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「おまえも、バレーも、だいっきらいだ!」


手に持っていたボールを床に叩きつける。勢いよく弾んだそれは何度か跳ねて、そのうち勢いを失った。てんてんと転がるそのボールを、おれは拾うことはしない。当然だ。だって、たった今、おれはそのボールのことが大嫌いになったのだから。


「おまえなんか、一生バレーだけやってろよ!」


言い捨てて、おれは逃げる。床を転がるボールを悲しげに見ながら、それでもおれを追いかけてはこないあいつを置いて、おれは全速力で逃げ出した。
ひどいことを言ってしまった。そう思う自分と、知ったことかと意地を張る自分。おれの中が真っ二つに裂けてしまったようなばらばらな感情に、知らず涙が浮かぶ。滲む視界はそのまま放って、おれはとにかく遠くへ、遠くへ逃げてしまいたくなった。後ろを振り返ってはいけない。もし、あいつが追いかけてきていたら。もし、あいつが追いかけてきていなかったら。どっちにしても、このずきずきと痛む胸はきっと取り返しがつかないくらいにずたずたになるだろう。


きっかけは些細なことだった。おれの幼馴染のあいつは、最近バレー部に入部して、来る日も来る日もバレーに明け暮れていた。おれとあいつは小さい頃からずっと一緒で、何をするにも一緒で、ゲームだって、鬼ごっこだって、かくれんぼだって、山の中に探検に行くときだって、河原に秘密基地を作ったときだって。いつも一緒で、だから、あいつがバレー部に入るんだって言ったときは、なんだか裏切られたような気持ちになったのだ。
だけどおれだっていつまでも子どもじゃないから、そのときはふうん、と言って、それだけ。部活に入ったからって一緒に遊べなくなるわけじゃないだろうし、あいつだってなんだかんだおれと一緒に遊びたいはずだ。そう思っていたのに。


「ごめん、オレ、今日も部活」


あいつが部活を始めてからというもの、おれが何度遊びに誘っても、返ってくるのはそんな言葉ばかりだった。週に二回ある部活が休みの日には当然あいつはおれの家に来るのだけれど、あいつはバレーの話しかしない。一緒にやろうぜ、と何度誘われたことか。
最初こそ一緒にバレーをやっていた。だけど、ボールは思った方向に飛ばないし、固いボールが腕に当たるのはとても痛いし、あいつみたいにうまくボールを扱えない。サーブを打ってもネットを越えないし、アンダーだとかオーバーだとか、パスの仕方もわからない。そのうち慣れるよ、とあいつは笑っていたけれど、段々と傍目から見てもボールの扱いがうまいあいつに馬鹿にされているような気持ちにもなった。


「おまえ、そんなにバレー好きなの」


すっかりふてくされたおれは、そんな子どもみたいなことを言った。あいつはそりゃあもう嬉しそうな顔をして、めちゃくちゃ好き、と断言した。何がそんなにおもしろいんだよ。次いでおれが言った言葉に、あいつはバレーがいかにおもしろい競技か、どんな選手がいて、どんなプレーに憧れているのか。そんなことをひたすら語っていた。
そのきらきらした目が妙にむかついた。なんだよ、何がそんなに楽しいんだよ。ぜんぜん、わかんねえよ。もやもやした気持ちはあいつの声を聞く度に膨れ上がる。そして、あっという間に爆発。


「……ガキかっての」


もやもやした気持ちの正体はヤキモチだ。ずっと一緒にいた幼馴染をバレーに取られてしまったから。あいつがあんなに夢中になっているもの、それがおれにはわからなかったから。あいつと同じようにできなかったから。あいつとおれの間に溝ができてしまったみたいで悔しかったから。そんな、子どもみたいな気持ち。
公園のベンチに座って、俯いて、浮かんでくる涙をそのまま地面に落としてやった。からからに乾いた地面はおれの涙で少しずつ濡れていく。ざまあみろ。誰に向かってだか、そんな悪態をついた。おれはひどくみじめな気分だった。
顔を上げれば公園ではたくさんの人が笑っていた。家族連れや友達同士、ペットと散歩をしている人、大学生くらいの人たちがバドミントンをしている。そんな中で、おれはひとりだった。ひとりぼっちだった。


