haikyu!! | ナノ







あの一年のことを、繰り返し繰り返し思い出す。
はじまりの一年。何もかもが眩しくて、新しくて、楽しくて、わくわくして、怖いものなんて何も知らなかった、あの、一年。
繰り返し、繰り返し、思い出す。黒のユニフォーム。靡く横断幕。羽のように広がる真っ黒なジャージ。一際輝く白の文字。烏野高校排球部。あの一年のことを、俺は繰り返し、思い出す。
入部早々、影山と喧嘩して部活に出禁になったこと。俺のためのトスが上がったこと。打ち抜いたときの感動。青城との練習試合。ゴールデンウィーク合宿。音駒との初試合。烏野商店街の人たちとの試合で、ようやく全員揃った排球部。
インターハイ予選。青城に完敗。夏合宿で死ぬほど練習した。走って、跳んで、ボールを打って、フライング一周、というキャプテンの声が未だに脳内に響くことがある。坂ダッシュして、水浴びして、差し入れのスイカが最高に美味かった。目を瞑るの止める。そう言って影山と大喧嘩。俺のその希望は勝つために必要ないと一蹴したくせに、影山は勝つための武器を揃えてきた。脅迫的な信頼を、初めて感じたのはその時だ。
春高予選。それから代表決定戦。青城に勝って、白鳥沢にも勝った。先に進んだつもりだった。だけど影山はもっと先を行っていた。先に行くぜ、と挑発され、返す言葉を持たなかった。俺はまだまだ下手くそで、学ぶべきことがありすぎた。だから県の選抜合宿に乗り込んだ。足りないものを知りたかった。強い奴が強い理由を知りたかった。そこでは俺はただのボール拾いで、だけど傍観者ではいられなかった。
そうして雪がちらつく一月の初め。春高。全国の舞台。東京体育館は今までプレーしてきたどの場所よりも大きくて、照明が眩しかった。一回戦、椿原。二回戦、稲荷崎。そして三回戦、音駒。研磨と約束した。もう一回がない試合。楽しくて、楽しくて、楽しくて、時間を忘れた。体力を忘れた。体の声に耳を傾けなかった。傾けたくなかった。今になって思えば、いつもと違うとなんとなくわかっていた。だから蓋をした。体調管理が甘い、何度か影山に指摘されていたけれど、体力だけには自信があった。過信だった。
準々決勝、鴎台。楽しかった。今までで一番。身体が思うように動いた。全員が最高のプレーをしていた。あんなに激しかった音駒戦の後だっていうのに。全員の集中力が研ぎ澄まされていた。強い奴と戦うことで、自分も強くなっていく感覚。たぶん、コートに立つ全員が思っていた。コートの外に立つ全員も思っていた。楽しいと。まだやりたいと。負けたくないと。必ず勝つと。勝って次に進むのだと。センターコートに立つと。思っていた。悲鳴を上げる身体を無視して。俺は、一心に。ただ、上を目指して跳んでいた。そして、飛べなくなった。
あのとき。みんなが何を言っていたか鮮明に覚えている。熱で朦朧としていたはずなのに。そこだけがクリアに。ひとりひとりの表情まで思い出せる。君こそは、いつも万全で。チャンスの最前列に居なさい。あのとき掛けてもらった武田先生の言葉は、今でも胸の中の一番深いところにしまってある。俺を支える山口の手が俺より熱くて。田中さんが笑って。月島が呆れたように。ノヤさんが心配すんなと言って、成田さんが県予選決勝より全然緊張してないと言った。木下さんと縁下さんが困ったような顔をして、キャプテンが。お前が必要だと。俺の目を見てまっすぐに言った。スガさんと旭さんがいつも通りに笑っていた。
そして、影山は。今回も、俺の勝ちだ、と。笑いもせず、怒りもせず、ただ淡々と、事実を突き付けて、俺を完膚無きまでに叩き潰した。
星海さんが、コートの向こうから。俺の名前を呼んで。お前を待っている、と言った。影山と同じ目で、俺を睨み付けて。だから早く来いと、強く強く告げていた。俺はそれに頭を下げた。必ず、必ず辿り着く。必ず追い付く。何をやっても、どんな手段を選んででも。彼らと同じステージへ。
コートを出て、アリーナを出て。冷たく分厚い扉が閉まる。ここで、俺の一年が終わる。
あっという間で、ここから先の人生で、何度も何度も、繰り返し思い出す一年間。すべてのはじまりで、一度終わって、またはじまった。二度目の終わりと始まりだった。


