haikyu!! | ナノ







「日向ボゲェ!ボゲ日向ァ!なんだ今のジャンプはっ!軸ぶれっぶれじゃねえか!!踏み切り甘すぎ!ナメてんのか!!」

「ううう、うっせえええ!!お、おれだって緊張くらいすんだよっ!」

「緊張なんかしてんじゃねえ!おまえ、こんなんで緊張するとかなあ、オリンピックがどんだけ緊張すると思ってんだボゲェ!それでも日本代表か!!」

「え、影山でも緊張すんの!?」

「そういう話をしてんじゃねえんだよボゲ!」


テレビの向こうから聞こえてくる声が全然変わってなくて安心した。直前まで自分のバレー人生を語っていた人と同一人物とは思えない形相で日向を怒鳴りつける影山くん。怒鳴られた日向は涙目だ。つい数年前までは毎日目にしていた光景。
懐かしいやら、そんなことをテレビの向こうでやっていることに呆れるやらで、思わず笑い声を上げてしまう。


「あははっ!日向も影山くんも、変わってないね!」

「ホント。日本代表って言うならもうちょっとそれらしくしろっての」

「本当だよねぇ。変わらなすぎもどうかと思うよ」


私の笑い声と言葉に、やれやれ、と言ったように返事をしてくれるのは月島くんだ。その隣では山口くんもにやにやと笑っている。
本日、快晴。一人暮らしをしている山口くんの部屋に集まった私たちは、テレビの前を陣取って食い入るようにとある番組を見ていた。
宮城のローカル局の生放送番組。普段はニュースとかを流しているその番組は、先日行われたバレーのワールドカップを受けて、男子バレー特集を組んでくれていた。日本代表にここ、宮城出身者がいるということで、日向と影山くんはゲストに呼ばれたということだ。


「…それにしても、これ、影山だけ出演するって聞いてたんだけど」

「ね、俺もそう思ってた。テレビ欄にも影山の名前しかないし」


そのテレビ番組で、大々的にゲストとして呼ばれていたのは影山くんだけだ。私も、日向が出てくるなんて思ってもみなかった。日向が出てきた瞬間、飲みかけていたお茶を噴き出してしまったのは本当に申し訳ないと思っている。でも月島くんだって口に運ぼうとしていたケーキを取り落としていたから問題ないと思いたい。山口くんごめん。

バレーボールファンのみならず、日本全国の主に女性からの影山くん人気は計り知れない。前々から背が高くて、黙っていれば顔も整っているということで人気があったのは知っていたけれど、先日の大会が全国放送されたことで更に人気が上がったらしい。
今回が初の正セッター起用にも関わらず堂々としたプレー。冷静に状況を見極め、正確すぎるくらい正確にスパイカーにトスを上げる、セッターとしてのその手腕。ノータッチエースを決めるほどのサーブの威力とコントロール。もちろんレシーブだってできるし、背が高いからブロックでも活躍してるし、タイミングが合えばスパイクだって打つ。
完璧超人かよ、なんて。隣で一緒に試合を見ていた月島くんがビール片手に忌々しく呟いていたのが印象に残っている。その隣では山口くんが食い入るようにテレビを見て、時折歓声を上げていた。


「…やっぱり、影山くんのトスを打つのは日向じゃないとだもんね」


だから、日向が呼ばれたんじゃないかな。そう言ってみれば、月島くんも山口くんも、だよねえ、みたいに笑った。影山くんの隣には日向が、日向の隣には影山くんがいないと、しっくりこないのだ。
先日のワールドカップ。日向と影山くんが並んでコートに立つ姿を見て、私は感動のあまり泣いてしまった。二人の速攻が世界にも通用して、会場中が静まり返ったあの時、あの瞬間。私はずっとこれが見たかったんだと確信した。
影山くんがトスを上げて、日向がスパイクを打つ。そのボールが相手コートに叩き付けられて、影山くんと日向が顔を見合わせて、ハイタッチをする。テレビから響く割れんばかりの歓声が、私の涙腺を更に刺激して。まだ1セット目の序盤だというのに、決勝戦で勝ったような泣き方をしてしまったのは今では笑い話である。

そんなことを思い出しているうちに、テレビの向こうでは日向と影山くんが何故かスパイク練習を始めていて、三人揃って首を捻る。何やってるの、あの二人。
床に転がしていたスマホがブブッと震えて、メッセージアプリの新着メッセージを表示した。私のだけではなく月島くんと山口くんのスマホも震えていることから、たぶん烏野高校のバレー部の面々からのメッセージだろう。スマホを手に取ってメッセージを読む。メッセージは一つ上の先輩からだった。


「田中さんだ!」

「『あいつら生放送でスパイク練始めやがった』」

「やっぱりそう思うよね…」


私たちと同じようにみんなで集まってテレビを見ているのだろう。次々に送られてくるメッセージには久しく連絡を取っていなかった人たちの名前も並んでいて、思わず頬が緩んでしまった。
私もスタンプを一つ送信する。既読がすぐ付く。既読数はグループチャットのメンバー数からすると二つ少ないだけなので、テレビに出ている張本人たちを除く全員がスマホ片手にテレビを見ているらしい。この一致団結感たるや、さすが春高出場したチームということか。


「あのっ!生放送なのでその辺にしていただけますでしょうかっ!!」


テレビの向こうでアナウンサーが焦った顔で二人を止めに入る。二人の顔がアップで映るけれど、その二人の顔には「やってしまった」とありありと書かれていて。今度は菅原さんから『あいつらの顔!!』とメッセージが送られてきた。月島くんは堪え切れないように肩を震わせながら笑っている。
一旦コマーシャルに移るという手は使えなかったのだろう。アナウンサーが何とかその場を収めようとしているが、日向は顔を真っ青にしてぺこぺこ頭を下げている。影山くんも眉間に皺を寄せながら視線をあちらこちらに泳がせていて、どうにも収まりそうにない。
『説教だな』と今度は澤村さん。『ぜひ!』と返しているのは山口くんだ。あーあ、日向も影山くんも、踏んだり蹴ったりだな。


「影山選手、日向選手。こちらへどうぞ」

「あ、は、はいっ!」

「ぅす…」


スタジオ中の笑いを取った日向と影山くんが、アナウンサーの指示の下、ようやく用意された席に座った。生放送終了まであと五分。番組の後半はすべてこの特集に使われる予定だったみたいだからとりあえず番組的には大丈夫だろうけど、きっといろいろと企画を考えていたに違いない。番組スタッフのみなさんに心の中で謝罪する。
日向は先程登場したときの威勢はどこに行ったのやら。かちんこちんに固まってしまって、緊張癖は治ってないのかと溜め息をついた。日向は昔からすぐ緊張する。今日はお腹を壊してないだろうか。なんて、まるで試合前みたいな心配をしてしまう。


「日向選手、本日はお越しいただきありがとうございます。影山選手にはお伝えしていなかったので驚かれたかと思いますが」


さすがアナウンサー。上手いこと話題を振った。日向はまだ顔が青いけれど、話しかけられたことで少し気を持ち直したようだ。顔を上げて、影山くんの方を見る。
見られた影山くんは気まずそうに目線を逸らして頭を掻いた。日向はそれににやりと笑って、影山くんの肩を小突く。


「はい、せっかくなんで秘密にしておきました。黙ってればこいつ、おれについてなんか喋ってくれるかなーと思って!」

「…お前、どっから聞いてた…?」

「え、全部に決まってんじゃん!何ならおれ、お前がスタジオ入りする前からその辺にいたし」

「は、はあ!?」


実はスタッフに紛れてこっそり見学されてたんですよね、日向選手。だなんてアナウンサーが言うものだから。影山くんは目を吊り上げて日向を睨む。日向はそんな視線もどこ吹く風。さっきまでの緊張も一緒にどこかに飛んで行ってしまったようで、そりゃあもう楽しそうに笑っていた。


「…これ、日向が余計なこと言って影山にアイアンクロー決められるに百円」

「僕も」

「あー…私も、かな」


賭けにならない賭けをして、テレビの向こうの日向と影山くんを見る。生放送終了まであと五分。どうか日向が影山くんを怒らせるようなことを言いませんように、と祈っても届くはずがなく。


「影山、お前ほんっとおれのこと、つーか烏野バレー部のこと、大好きだよな!」


ああ、ほら。言わんこっちゃない。影山くんの額に青筋が浮かんで、その大きな手がゆらりと日向の頭に向かう。日向、日向、気付いて。それ以上は口を慎んで。あちゃあ、と苦笑交じりに呟くのは山口くん。スマホからは引っ切り無しにメッセージが届いている。きっと先輩たちも爆笑してるに違いない。
本当、変わらないんだから。面白いのが半分、心配なのが半分。そんな気持ちでいたら、ふいに涙が出てきた。遠いところに行っちゃったのに、変わらないなあ、二人とも。
よくわからない哀愁に浸っていると、テレビから影山くんの怒鳴り声が聞こえてきた。テレビに目と耳を向ける。青筋を立てた影山くんがドアップで映し出されて。


「大好きで、わるいか、ボゲェ!!」


がっしと日向の小さな頭を掴んで、アイアンクロー。悲鳴を上げる日向。ぱちくり、と瞬きの音が聞こえてきそうなほど目を丸くした私と月島くんと山口くん。テレビの中でぎゃいぎゃい騒ぐ音は遠く、こちら側の時間が止まったんじゃないかみたいな感じがした。


「…影山くん、私たちのこと、大好きなんだ…」


呆然とした私から落ちたのはそんな言葉。あの影山くんの口からそんな言葉が出てきたのが信じられなくて、嬉しいとかそんなのよりも断然驚きが勝って、私は思わず隣にいた月島くんを見る。月島くんも私を見る。二人揃って月島くんの隣にいる山口くんを見る。山口くんも私たちを見ている。スマホはメッセージの着信を知らせない。
無言でテレビを指差して、ぱくぱくと口を開閉して、そして、そして。


「谷地さん!?」

「え、泣くの?今、このタイミングで?」


私は訳も分からずぼろぼろと泣いていた。せっかく慣れない手付きでメイクまでしてきたのに台無しだ。それもこれも、影山くんがガラでもないこと言うから。日向が嬉しそうに笑うから。影山くんが、滅多に笑わない影山くんが、ほんのちょっと笑ってるから。


『谷地さん泣いてるんですけど』、『スガも泣いてる』、『田中と西谷は転げ回ってますよ』、などなど。スマホの通知が止まらない。月島くんは何だか面白そうににやにやしてるし、山口くんは慌てて私にタオルを渡してくれた。私は遠慮なくタオルを使わせてもらいながら、震える手でスマホを握った。


『影山くんも日向も、あんなのずるすぎ』


なんとかそれだけ打って、送信。既読数は相変わらず二つ足りない。私のメッセージは盛り上がりを見せるみんなのメッセージに流される。流れるメッセージはどれもこれも、私のメッセージに同意するものばかりだ。


「はい、と言うことで、本日のゲストはバレー日本代表、影山飛雄選手と日向翔陽選手でしたー!お二方の、そしてバレーボール日本代表の皆さんのこれからの活躍を期待しています!ありがとうございました!」


アナウンサーが締めの言葉を告げて、音楽が流れて、日向と影山くんがどつき合う中、番組は終了。コマーシャルに切り替わる。同時に、録画完了のマークがテレビの左端に映った。


テレビ収録を終えて、日向と影山くんはいつ頃スマホを見るだろうか。通知がえげつない量になってるのを見て驚けばいい。でもきっと、律儀な二人のことだから、楽屋かどこかでひとつひとつ目を通すのだろう。いかに自分たちが恥ずかしいことを言ったか、ちょっとは反省してほしい。
番組終了から数十分。未だにメッセージの通知は止まらない。みんな、そんなにスマホばっかりに集中していて大丈夫だろうか。


「ごめん、山口くん!コンセント貸して!充電しないと!」

「ああ、そこのコンセント使って。ツッキーも使うなら、同じとこ使っていいよ」

「そうする。たかだか三十分程度でだいぶ電池減った」


あらかじめ持参していた充電器をコンセントに挿して、そこにスマホを繋ぐ。充電が開始されたことを確認して、鞄の中からメイク道具が入った小さなポーチを取り出した。


「山口くん、洗面所借りるね!」

「どうぞー」

「泣いたせいでヒドイ顔になってるしね」

「もう!月島くんの意地悪!」


ばたばたと洗面所へ走り、鏡を見て自分の顔の悲惨さに悲鳴を上げる。リビングからけらけらと笑う月島くんと山口くんの声がして、笑わないでよ、と言い返した。
腕に付けた時計を確認する。家を出るまであと三十分とちょっと。これなら何とか間に合いそうだ。崩れたところをさっとメイク落としで落として、アイラインを引き直して。


「あ、日向から返事きた」


月島くんのその声に、ダッシュでリビングに戻ってスマホを確認する。表示される日向翔陽の名前。次に影山飛雄。二つ並んだメッセージには。


『絶対間に合うように行くんで、感想はその時に聞かせてください!』

『会えるの、楽しみにしてます』


はあああ、と大きく息を吐いて、必死に涙腺を締める。せっかくメイクやり直してるのに泣いてたまるか。私はスタンプを一つ送って、また急いで洗面所へ向かった。
早くしないと置いて行くよ、という月島くんの声を背中に、マスカラを塗って、チークも塗って。なんとか元通りになった自分の顔を見て一安心。これから、さっきまでテレビに出ていた二人に会うのだから、中途半端なことはできないのである。


