わたしの視線は、青い瞳に吸い込まれる。


「どうした?」

「カイルと目が合っちゃった」


ぱあ、と顔を輝かせるカイル。わたしは苦笑しながら彼にそっと手を振った。ジューダスは呆れたように溜め息をついている。


「だから全員で尾行は無謀だと言ったんだ」

「だって、みんなも心配だったでしょ?」

「それはそうだが……」


カイルは隣にいるスタンさんとルーティさんに何事かを話している。たぶん、わたしたちのことを見つけたから行ってきていいかとか、そんなこと。せっかくスタンさんとルーティさんと一緒だと言うのに、今にもわたしたちのところへ走ってきそうなカイルに誰からともなく苦笑い。だけどちらりと見えたみんなの顔はどことなく嬉しそうで。みんな同じ気持ちなんだなあと思ったらなんだか笑えてきてしまった。


「行ってくるよ!父さん、母さん!!それじゃあ、また後でね!」


カイルのよく通る声がここまで届いた。その声に、或いは、スタンさんとルーティさんの表情に。ロニが息を呑んで、それからがしがしと頭を掻いた。背中を向けたカイルは見えていない。スタンさんとルーティさんの戸惑ったような、苦しそうな、今にも泣いてしまいそうな、そんな表情。何と返事をするべきか迷って、中途半端に開けた口を閉じることもなく。ただカイルの背中を見ている二人。

カイルが走ってくる。俯いている。表情は見えない。手にはたくさんのイースターエッグ。生命を祝う意味が込められたその卵を、大事に大事に抱えて、カイルは一目散にわたしたちのところへ駆けてくる。


「……おいっ!」

「へへっ!ジューダス、ナイスキャッチ!」


最後の一歩を大きく踏み出したカイルは、輪になっていたわたしたちの真ん中に飛び込むようにして抱き着いた。真正面にいたジューダスが彼の身体を受け止める。勢いのままに倒れそうになるジューダスを、ロニとナナリーが咄嗟に支えていた。危ないだろうが、と声を荒らげるジューダスに、カイルは笑う。


「みんなも来てたんだ」

「みんなカイルのことが心配だって言うから仕方なくね」

「ハロルド!」

「だって本当のことっしょ」


ハロルドの言葉に慌てて彼女の名前を呼ぶけれど、彼女はどこ吹く風だ。カイルの手からイースターエッグをひとつ摘んで、よく出来てるわね、と興味深そうに眺めている。
カイルはきょとんと瞬いて、それから、わたしたちがよく知っている顔で、とても嬉しそうに笑った。どうしてだろう、泣きたくなってしまった。ロニも、ナナリーも、ジューダスも。口を引き結んで眉を寄せて、彼の頭を撫でたり、背中を叩いたり、手を握ったりしている。わたしも彼に寄り添うように一歩、彼の方へと近付いた。


「ねえ、カイル。あんたはさ、スタンとルーティとどうなりたいの?」


お団子のように小さく固まるわたしたちのすぐ傍で。ハロルドが問い掛ける。彼女の目はまっすぐカイルを射抜いていた。カイルは、先程のスタンさんとルーティさんのように、ただ、曖昧に笑う。


「本当はもう答えが出てるんでしょ?」


ハロルドはそう言って、カイルの髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回した。わ、と小さな悲鳴。わたしはやっぱり泣きそうになってしまって、カイルの肩に頭を預けた。わたしたちが傍にいるから大丈夫だよ、と。彼に伝わるように祈りを込めて。
カイルはわたしたちの顔を順番に見て、わたしたちの名前を順番に呼んで、目の端にきらきらと光るものを浮かべて、それでも、わたしたちが大好きな顔で、笑った。


「……オレはさ、父さんと母さんが大好きなんだ」


カイルが街の中に目を向ける。そこにはたくさんの家族がいた。手を繋いで、一緒に歩いて、イースターエッグを見つけては歓声を上げて、よくやったな、と頭を撫でて、そうやって笑い合う、家族の姿。カイルは眩しそうに目を細めて、ぎゅうと手のひらを握り締める。


「だから、二人にはいつだって幸せでいてほしい。笑っていてほしい。元気でいてほしいし、……本当は、オレと一緒に居てほしい」


スタンさんとルーティさんの周りにはウッドロウさんやフィリアさんがいた。遠目から見てもわかるくらい、二人は沈んだ表情をしている。カイルは二人を見て、わたしたちを見て、困ったように、泣くのを堪えるようにただ笑う。