あの一年のことを、繰り返し繰り返し思い出す。


出会った人。戦った人。交わした言葉。表情。終わりと始まり。約束。誓い。ボールの音。歓声。雄叫び。それから、涙。
どの瞬間も"バレーボール"だった。今の自分を形作るために必要な事だった。あの一年は。俺の、日向翔陽のバレーボールの、はじまりの一年だった。




バスの中、目を閉じる。習慣となった瞑想の代わりのようなものだ。本当は朝日を浴びながらの方がいいのだけれど、朝一で調整があったから仕方がない。向き合うのは、決まってあの一年のこと。擦り切れるほどに繰り返し。焼き付けるように繰り返し。思い出して、向き合った。自分自身の原点。日向翔陽のはじまり。
ゆっくりと呼吸をする。頭をすっきりさせる。過剰な興奮はパフォーマンスを低下させる可能性がある。自分の不調に蓋をしてしまう。あの一年で学んだことを、ひとつひとつ。丁寧になぞって。出来ることをすべてやって。出来ないことをすべて出来るようになって。最高の自分で戦うために、過去の自分と向き合うことが必要だ。
逸る気持ちを鎮めて、目を開ける。バスの中。隣で眠っているのは木兎さんだ。後ろに座る侑さんとなんでもない話をしながら、意識を、気持ちを、コンディションを整えていく。バスを降りて、会場に入って。また思い出す。あの一年。だから懐かしくも何ともない。色鮮やかに、記憶のままに。仙台市体育館が俺を出迎えてくれた。
ユニフォームに袖を通す。まだ着慣れない、真新しいユニフォーム。黒がベースなところが烏野のユニフォームに似ている。背番号は二十一。上から黒のジャージを羽織って、すっかり試合前のルーティーンと化している便所へと向かって。今日は腹は大丈夫だろうな。挑発的で、懐かしくて、どこか笑いを含んだその声に。振り返るまでもなく。俺にとっての"ラスボス"の存在を感じ取る。
数年ぶり。変わらない。ラスボスとの邂逅に、ひとりふたりと加わってくる。あの一年で出会った人たちと、今度は違うチームでバレーボールをしている。あのとき戦った人。戦わなかった人。バレーボールで繋がっていた人たちと。まだ、バレーボールで繋がっている。


あの一年のことを、繰り返し繰り返し思い出す。


コートに立つ。必ず隣には影山がいた。その影山と、ネットを挟んで対峙した。同じコートに立っているときは絶対にしなかった握手を交わして。はじまりを、思い出す。
コートに立つ。ネットの向こうに影山がいた。サーブに下がる。俺たちのはじまりは、いつだってお前のサーブだな。さあ来い。受けて立つ。俺も、まえとは違うぞ。そうやって不敵に笑って。狙いを俺に定めて。影山の思考が手に取るようにわかる。だから低く腰を落として。しっかりとレシーブの体勢を取って。俺だって、まえとは違う。そう、ニンマリと笑ってやった。
影山のジャンプサーブ。取れなくて、教頭のヅラ吹っ飛ばして、影山と喧嘩して、体育館を出禁になった。思い出す。思い出す。くるくると手の中でボールを回す、影山のサーブ前のルーティーン。高くボールを放って、一、二、──跳ぶ。ボールが真っ直ぐに、俺の前へ。その喧嘩、買った。
ボールは綺麗に侑さんのところへ。レシーブした瞬間、影山がめちゃくちゃ楽しそうに笑ったのが見えた。たぶん、俺もおんなじ顔をしていた。すぐ立て、すぐ立て。体勢を立て直して、立ち上がる。助走。侑さんが両手を掲げて、俺の欲しいトスを、俺の欲しい位置に、高く、高く、上げる。オープントス。だから俺は、高く、高く、誰よりも高く、コートの中で一番高く。目の前に、真っ黒な横断幕が翻る。飛べ、と書かれた横断幕を目指して。高く、飛べ。
ボールを打ち抜くのはいつだって最高に気持ちいい。それがブロックに当たらず真っ直ぐにコートに突き刺さればもっと気持ちいい。最高の気分だ。この瞬間が一生続けばいい。精一杯目を開く。誰よりも高い場所で見る頂の景色。世界で一番綺麗な景色。教えてくれた影山に、烏野に、俺は。


「来たぞ!!!!」


あの一年のことを、繰り返し繰り返し思い出す。


おかえり、と迎えてくれる人たちを。おっせえ、と迎えてくれた影山を。その出会いを。はじまりを。繰り返し、繰り返し、思い出す。きっとこれから先の長い人生の中で、一番思い出すだろうあの一年のすべてを糧にして。俺は今、コートに立っている。


さあ、最高のバレーボールをしよう。




380




20200122


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -