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ぶくぶく、ぶくぶく。沈む。沈む。沈んでいく。水の底。空から一番遠いところへ。沈む。沈む。
ぶくぶくと口から漏れる泡が、焦がれるように空へ向かって浮かんでいく。ぼんやりとそれを眺めて、揺蕩う。ぶくぶく、ぶくぶく。沈んでいく。

なんで沈んでるんだっけ。わからない。もう忘れた。目を閉じてしまえば楽なのに、それもできない。なんでだっけ。何を見ているんだっけ。忘れた。

光を待っていたような気がする。差し伸べられる手を待っていたような気もする。待っていたのはボールだったような気がする。トスを打ってくれる人だったような気もする。声を掛けてくれるのを待っていたような気がする。名前を呼ばれるのを待っていたような気がする。何を待っているんだったか。忘れた。忘れてしまった。
手を伸ばしてみた。いつもこうやって、ボールに触れていた。頭上にはいつもボールがあって、それは誰かが俺に託してくれているからであって、だから俺もそのボールを繋がなければならなかったのであって。わかっていたようでわかっていなかったあのとき。だから、誰も繋いではくれなかった。誰もいなかった。ボールが落ちる音は、まだ怖い。


ぶくぶく、ぶくぶく。沈む。沈んでいく。水面が揺れる。ゆらゆら、きらきら。ぶくぶく。揺れる光が綺麗だと思う。思うけれど、俺にはうまく伝えられない。この気持ちを、想いを、感情を、どうやって言葉にしたらいいのだろう。そんなこと教わらなかった。誰も教えてくれなかった。いや、教えてくれた人はいたのかもしれない。俺の頭は今も昔もバレーばかりだから、教えられても覚えていられなかったかもしれない。バレーが好きだから。いつも、いつだって、バレーばかりだ。ぶくぶく。沈む。


ああ、バレーしてえなあ。


言葉にする。口から泡が溢れた。バレーしてえなあ。一人じゃなく、みんなで。サーブ、ブロック、レシーブして、トスを上げる。そんで、スパイク。バシーンって相手コートに決まって、その瞬間が最高に気持ちいい。バレーが好きだ。バレーが好きだ。だからバレーがしたい。簡単なことで、難しいこと。
一人じゃバレーはできない。俺一人で全部やれればよかったけど、そんなのはバレーじゃないってわかってる。だから俺は、バレーがしたい。みんなでバレーがしたい。したかった。ぶくぶく、ぶくぶく。沈む。沈む。沈んでいく。暗い暗い、水の底へ。沈む。
目を閉じて、眠ってしまおうか。泡を眺めるのももう飽きた。バレーができないなら起きている意味がない。目を閉じて、眠って、起きたら、バレーができるだろうか。なんて。バレーのことしか考えてない。ああ、でも。腹減ったなあ。カレー食いてえ。本能のままかよ、とどこか遠くで笑い声が聞こえた。気がした。ぶくぶく、ぶくぶく。


お前さあ、いつまでそこでそうやって沈んでんの?


一度は閉じてしまった目を開ける。声が聞こえたような気がしたからだ。気がするばかり。なぜならここは水の底だから。誰かがいるはずもない水の底。暗い場所。空から一番遠い場所。
ざばん、と聞こえた。落ちてくるのはバレーボールだ。ぶくぶく、ぶくぶく。沈んでくる。ゆっくり沈む俺の元へ、猛スピードで落ちてくる。いつもの癖で両手を掲げる。指先にボールが触れる。ざらりとした感触。指に馴染む。
ああ、この感触が好きだ。バレーが好きだ。棄てたくない。諦めたくない。バレーがしたい。俺は、やっぱり、バレーがしたい。それだけは、譲れない。
だから、水底に沈むのは、もうやめだ。


目を開ける。手を伸ばす。水面へ向かって、水を蹴る。足掻け、伸ばせ、高く、高く、もっと高く。足掻いて藻掻いて、走って苦しんで、そうして、頂まで。飛べ。
ぶくぶく、ぶくぶく、ぶくぶく、ぶくぶく。泡よりも速く、水面へ。手を、伸ばして、空へ。ざばん。



「あ、やっと上がってきた!」

「何してんだよー!なかなか上がってこないからびびっただろ!」

「ほらスガさん!こいつやっぱボールに釣られて上がってきたじゃないッスか!」

「お前どんだけバレー好きなんだよ!!」


水面から顔を出して、大きく息を吸った。眩しい太陽の光が目を焼いて、思わず目を閉じる。ぎゃはは、と響く笑い声。水の弾く音。見慣れたプール。塩素のにおい。蝉の声が、耳に痛い。
見渡すと、みんながいた。主将がいて、菅原さんがいて、東峰さんがいて、清水さんがいる。田中さんと西谷さんがいて、縁下さんが、成田さんが、木下さんがいる。烏養コーチがいて、武田先生がいて。


「か、影山くん!大丈夫!?どうしたの!?潜ったっきり上がってこないからてっきり溺れたのかと…!」


谷地さんが死にそうな声を上げている。


「王様、もしかして泳げないのー?」

「意外だなあ。影山、運動ならなんでもできそうなのに」


月島がにやにやと笑っていて、山口がこちらに向かって泳いでくる。


「影山ー!」


日向が俺の名前を呼ぶ。その手には見慣れたバレーボールがある。


「バレーしようぜ!」


じりじりと照りつける太陽のような。満面の笑みを浮かべて。日向が、手を伸ばす。その手から放たれたボールを、しっかりと繋いで。


もう、水の底へ沈む必要はないらしい。ぶくぶく、ぶくぶく。ぶくぶく。




の底で踊りましょう




20170812


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