(リアラとナナリーとルーティ)
野菜を洗うざばさばという音と、包丁とまな板が奏でるとんとんという音。そこにほんの少しの大きさで混ざる歌声。わたしとナナリーのものだ。
歌の名前は知らない。カイルとロニがよく歌っているからいつの間にか旋律を覚えて、そしていつの頃からか自然と口をついて出るようになった歌。
ふたりが言うには、これは子守唄らしい。デュナミス孤児院にいる子どもはみんな歌えるよ、とカイルはどこか誇らしげに言っていた。いいなあ、とこぼしたのは仕方のないことだろう。歌からは優しい愛を感じる。それを語るカイルとロニからも、家族を愛してやまない気持ちが溢れていた。
小さな小さな歌声。わたしとナナリーのものに重ねるようにもうひとつ加わったそれ。わたしは野菜を洗う手を、ナナリーは野菜を刻む手を止めて、歌声の出処に目を向ける。そこには照れたように笑うルーティさんがいた。
「……ごめん、邪魔しちゃった?」
「そんなことないです!ただ、ちょっとびっくりして……」
スープを作っていたルーティさんはわたしとナナリーを懐かしいものを見るような目で見ていた。それはカイルやロニが孤児院にいる自分たちのきょうだいに向けているものとよく似ていて、わたしは少しくすぐったくなる。
「小さい頃にね、誰かに歌ってもらってたのよ」
と言っても、誰に歌ってもらったものかは覚えてないんだけどね。嬉しそうに、少しだけ寂しそうに。そっと微笑むルーティさんの表情は今までに見たことがないもので。彼女のそんな表情を見ることができたこと。そしてこの子守唄はルーティさんから受け継がれてきた大切なものだと知れたこと。元の世界では知ることができなかったことを、新しい世界に来て初めて知れたこと。まだ知ることができるのだということ。嬉しくて、胸の中がぽかぽかと温かくなった。
「さあて、あたしの当番はこれで終わりね!ふたりはまだかかりそう?」
「ああ、それなんだけど……」
ナナリーがわたしを見て、わたしもナナリーを見た。わたしとナナリーには昼食の準備の他にやらなきゃいけないことがある。くすくすと笑って、わたしはルーティさんの手を取った。きっとルーティさんも笑ってくれるに違いない。
「わたしたち、これからケーキを焼くんです」
「洗濯当番が一番大変だ、ってカイルとロニがごねるもんだからさ。ご褒美で釣ってやったんだ」
昼食のあと。デザートにケーキを焼いてあげると言ったときのカイルとロニは、そりゃあもう大喜び。どっちがたくさんの洗濯物を干せるか競走だと言って外に飛び出していってしまったのだ。わたしたちの話を聞いたルーティさんはけらけらと笑って、男って単純ねえ、と目元の涙を拭う。
「よければ、ルーティさんも一緒に作りませんか?」
「あたしも?」
「そうそう。せっかくだし、ルーティさんの旅の話も聞かせてほしいな」
ナナリーとふたり、じっとルーティさんを見つめる。ふたり分の視線にたじろいだようなルーティさんは、しばらく迷ったあと、わかったわよと小さく頷いてくれた。わたしとナナリーはハイタッチ。それを見たルーティさんはまたけらけらと笑って、戸棚から小麦粉を取り出してくれた。
「じゃああたしは先に取り掛かってるわ。あんたたちも早く作ってしまいなさいよ!」
「はあい!」
野菜を洗うざばさばという音と、包丁とまな板が奏でるとんとんという音。小麦粉を振るうかしゃんかしゃんという音。そこにほんの少しの大きさで混ざる歌声。わたしとナナリーと、それからルーティさんの歌声。優しい旋律の子守唄が、食堂を満たしている。そんなある日の穏やかな朝。
20200225