「あ、おーい!そこの!ベンチに座ってる君!」


ぐしぐしと浮かんでくる涙を乱暴に拭っていたら、ふいに声が聞こえてきた。少し高めの男性の声。とん、と足に衝撃。見下ろせば、今一番見たくなかった青と黄色と白のボールが、足元に転がっていた。


「悪い、そのボール、こっちに投げてくんねえ?」


正直、このボールに触りたくもなかった。なんだよ、なんでこんなときばっか。声の主には聞こえない声量で文句を言った。大体、大した距離じゃねえだろ、取りに来いよ。そんなことを口の中だけで言いながら、おれはボールに触れる。持ち上げて、声の主に投げ返そうとして。


「ボゲェ!いつまでヘタクソでいる気だ!?」

「はああああっ!?誰がヘタクソだって!?」

「てめえだボゲ!あんなボールも拾えないようでよく日本に戻ってこられたなっ!」

「んだとぉ!?もっかい打ってみろよ!次はぜってえ拾ってやる!」


大声で怒鳴り合い始めた声の主にボールを取り落とした。周りの人たちも何事かと彼らを見ている。帽子を目深に被っていて目元は見えない。背の高い男と、その男よりも背が低いもうひとりの男。声の様子から、おれに声をかけてきたのは背が低い方の男だろう。がっしりとした体形に一目でスポーツマンだとわかる。背の低い男は真っ黒に日焼けしていて、対照的に背の高い男は室内のスポーツ選手なのだろう、大して日に焼けている様子はなかった。
やいやいと怒鳴り合いを続ける男たち。一度は取り落としてしまったボールを拾い上げて、おれはそっと彼らの足元にボールを転がした。男たちの怒鳴り声を聞いていたら涙もどこかに吹っ飛んで行ってしまった。ここではもやもやした気持ちを涙に変えて落とすこともできない。溜め息をつきながらおれはベンチから腰を上げた。


「おっ!ボール、サンキュー!」


足元に転がりついたボールを拾って、背の低い方の男がぐるりとこちらを向いた。できれば気づかれる前に立ち去ってしまいたかったのだけれど、タイミングが悪かったらしい。男は先程までの剣幕はどこへやら、にこにこと人のいい笑顔でおれを見ていた。


「おい、影山!お前も礼くらい言えよ!お前が吹っ飛ばしたボール拾ってくれたんだぞ!」

「元はと言えばてめえがちゃんと拾わねえからだろうが」


そうは言いつつも、影山と呼ばれた背の高い方の男は律儀におれに向かって頭を下げた。帽子を被っていてもわかる真ん丸の頭のてっぺんが見えた。背の低い方の男は満足そうにそれを眺めて、改めておれに向き直る。


「なあ、君もバレーすんの?」


ぎくりと肩を跳ねさせた。背の低い方の男はおれの鞄からはみ出しているサポーターに目敏く気づいたようだった。あいつみたいに目を爛々と輝かせて、男がおれを見ている。居心地が悪い。


「……やらないよ」

「それ、サポーターだろ。バレーの」


背の高い男も背の低い男の視線を追っておれのサポーターを見た。真新しい、真っ黒なサポーター。バレーをやるなら、とつい何日か前に親が買ってくれたものだった。おれはやるなんて一言も言っていないのに。両親はおれがバレー部に誘われていると知るや否や嬉々として押し付けてきたのだ。もう二度と日の目を見ることはないだろうサポーター。かわいそうなサポーター。


「やらないってば」


二人組は顔を見合わせて、それからほとんど同時に背の低い男の手の中にあるボールに視線を落とした。何かを考えるようなその素振りに、話が終わったなら帰らせてくれと思いながら、おれはいつ切り出そうかとタイミングを見計らう。おれが口を開いたのと、二人組が顔を上げたの、それはやっぱりほとんど同時だった。
背の低い男がにっかりと笑った。夏の太陽みたいな笑顔。背の高い男も笑った。こちらは対照的に、冬の日差しのような涼やかな笑顔だった。なんだこの二人、何もかも対照的じゃん。そんな感想を抱いてしまうのも無理はないだろう。


