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「日向と影山はさあ、いつでも影踏み鬼して遊んでるみたいだよな」


隣に座る菅原さんが、休憩時間だと言うのにコート内で競い合う二人の姿を眺めながらそう呟いた。あまりにもぼんやりとした声音だったから、聞き間違いかと思って菅原さんの方を向くと、それに気付いた菅原さんは俺にちらりと視線を向けた。微笑ましいものを見るような、それでいて苦いものを見るような。そんな大人のような顔で、日向と影山へと視線を戻す。

日向と影山はいつでもコート内外問わず走り回っているけれど、遊んでいるようには見えない。そもそも、影山は遊ぶということを知っているのだろうかというほどバレーに傾倒しているのだ。遊ぶ暇があればバレーをする、を地で行く人間。それが影山。日向に関してはそこまではいかないけれど、同じくらいのバレー馬鹿。そんなふたりに向けた菅原さんの言葉。

だから俺には菅原さんが言っている意味がわからなかった。察しのいいツッキーならばわかったかもしれないけれど、生憎と彼は体育館の外で休憩中である。

影踏み鬼。日向と影山。どういうことだろう。どうしてもそのふたつが結び付かなくて、俺は頬を掻きながら菅原さんに尋ねた。


「……どういう意味ですか?」


菅原さんも俺がわかると思っていなかったのだろう、日向と影山から視線を外すことなく、表情すら変えず、瞬きをひとつ、落としてみせた。


「山口はさ、影踏み鬼ってやったことある?」


影踏み鬼。小学生の頃に遊んだことがある。鬼役がいて、逃げる役がいて。鬼に影を踏まれたら鬼役を交代して、今度はそいつが誰かを追いかける。単純だけど、盛り上がる遊びのひとつだった記憶がある。俺は菅原さんに、はい、と答えた。


「あれってさ、逃げるヤツを追いかけて、そいつの影を踏んだら勝ちだろう?影を踏まれた方が、今度は誰かの影を踏もうと追いかける。それの繰り返し」


俺は、大人数でしか遊んだことはないけど。影踏み鬼をふたりでやったら、どうなると思う。

菅原さんの問いに対しての答えは簡単だ。ふたりでお互いの影を踏み合って、お互いを追いかけ続けるのだ。鬼になった数秒だけ立ち止まって、また走り出す。目の前には相手がいて、追いついて、影を踏んで、また少しだけ立ち止まって。繰り返し、繰り返し。


「あいつらってさ、前にしか進まないだろ。光のある方へ、真っ直ぐ、前に。そんでさ、光に向かって走ったら、影は自分の後ろにできるよな。後ろに向かって真っ直ぐ。それはさ、追いかけてる方にとっては好都合じゃん。すぐ追いついて、影踏んで、相手が立ち止まってる間に追い越して、また走る。今度は追いつかれないように走るけど、自分は光に向かって走ってるから、影は後ろに長く伸びる。だから踏まれる。立ち止まる。追い越されて、今度は影を踏むためにまた走り出す」


そこまで言われたら、俺はもう笑うしかない。ああ、それは、まるっきり。


「な?日向と影山だべ?」


菅原さんは無邪気に、ひどく楽しそうに笑っていた。先程見せた大人のような顔は微塵も残っていない、年相応の、いつもの菅原さんの笑顔。

唐突に、この人は、日向と影山が羨ましいのだろうなあと思った。光に向かって全力疾走しているところも、それがひとりではないところも。影を踏まれてもまたすぐに走り出せるところも。相手を追いかけ続けられるところも。いつしかふたりが影を踏み合うのではなく、隣に並んで走るのだろうという確信があるところも。眩しくて、眩しくて、自分も彼らの影を踏みたいと思ってしまうところも。すべて。


「あいつら、途中で踏んだ踏んでないでもめそうですけどね」


突然の第三者の声に、思わず肩を震わせて振り返る。ぱたん、と軽い音を立てて放られるシューズに足を通しながら、いつから聞いていたのかツッキーがそう言った。その言葉に菅原さんは、確かにな、と声を立てて笑う。


「まあ殴り合いしない限りはほっとけばいいだろ。いつの間にか仲直りしてるし」

「殴り合いはしないまでも掴み合いはしてましたよ」

「それはほら、また田中呼んでやればいいべ」


名前を呼ばれたのに気が付いた田中さんが、呼びましたか、と菅原さんを見た。菅原さんはそれに手を振って返して、俺とツッキーを見上げる。その視線はやわらかだ。そうして菅原さんは、俺たちに問いかける。


「お前らは、どうする?」


ツッキーは瞬時に嫌そうな顔をして、俺はすぐには質問の意図が理解できなくて。それでも頭を捻って、たどり着く。

影踏み鬼に参加するか否か。問われているのだと。

日向と影山との影踏み鬼はとても疲れそうだ。ふたりはいつだって全力で駆け抜けているし、彼らの目指す光は強すぎる。目が眩む。体力馬鹿なふたりのことだ、失速することもないだろう。だけど彼らが真っ直ぐ進むから、それだけ彼らの影も真っ直ぐ伸びている。後ろから追いかければすぐに踏んでしまえそうな位置まで影を伸ばして。

その影を踏みたいか。彼らが立ち止まっている隙に彼らを追い越して、彼らに影を踏まれないように先を走り続けたいか。菅原さんの目が、問いかける。


「……追いかけ続けるだなんて、真っ平御免です」


ツッキーは溜め息混じりにそう言った。想像しただけでひどく疲れたのだろう。俺だって同じだ。あのふたりと同じペースで走り続けるだなんて、どれだけ体力があっても足りない。でも、だけど。


「でも、一度くらい。あいつらの影、踏んでやりたいです」


ねえ、ツッキーもそう思うだろ。ちらりと向けた視線の先、ツッキーはコート内でスパイク練習をしている日向と影山を見ていた。その横顔は鋭くて、案外ツッキーも負けず嫌いだよね、と思った。菅原さんがまた笑う。いいねえ、お前ら。


烏養コーチの持つホイッスルが鳴って、澤村さんの声が響く。休憩終了の合図。俺とツッキーは寄り掛かっていた壁から背を離し、菅原さんは軽やかに立ち上がる。未だコート内でぎゃあぎゃあと言い争ってる日向と影山の間に立って彼らの肩を抱き、そうしてにやりと悪どい笑みで。


「お前ら、影踏まれないように必死に走れよ!」


日向と影山は言い争うことをやめ、ぽかんと菅原さんを見ている。菅原さんはその視線に応えることなく、上機嫌に澤村さんの隣へ並んだ。俺とツッキーは湧き上がる笑いを堪えようともせず。間抜けな顔で立ち尽くすふたりに、必死に走れよ、と菅原さんと同じ言葉をかけてやるのだ。











20180214


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