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アルバは強くなった。それは彼の自惚れではなく事実だった。
旅を始めた当初は雑魚モンスターであるスライム一匹に苦戦していた彼も、今では屈強な戦士が数人がかりで挑むような魔物にも一人で立ち向かうことができる。アルバの強さは彼の努力の結果であるし、彼が置かれた状況のせいで強くならざるを得なかったということでもある。


アルバは強さに貪欲だった。我武者羅だった。もっと、もっと、と強さを求めた。彼の目的のためには強さが必要だったからだ。
一年。たった一年だ。一年で彼は強さを手に入れた。無謀とも言える旅だった。ひたすらに人助けを続け、魔物を魔界へと送還し、誰からも教わることなく戦闘技術を身に着けた。
自分の特性を生かすことを考えた。自分に合った戦闘方法はどのようなものかも考えた。剣技とは何か、戦うということはどういうことなのか、魔物を、或いは人を斬るということはどれほど困難なことなのか。彼は実戦で学び続けてきた。


一年だ。一年前、手も足も出なかった”魔力の高い十二人の魔族”の数人を、ほんの数分で伸してしまった。人を――厳密に言えば人型の魔族であるが――を斬ることにも最早抵抗はない。必要だから斬る、アルバという少年は強さに貪欲で、自分の目的の前に立ちはだかる者に対して恐ろしいほど冷酷であった。
自分にとってのたった数時間で、あんなに弱かった少年が強さを手に入れていた。あの衝撃はしばらく忘れられそうにない、とロス――シオンは思う。


「なあ、シオン!手合せしないか?」


だから、アルバが自信に満ちた笑みでそう言ってきた時、シオンはチャンスだと思った。アルバに圧勝し、彼が自惚れ、力に溺れぬよう、戒めるつもりでいた。強すぎる力は誰かを傷付ける、シオンは今まで生きてきた二十数年でそう理解していた。


「いいですよ。まあどうせオレが勝ちますけどね」


そんな大義名分を掲げてはいるが、シオンがアルバのその申し出を受けた理由の半分以上、いやほとんどは単に興味があったからだ。
自分とアルバ、どちらが強いのか。アルバが一年でどれほど強くなったのか。自分はどれほどの強さを持っているのか。


「ボクが勝つかもしれないだろ?」

「寝言は寝てから言ってください」

「ひどい!」


いつものようなやり取りを交わし、だが二人の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。負けない、負けるはずがない。お互いに牽制しあうような、ただただ楽しむような、そんな表情。


「魔法は無し、最初に持つ獲物は一つだけ。相手が致命傷を負う位置に武器を触れさせた方の勝ち。その他に条件は必要ですか?」

「いいや。それだけで充分だ」


相手に大きな怪我を負わせない限り、何をしてもいい。実戦形式の手合せ、ということで合意した。二人は変わらず獰猛な笑みを浮かべながら各々の獲物を手に取った。
シオンは一年前の旅で背負っていた大剣ではなく、アルバが使っていたような長剣。対してアルバは、シオンに贈られた短剣を武器として選んだ。へえ、とシオンが目を細め、アルバはすらりと短剣を鞘から抜く。


アルバとシオンは数歩距離を取る。近くもなく、遠くもない。対人戦闘において最適とされる間合い。これ以上遠ければ攻撃に時間が掛かるし、逆に近ければ簡単に攻撃の隙が生まれる。二人は積み上げてきた実戦で間合いを熟知していた。
シオンはアルバが間合いを学んでいたことに驚いたが、それは口には出さなかった。アルバはそんなシオンの様子に気付き、挑発的に笑った。ボクだって強くなったんだ、言外に込められたメッセージを、シオンは正確に理解する。


「男の子ってこういうこと好きだよねえ」

「うーん。仕方ないんだよ!男ってのはいつだってかっこつけたい生き物だし!」


二人からそう距離のない岩陰でお菓子を広げ、すっかり観戦モードになっているルキとクレアの声も、集中しているアルバとシオンには届かない。クレアはわくわくと瞳を輝かせながら二人を見ていて、男の子ってよく分からないなあ、とキャンディを頬張りながらルキは内心思うのだった。


どちらが先に動くか。戦闘開始に合図はない。風が吹き抜けて、砂埃が舞い上がっても二人は動かない。呼吸音が聞こえてきそうな静寂の中、先に動いたのはシオンであった。


「っ!」


数歩で間合いを詰め、片手に持った長剣を横に薙ぐ。アルバはそれを危なげなく避け、軽やかに後退する。しかし、アルバが地に足を付けた瞬間にはもうシオンはその距離をも詰めていた。上段からの袈裟斬り。身を捻ることでそれを躱したアルバはシオンの胴を狙って短剣を突き出した。