「「一緒にバレーやろうぜ」」


それなのに、その口から発せられた言葉は一言一句同じで。二人組はそれが当然だと言わんばかりにボールを持ったままおれを見ている。声が重なったことは珍しくもなんともない。そんな空気。なんだこの人たち。おれがどうやって逃げようか考えている間に、背の低い男がおれの正面に立って、おれを見下ろした。
帽子の隙間から見えたのは、特徴的な明るいオレンジ色の髪。あ、と思わず声が漏れた。おれはその髪の色を知っていた。


「……日向、翔陽?バレー選手の……」

「え、なに!?俺のこと知ってんの!?」

「動画で、ちょっと……」


そうだ、あいつが見ていたバレーボールの動画。それは高校バレーのものだったり、国際試合だったり、はたまたビーチバレーだったり、多岐に渡っていたけれど。オレが一番好きな選手。オレ、この人みたいになりたいんだ。そう言って興奮した様子で見ていたひとつの動画のその中央で、高く高く跳んでいたのは、日向翔陽。目の前に立つこの人だった。


「聞いたかよ影山!?俺、有名人じゃん!」

「うるせえ。調子に乗んな」

「影山クン、もしかして嫉妬ですか?俺がお前より有名だったから?」

「サーブもろくに拾えねえヘタクソが何言ってやがる」

「はあああ!?拾えますけど!?」


再び言い合いを始めてしまった日向翔陽と背の高い男。影山、という名前にも聞き覚えがある気がして、おれは二人組の言い合いを聞き流しながら小さな頭の中を探ってみる。日向と影山。どこかで聞いたことがあるその名前。どこだったか、思い出せ、思い出せ。


「……あーーーーーっ!?」


見上げた先、帽子の中。さらさらの黒髪と切れ長な目。見たことがあるなんてもんじゃない。毎日のように見ている。だって、それは、うちのリビングに飾ってあるポスターの中にいる人と同一人物だったのだから。


「か、影山飛雄っ!?」

「おう」

「ほんもの!?……ですかっ!?」

「本物だけど」


素直に頷いてくれた背の高い男、影山飛雄。バレーボール界のスーパースター。高校を卒業してすぐに実業団入りを果たして、前回のオリンピックでも大活躍した選手。スパイクを打つ人じゃないけれど、サーブが強力でブロックもレシーブもうまくて、チームの司令塔で、それから、それから。捲し立てるようにおれは話す。影山選手は難しい顔をしながら、俺はセッターだ、と言った。日向選手はその隣でおもしろくなさそうに頬を膨らませている。


「あ、あの!おれ、……の、父さんと母さんが、大ファンで!あの!サインください!」


影山選手は無表情で頷いて、おれは鞄の中から筆記用具とノートを取り出した。学校帰りでよかった、と思いつつ震える手でノートとペンを影山選手に差し出して、影山選手はそのおれよりも一回りも二回りも大きな手でそれらを受け取ってくれた。さらさらとノートの半分を埋めるようにサインが書かれていく。こんなところで有名人に会えるなんて思ってもみなかった。父さんと母さん、サイン見たら喜ぶかな、なんて考えていると、とんとんと肩を叩かれた。


「俺のサインは?」

「へ?」

「いらないんですかね?」


おれは言葉に詰まってしまった。あいつの顔が頭をよぎる。オレ、この人みたいになりたいんだ。そう言ったあいつの顔は、本当にきらきらしていた。楽しそうだったし、心底憧れているんだなというのが伝わってくる顔をしていた。その顔と、おれが大嫌いだと言ったときの表情が重なって、ぐしゃぐしゃになる。そうして消える。
おれは目の前に立つ日向選手の顔を見ることができなかった。サインをもらってあいつに渡せばきっと、あいつは大喜びするだろう。おれが投げつけたひどい言葉も許してくれるかもしれない。だけど、だけど。