「谷地さーん、準備できたー?」

「そろそろ出ないと間に合わないよ」

「ごめん、今行く!」


リビングに駆け戻り、ポーチを鞄の中に投げ入れる。スマホを充電器から抜いて、充電器もコンセントから抜いて鞄の中に入れて。
先に玄関に行っていた二人を追い掛けて、靴を履く。山口くんが玄関のドアを開ければ、オレンジ色の、まるで日向の髪の色みたいな夕陽が、めいっぱい射し込んできていた。


「澤村さんと菅原さん、会うの久しぶりだなあ!元気かな!」

「確か二人とも東京にいるんだっけ。俺も久しぶりかも」

「みんなだいたい地元にいるしね。バレーしてれば月に一人は誰かと会うし」


山口くんが玄関のドアの鍵を閉めて、私たちは並んで駅の方向へ歩き出す。
今日は日向と影山くんがさっきの番組に出演するために宮城へ戻ってくると聞いて、急遽集まることになったのだ。だいたいの人は宮城に残っているので会うこともあるが、今や日本代表選手の二人は別である。
二人が来るなら、と烏野バレー部の面々は無理矢理予定を空けて、今日の日に備えたというわけだ。


「まあ一番会ってないのは日向と影山くんだけど」

「相変わらずバレーバレーで全然帰ってこないからなー!」

「根っからのバレー馬鹿だから仕方ないデショ」


バレーをすると言って東京の大学に進学した二人は全くと言っていいほど宮城に帰ってこなかった。二人とも元気にしてるのかな、と思っていた矢先に影山くんの全日本入り。それもニュースで知って、あの時もだいぶ取り乱した。慌てておめでとう、とメッセージを送ると、あざっす、とひとこと返ってきた。その時は、それだけ。
それからまたしばらく経って、今度は日向も全日本に選出されたと、何故か影山くんから報告があった。烏野バレー部のグループチャットに。日向本人も寝耳に水だったようで、一番焦っていたのは日向だった。どうやら自分のチームの監督とすれ違い生活をしていたらしく、情報が入ってきていなかったらしい。影山くん曰く、その報告をした一週間ほど前には聞いていたので、何で報告しないんだ、と思ってメッセージを送ったそうだ。
日向と影山くんに会ったのは成人式が最後で、それ以降はメッセージでしかやり取りをしていない。本人たちの姿はテレビで見るのに、変な感じだ。


「ふふ、影山くんに何て言ってやろうかな」

「テレビでこっぱずかしいこと言うなって?」

「生放送でスパイク練始めるな、でもいいんじゃない?」


駅に着いて、目的地へと向かう電車に乗る。電車に乗っている間も話題になるのは日向と影山くんのこと。なんだかんだ言って、月島くんも山口くんも二人に会えるのが楽しみらしい。高校一年の頃。あんなにいがみ合ってたのが嘘みたいだ。
目的地の最寄駅へは電車で二駅。そこから繁華街を歩いて五分と少し。全国チェーンの居酒屋の看板が見えて、その下に見慣れた人たちの姿がある。私は嬉しいやら懐かしいやら、引き締めた涙腺が緩まないように一生懸命目元に力を込めた。それに気付いた月島くんが小馬鹿にするように笑うので、背中を小突いておく。


「おー!月島、山口!谷っちゃんも!久しぶりだなーっ!」

「お前ら元気にしてたかー?」


よく通る声がする。私たちに声をかけたのは田中さんだ。坊主頭は変わらないけれど、最後に会った時よりも雰囲気が大人っぽくなっている。気がする。田中さんの隣には西谷さんもいる。懐かしい。懐かしすぎてやっぱり涙腺が緩む。


「お、お久しぶりですっ!」


私はみんながいるところへ小走りで駆け寄って勢いよく頭を下げた。谷っちゃん泣いてたんだっけか、と田中さんに笑われるものだから、それを言うなら菅原さんだって!と矛先を居酒屋の入り口あたりに立っていた先輩へと向けた。矛先を向けられた先輩、菅原さんは照れ臭そうに笑って、いやあれは泣くだろ、と断言する。縁下さんが、気持ちは分からないでもないですけど、と苦く笑う。
月島くんと山口くんは菅原さんの隣に立つ澤村さんのところへ行って、お久しぶりですキャプテン、と挨拶をする。挨拶をされた澤村さんはというと、キャプテンだったのって何年前だよ、と何とも言えない顔で呟いていた。懐かしいなあとみんなで一頻り笑い合う。
ああ、変わらないな。ここが烏野からは少し離れた繁華街の安っぽい居酒屋の前だろうと。烏野高校の第二体育館にいるような気分になる。春の暖かい日、夏の暑い日、秋の涼しい日、冬の寒い日。いつだって響いていたボールの音とみんなの笑い声が聞こえてくるような気がした。