「だけどさ、オレの父さんと母さんは、あそこにいるスタンさんとルーティさんじゃない。オレの両親はここにはいなくて、……父さんは、どこにも居なくて、」


ロニがカイルを抱き締めた。ナナリーがカイルの手を握る。ジューダスが躊躇うように何度も何度も手を伸ばしては下ろして、そうしてぎこちなくカイルの頭を撫でる。いつの間にかカイルの正面に立ったハロルドが、カイルの青い瞳を、じっと見つめていた。


「本当はわかってた。あの二人に父さんと母さんを重ねちゃいけないって。あの二人を大切に想うことは許されても、あの二人をオレの大切な人と重ねてしまうのは、違うんだって」


スタンさんとルーティさんは思い悩むように、苦しそうに、唇を噛み締めている。そっくりな顔でカイルが目を閉じる。だけど、顔を上げたのは、カイルの方が早かった。


「だから、もうおしまい!」


オレはスタン・エルロンとルーティ・カトレットの息子だけど、ここにいるスタンさんとルーティさんはオレの父さんと母さんじゃない。父さんと母さんは誰かに代わりになってもらっていいものじゃない。重ねていいものでもない。カイルはそう言って、ほんの少しだけさびしそうに眉を下げて、スタンさんとルーティさんを見る。


「オレは、ここにいるスタンさんとルーティさんを、スタンさんとルーティさんとして大切にしたい。だから、もうあの二人に父さんと母さんを重ねるのはおしまい。ちゃんと、ここで、新しい未来を創るんだ」


カイルの目にはもう涙はない。満面の笑みを浮かべたカイルの名前を、わたしたちは呼ぶ。彼の、彼だけの名前を呼んで、そうして、わたしたちも笑う。
カイルの強さが、わたしは好きだった。何度転んでも、痛い思いをしても、苦しくても、悲しくても、ちゃんと前に進んでいける強さ。迷っても、悩んでも、自分の答えを出せる強さ。大切な人をまっすぐに大切にできる強さ。まっすぐに愛せる強さ。わたしは、わたしたちは、カイルのこういう姿に惹かれて、ここでこうして、身を寄せ合っている。


「ねえ、カイル」

「なに、リアラ?」


わたしはカイルに笑いかける。カイルはいつも通りの、わたしたちが大好きな笑顔で、わたしたちのことを見ている。


「せっかくのお祭りだもの。これから少しだけデートしない?」

「で、デート!?」


顔を真っ赤にして慌てたようにわたしの顔を見るカイル。そんなカイルの背中をばしんと叩いたロニは、潤んだ瞳を隠すように豪快に笑った。


「お、いいんじゃねえの?行ってこいよ、カイル!」

「どうせなら待ち合わせしてみたらどうだい?ほら、あのウサギのモニュメント。待ち合わせスポットになってるみたいだし」

「非効率的ねえ」

「まあ祭りだからな。少しくらい浮かれたって誰も文句は言わんだろう」


ナナリーが、ジューダスが、ハロルドが笑って、わたしたちの背中を押した。カイルはわたしの顔を見て、みんなの顔を見て、照れたようにはにかんで。ありがとう、と小さく小さく囁いた。


「じゃあ、十五分後にあのウサギの下で待ち合わせね!遅れないでよ、カイル!」

「うん、わかった!また後でね、リアラ!」


わたしはカイルに手を振って駆け出した。ちらりと後ろを見れば、もみくちゃにされているカイルが見える。そして、正面。未だ悩むように、答えを探すように、スタンさんとルーティさんが視線を落としている。けれど、彼らもきっと大丈夫だ。だって、彼らの周りにいるみんなが。ウッドロウさんが、フィリアさんが、マリーさんが、そしてリオンさんが。二人のことをしっかりと支えている。自分のことのように悩んで、それでも二人に答えを出してほしいと、導いているから。きっと、もう大丈夫。
大きなウサギの下。そこに立って、わたしはお祭りに賑わう広場を見る。ウサギの足元に紛れていたまあるい卵を両手で包み込んで、わたしは願うように目を閉じた。
どうか、彼らが。彼らの答えを見つけて、みんなで"幸せ"だと笑えるときがやってきますように。そして幸せだと笑うカイルの隣に、わたしが、わたしたちがいつまでも寄り添っていますように、と。




イースター・エッグはかごの中




20200415


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