「なあ、やっぱり俺たちとバレーやろうぜ」


じゃり、という音にいつの間にか俯いてしまっていた顔を上げれば、しゃがみこんでおれの顔を見ている日向選手と目が合った。日向選手はやっぱり夏の太陽みたいに笑って、おれの頭をがしがしと乱暴に撫でた。


「……やらない」

「なんでだよ」

「なんででも。絶対にやらない」


日向選手の隣に影山選手がしゃがみこむ。二人揃っておれの目を見ている。いろんなものを見透かされるような二人のその目から逃げたくなった。目を逸らしても二人分の視線はおれから外れない。せっかく明るくなった気持ちがどんどんどす黒くなっていくのがわかる。なんだよ、なんなんだよ。湧き上がってくる感情のままに、おれは、二人の目を睨み付けた。


「どいつもこいつもバレー、バレーって!なんなんだよ!バレーがそんなに楽しいのかよっ!」


あいつも、父さんと母さんも、テレビでも、ネットでも、毎日毎日バレー、バレー。体育館はバレーを習いに来ている子どもたちでいっぱいで、体育の授業でもバレーをやって、家には選手のポスターが貼られていて、父さんも母さんも自分ではやらないくせにボールを部屋に飾っている。おれがバレーと単語を出しただけで喜び勇んでサポーターを買いに行って、おれが一緒に体育館に行くと言っただけで、あいつは顔を真っ赤にしながら喜んで。


「おれは全然楽しくねえよ!」


叫んで、はっとする。現役のバレーボール選手に向かっておれは何てことを言ってしまったんだ。血の気が引いていくのがわかる。日向選手はおれから目を逸らさない。影山選手は立ち上がって、おれが座っていたベンチへと向かう。どうしよう、と考えている間に、影山選手がおれの鞄を手に持って戻ってくる。そうして、鞄を開けて、なんでもないように、こう言った。


「お前、本当はバレーやりたいんじゃねえの?」


中から、ぼろぼろになったボールを取り出して。そのボールを簡単に片手で掴んで。影山選手が、うっすらと笑っている。


「うわ、お前、結構練習してんじゃん!すげえな!」


日向選手がひょいと影山選手の手からボールを奪う。まじまじとそのボールを見て、おれを見る。顔から火が出そうだった。知られたくなかった。恥ずかしくて、消えてしまいたかった。


ぼろぼろのボールは元は新品だったものだ。家の中に飾ってあったそのボールを持ち出して、おれは毎日毎日ボールと遊んでいた。父さんと母さんがテレビで見ているようなバレーボール選手に憧れた。本当は、影山選手の大ファンなのはおれも同じだった。何年か前のオリンピックをテレビで見ていた。ルールもポジションもわからないまま、おれは、あんな風になりたいと、そう思った。思ってしまった。
だから練習した。毎日毎日練習した。でもひとりじゃできなかった。うまくなれなかった。父さんや母さんはバレーができなかった。あいつには言いたくなかった。そうこうしているうちにあいつも同じようにバレーにのめり込んだ。あいつは部活に入って、チームメイトと一緒に練習をして、めきめき上達していった。おれはひとりで練習していた。全然うまくならなかった。
それが悔しくて、悲しくて、だけど今更、一緒にバレーがやりたいだなんて言えなくて。


「なあ、お前、バレー好き?」


ぼろぼろのボールを持った日向選手がおれに問い掛けた。日向選手の隣で影山選手が使い込まれたボールを手の中で遊ばせていた。


「嫌い」

「なんで?」

「だってひとりじゃできないじゃん」


バレーボールはチームスポーツだ。コートの中に六人必要で。同じ人が続けてボールを触ってはいけない。だから、絶対にひとりじゃできない。おれにはできない。だから、嫌い。地面にぼたぼたと涙が落ちた。ひどく悲しくて、ひどく惨めで、ひどく悔しかった。


「俺だって最初はひとりだったよ」


日向選手の静かな声に、頭の芯がかっと熱くなった。


「嘘つくなよ!」


そうやって慰めるつもりならいらない。画面の向こうで活躍している選手がひとりだったわけあるもんか。どうせ、ずっと仲間に囲まれて、チームメイトと一緒に切磋琢磨して、指導してくれる人がいて、どうせ、どうせ。おれの言葉を懐かしそうに目を細めながら受け止めた日向選手が、遠く、遠くを見た。


「俺、小学生の頃テレビで見た『小さな巨人』に憧れてさ。中学生になったら絶対バレー部に入るんだって決めてたのに、バレー部がなくて。ずっとひとりで練習してた」


体育館の隅、廊下、グラウンド。練習する場所もなかったからいつもいろんな場所を転々としてた。部活がないんだから当然チームメイトもいない。指導者もいない。別の部活に入ってる友達にお願いしてパス練の相手してもらったり、女子バレー部がロードに出ている間にこっそりネットを使ったり。そう言いながら、日向選手が笑う。


「今思えば『ひとり』では無かったんだけど、『仲間』はいなかったなあ」


そんなはずない。反論しようとした言葉は、日向選手の顔を見たら喉の奥に引っ込んでいった。嘘を言っている人の顔じゃなかった。遠い過去を懐かしむ、そんな穏やかな顔をしていた。


「俺も、」

「……え?」

「俺も、『ひとり』でバレーしてたことがある」


日向選手の話をじっと聞いていた影山選手がぽつりとそう言った。日向選手は影山選手の顔をちらりと見て、ボールを投げた。当然のようにそのボールを影山選手がアンダーで返す。高く上がったボールをオーバーで日向選手が返す。二人の手に吸い込まれていくように宙を舞うぼろぼろのおれのボール。おれはそれを見ていることしかできなかった。


「勝ちたくて必死だった。強くなりたかった。誰よりも長くコートに立っていたかった。誰も同じスピードで走っていないことに気づいてなかった。だからひとりになった」


テンポよく弾むボールは、おれが扱っているものと同じとは到底思えなかった。ぼろぼろのボールは、おれがヘタクソな証拠だ。あちこちに飛ばして、壁を相手に練習をして、打ったボールを誰も返してくれなかった、おれがひとりである証拠。そう思っていたのに、日向選手と影山選手の手の中で遊ぶそのボールは、とても誇らしそうに見えた。


「ひとりじゃバレーはできねえって知ってたけど。ひとりでできるって、あの頃はそう思ってたんだ」


にやりと笑った日向選手が高くパスされたボールを強打で影山選手に返す。影山選手は危なげなくそのボールをレシーブして、日向選手の手の中に帰ってきたそれを、彼はそのまま両手で受け止めた。


「「でも、こいつと出会った」」


互いを見て、その目でおれを見る。ぎらぎらと光る二人のその目には、バレーボールが映り込んでいる。


「俺は、バレーが好きだ」


どれだけ練習しても足りない。強くなればなるほどもっと強い人と戦えて、もっと面白いやつと出会えて、その度に、バレーボールは楽しいと思い知る。どれだけ技術を磨いたってまだ足りない。どれだけの人と出会ったってまだ足りない。ずっと、ずっと、バレーをしていたい。もっとたくさんの人とバレーボールをやっていたい。だから、バレーボールは面白いのだと、俺自身が証明し続けていたい。
日向選手がそう言って、獣のように笑って。その隣で影山選手が、そっくりな顔で、やっぱり笑っている。背中をぞわぞわと這っていくのは、間違いなく興奮だった。


ひとりだったふたりが出会って、チームメイトになって、ライバルになって、互いに競い合って、てっぺんを目指す。そのてっぺんはてっぺんなんかじゃなくて、どれだけ上を目指しても飽き足らず、仲間やライバルと、世界中をも巻き込んで、新しいてっぺんを築き上げていく。ああ、きっと。このふたりは、いつまでもこうなのだろうなと、直感的に思った。
そうしておれは夢を見る。おれも、ひとりではないのなら。彼らが見ているような景色を、見ることができるのだろうか、と。


「……おれにも、できるかな」

「ん?」

「あなたたちみたいに、バレー、できるかな」


おれの問い掛けに答えるように、ぼろぼろのボールがおれの手の中に戻ってくる。大きな手がふたつ、おれの背中を叩いて、そのまま強く押した。


「「当然!」」


声を重ねた日向選手と影山選手が、競うように睨み合って、すぐにからからと笑い出す。おれは釣られるように笑って、ぼろぼろのボールを抱き締めた。おれにもできると、このふたりが、間違いなく日本のトップを、もしかしたら世界のトップを走っているふたりがそう言ってくれたから。だから、おれもやってみたい。このふたりのように、バレーボールは面白いと、言ってみたい。


「あ、そうだ」


日向選手がポケットから財布を取り出して、その中から一枚の紙を抜き取った。その紙を覗き込んだ影山選手も同じように財布から同じくらいの大きさの紙を抜き出す。二枚重ねたその紙を、日向選手がおれの手に握らせた。シュヴァイデンアドラーズとブラックジャッカル。書かれているのはバレーボールのチーム名。そして紙の真ん中に書かれた日時は明日のものだ。


「これ、」

「特等席。すっげーモン見せてやるから絶対来いよ!」

「一緒にバレーやりたいやつ誘って来いよ」


勝気に笑う日向選手と影山選手。次こそ勝ってやる、次も負けねえ。そう言い合いながらおれに背を向けて、二人は歩き出す。その背中が大きくて最高にかっこよくて。おれはその背中に向かって頭を下げて、ぼろぼろのボールを鞄に詰め込んで、それから大きく一歩を踏み出した。全速力で走り出す。
走って、走って、走りながらなんだか笑えてきて。大きな声で叫びながら、体中で渦巻くこの熱を発散していく。今すぐバレーがやりたい。誰かと一緒に、できることならあいつと一緒に!


「なあ!」


学校から家までの帰り道。駆け抜けたそこで見かけた見慣れた後姿。その後姿に躊躇いなく声を掛けて、あいつが振り返る前に目の前に躍り出て。握り締めて少し皺が寄ってしまったその紙を突き出して、おれは言う。


「おれも、お前と一緒にバレーがやりたい!」


ぱちぱちと二度瞬きをして、おれが突き出した紙を受け取って、その紙に書かれた文字を読んだあいつは目を真ん丸にして。くしゃりと泣く寸前みたいに顔を歪めて、そして、夏の太陽みたいに、冬の日差しみたいに、笑って、頷いた。


「おう!一緒にやろうぜ!」


ぼろぼろのボールと真新しいサポーター。それを持って明日、彼らの戦う舞台へ足を踏み入れよう。眩しいくらいに輝く体育館の中心で、まるでボールと繋がっているみたいに操る影山選手と、縦横無尽にコートの中を駆け回る日向選手を。彼らが本気でぶつかるその姿を。この目で直接見てやるのだ。


いつか、おれも。バレーボールは面白いのだと証明できるような選手になって、こいつと一緒に、ネットの向こう側か、こっち側か。彼らと同じ舞台に立って、それから、それから。あなたたちの背中に憧れて、ここまで来ました。そう、伝えたい。
バレーボールは面白いのだと。ひとりではないのなら、どんな景色だって見えるのだと。どこまでだって行けるのだと。何にだってなれるのだと。どんな未来も選べるのだと。あの日、あの時、教えてくれて、ありがとう。そう伝えたら。日向選手と影山選手は一体どんな顔をしてくれるだろうか。
だから、待っていて。いつまでも、きらきら光るそのコートの中心で。おれたちが、たくさんのバレーボーラーが、あなたたちと同じコートの上に立つその日まで。ずっと、そこで。どうだ、バレーボールは面白いだろう。そう、笑い続けていてください。




Thank you for the bright future




20200819


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