「それにしてもあいつら遅いな」

「予約の時間って何時だっけか」

「テレビ局から近いからってここにしたのに、あいつらが遅いんじゃなあ」


東峰さんが腕時計をちらりと見る。私もスマホを取り出して時間を確認する。午後七時ちょっと前。七時から予約していたはずだから、時間にはまだ余裕があるとは思うけど。


「高校の部活んときとか、どんなに早く行っても絶対あいつらがいたんだけどな」

「そうそう。お前ら何時から練習してんだって思ってた」


木下さんと成田さんの言葉に、確かにそうかもしれない、と頷いた。基本的にマネージャーは練習が始まるまでに来ていればよかったからそんなに早く行ったことはないけれど。用事があって練習が始まるよりも随分早く行った日でも、あの二人は汗だくになってボールを追いかけていた。
そうだったそうだった、と田中さんが声を上げる。あいつらが入部してすぐ、早朝練に付き合ってやってたなあ。もうあんな時間に起きれねえけど。笑う田中さんの声。そんなこともあったな、と相槌を打つ声。それらに混じって、何だか聞き覚えのある声がしたような。きょろきょろと辺りを見渡す私に気付いたのか、清水先輩が隣までやって来る。


「仁花ちゃん?どうかした?」

「いえ、なんか、日向と影山くんの声がした、ような……」


聞こえたような、そうでもないような。首を捻って、駅の反対側を、振り返る。


「あ」


だだだだ、と。物凄い音を立ててこちらへ走って来る姿が二つ。一つは長身で、もう一つはそれより少し小さめで。張り合うようにお互いを睨み付けながら、ああだこうだと怒鳴りながら。近くを歩く人が驚くくらいの形相で、でもなんだか楽しそうな顔で。走ってくるのは。
足音に気付いたみんなが私と同じ方を向く。おっせーぞお前ら!野次を飛ばしたのは誰だったか。今日はどっちが勝つんだろうね、ツッキー。どっちでもいいけど、あれと知り合いって思われたくないね。月島くんと山口くんが呆れたように溜め息をついて。賑わう繁華街を全速力で走る二人が誰だか気付いた人たちが声を上げて。
飛び込むように、私たちの待つ居酒屋の前までやってきた彼らは。


「お、遅くなりましたっ!」

「すんません…っ!」


テレビ局からそのまま来たのか、日本代表のジャージを着て。髪の毛をぼさぼさにして、息を切らして、膝に手をついて。さすがにあの頃みたいに地面に倒れこんだりはしないけど。さっきまでテレビで見ていた、あの頃から全然変わらない姿の、日向と影山くん。
私たちはそんな彼らの変わらない姿に笑いを堪えられず。お腹を抱えて笑ったのだった。


「おかえり!日向!影山くん!」






きっとそれはあの頃からの夢だった






「さて、二人も来たことだし。今日は飲むぞー!」


菅原さんが居酒屋の暖簾をくぐる。それに続いてぞろぞろと居酒屋の中に入る先輩方。私は未だにやれおれが早かった、だの、やれ俺の方が先に着いた、だの言い争ってる日向と影山くんを振り返って。


「ほらほら変人コンビ!早くしないと月島くんに怒られるよ!」


にっこり笑ってそう言った。途端、二人は黙り込んで、しぶしぶといった様子で私の後に続く。その一部始終を見ていた山口くんはせっかく止まった笑いが再発してしまったようで、ひいひいと笑っていた。山口くんの頭を叩いた月島くんはなんとなく居心地が悪そうにしている。
居酒屋の戸を閉めて、さて席はどこかなと先輩方の姿を探す。そのまま三歩進んで、何故か立ち止まっていた影山くんの背中に鼻をぶつけて。強打した鼻を押さえながら顔を上げて。


「ただいま、谷地さん!」

「ただいまっス」


今やテレビの向こう側の人となってしまった二人の。バレーボール日本代表の日向翔陽選手と影山飛雄選手の。こんな屈託無い、高校の頃から変わらない笑みを見ることができるのは、烏野高校排球部の特権だろうなあと。私はまた泣いてしまうのだった。




20170311


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