「う、わ」


振り下ろしたはずの長剣がアルバの攻撃を防ぐ。勢いよく攻撃を弾かれたアルバはたたらを踏み、体勢を崩した。シオンがその隙を見逃すはずがなく、長剣を両手に持ち替えアルバの無防備な足元を狙う。


「おっと!」

「ちっ!」


アルバは跳び上がってそれを避け、着地したその足でシオンの懐へと飛び込んだ。以前シオンに教えられた通りのスピードを生かした戦い方。射程圏内に入るなり、アルバは短剣を数度振る。シオンは難なくそれを躱し、アルバが前傾になるタイミングでふと重心を落とした。
先程も狙われたというのにアルバの足元は変わらず無防備だ。スピードタイプは足が命だというのに、シオンは頭の隅の方でそんなことを考えた。足を伸ばす。急にしゃがみこんだシオンに行動が伴わなかったアルバはいとも簡単に足払いにかかる。


「痛っ!」


尻餅をつくアルバ。これで終わりだ、とシオンは長剣を振り下ろす。しかし、そこからのアルバの行動は早かった。両手を地面に付き、腕の力で自身の身体を持ち上げる。跳ね上がった右足は寸分の狂いもなくシオンが振り下ろした長剣を弾いた。


「おお」

「わー、すごいね」


クレアとルキがそのアルバの行動に感嘆の声を上げ、シオンは驚愕をほんの少し表に出した。アルバはそのままの勢いで身を捻り、見事なバック転を決める。体勢を整え、改めて短剣を構え直すアルバ。シオンが口角を吊り上げた。


「勇者さんのくせに」

「成長しただろ、ボク」


軽口の応酬。二人の額には薄らと汗が滲んでいる。息は上がっていない、否、上がったことも悟らせない。戦闘に置いて、そんな些細なことも相手に攻撃を許してしまう隙になることを二人は知っていた。


一際強い風が吹く。アルバは地面を蹴り上げ、それによって舞い上がった砂埃が視界を悪くする。シオンはすぐさま目を閉じ、耳を澄ませた。ざり、と砂を踏む音。そちらの方向へ剣を突きつければ、金属同士がぶつかり合う甲高い音が響いた。


「何で分かるんだよ!」

「はっ。まだまだ甘いですよ」


まさかそんなに正確に自分の位置を捉えられると思っていなかったアルバは慌てて距離を置く。シオンは彼を追うことをせず、ゆっくりと長剣を正面に構えた。アルバも彼に倣い、短剣を構え直す。


次に動いたのはアルバである。一直線にシオンの懐を狙い、低い姿勢のまま駆ける。怒涛の勢いで短剣を振り翳すアルバに、シオンは守りの手を緩めない。身を捻って躱し、長剣を使って防ぐ。前進するアルバ、後退するシオン。
とん、とシオンの背中が岩壁に当たった。シオンに逃げ場はない、アルバは笑う。しかし、笑ったのはシオンも同じであった。短剣を突き出したアルバの腕を思い切り引き、岩壁を蹴って宙に身を放る。踏み止まるアルバの背後に着地し、一挙動で距離を詰める。アルバの反応は鈍い。貰った、とシオンが剣を振り下ろした、正にその時。


「うわあっ!」


ずる、と踏ん張りきれなかったアルバがバランスを崩して地面に倒れ込んだ。がつん、地面に頭を打ち付ける音。アルバの後頭部を狙ったはずのシオンの長剣は、アルバに触れることなく岩壁を浅く砕いた。しばしの沈黙。
横に転がることによってシオンの攻撃範囲から逃れたアルバは、強かに打ち付けた後頭部をさすりながら起き上がる。痛みで浮かぶ涙で視界が悪い。涙を拭おうと手を伸ばして、びゅん、と耳元で風が唸ったため彼の手は目元まで届かなかった。


「何やってんですかあんた」

「ちょ、ちょっと!危なっ!」

「狙ってんですから危なくて当たり前でしょう」


シオンは再び長剣を両手に持ち、中段に構える。真っ直ぐに狙うはアルバの首。一歩、踏み出して。剣を薙ぐ。瞬間、アルバはシオンに向かって跳んだ。紙一重で剣筋を躱し、避けきれなかった髪が数本、宙を舞う。
シオンは剣を引き寄せるが、それよりもアルバが懐に飛び込む方が早かった。短剣は一直線にシオンの首元を狙う。ぎら、と勝利を確信したアルバの目が光った。シオンは笑う。


「甘い」


右足を引く。そしてそのまま左足を軸にして引いた右足を振り抜いた。上段回し蹴り。シオンの足は美しく弧を描き、短剣もろとも細いアルバの身体を弾き飛ばした。
アルバは体勢を崩すまいと足に力を入れる。まともに蹴りを食らった手は痺れて動かない。シオンは追い打ちをかけるように次は左足で蹴りを放つ。アルバは目の前の攻撃を躱すことに必死で気付いていない。シオンの両手は空である。


「おー、シーたんかっこいいー」

「ロ、…シオンさんって意外とかっこつけなんだねぇ」


ぎらり、天高く放られた長剣が陽光を反射する。シオンの猛攻に防戦一方だったアルバは、そこでようやくシオンの両手に剣が握られていないことに気付いた。声を上げる暇もない。
ひゅ、とアルバの耳の真横で音がしたのと、先程シオンを追い詰めた岩壁に背を当てたのはほぼ同時だった。シオンの手に戻った長剣の先は、アルバの首筋にぴたりと添えられていた。


沈黙。シオンの構えた剣先が地面に下り、彼は意地悪く笑った。


「オレの勝ち、ですね」


息を詰めていたアルバは、シオンのその声に金縛りが解けたかのように盛大に息を吐き出す。瞬間、滝のように流れ出る汗。


「くっそーっ!勝てると思ったのに!」


悔しい、悔しい、とアルバは喚く。喚く割には楽しそうな笑みを浮かべており、そんな彼を馬鹿にしながら、シオンもまた楽しそうに笑った。
圧勝ではなかったが、勝ちは勝ちだ。あの魔族と対峙した時にも強くなったと思ったが、今回の手合せでは更に実力が上がっているように感じた。シオンは内心、アルバという少年の成長の早さに舌を巻く。


アルバは打ち付けた後頭部と蹴り飛ばされた手に自分で回復魔法をかけ、特に傷らしい傷を負っていないシオンは汗を拭いながら岩陰で観戦していたクレアとルキの元へと向かう。アルバも彼の後を慌てて追った。


「シーたんかっこよかったよ!」

「アルバさんもすごかったね!」


二人はそう言いながらアルバとシオンに水筒を差し出す。シオンはよく冷えた水を一気に呷り、残った水を頭から被る。ルキが呆れたように見ているが、暑いのだから仕方がない。冷えた水が汗を流し、頬を伝って。ちり、とした痛みを感じた。


「あれ、シーたん。ここ、血が出てる」


クレアは自分の首元を指差した。首元というよりやや鎖骨に近い辺り。丁度痛みを感じた部分であると気付いたシオンは指でそこをなぞった。指先に付く赤い血。アルバの顔が一気に青褪める。


「わあああっ!ごめん!それ、絶対ボクのせいだよね!」


大袈裟に騒いですぐさま回復魔法をかけるアルバ。複雑そうに顔を歪めるシオン。この傷は一体どのタイミングでついたというのだろう。場合によっては、いやよらなくても。自分がアルバの首に剣を突きつけるより前に、勝敗は決まっていたというのか。シオンはますます顔を顰める。絶対に言ってやらない。
自分に回復されるのが気に食わなかったのだろうかと怯えるアルバ。シオンの心境をしっかり読み取って呆れているルキ。そんな空気にも動じず、オレも頑張って特訓しなきゃなと呑気に笑うクレア。三者三様、いや四者四様の装いを見せる。


「…見てろよシオン!」


シオンが贈った短剣を掲げて、アルバが笑う。


「次は絶対お前に勝つ!」


突然の宣言に呆気に取られ、しかし条件反射のようにアルバをせせら笑って、シオンは言う。


「オレに勝とうだなんて千年早いですよ、勇者さん」


せいぜい頑張ってくださいね。シオンのそんな言葉にアルバはむきになって言い返し、またシオンが彼を馬鹿にする。取っ組み合いの喧嘩でも始めそうな剣幕になってきた二人に野次を飛ばすクレア。ルキはケーキの最後の一口を飲み込んで、大きな溜め息をついた。


「どーして男の子ってこういうこと好きなのかなあ」


認められたいアルバとかっこつけたいシオン。付き合いの長さ故にどちらの気持ちも理解しているルキは、ただただ呆れ、また別のお菓子に手を伸ばすのだった。






お次はどなた?
(寄ってらっしゃい見てらっしゃい!)






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テーマ「人外ファンタジー」
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