senyu | ナノ






ここ数日、戦士とルキの様子が変だ。ボクに隠れて二人でこそこそと何かをしている。またボクに悪戯でも仕掛けようとしているのかと最初は放っておいたが、数日も続くとさすがに気になってくる。だけど聞いたってはぐらかされる。戦士には殴られるしルキにはくすくす笑われるしで、正直ちょっと傷付いている。言わないけど。
今だってそうだ。やっとのことで新しい街に着いたっていうのに、傷だらけのボクを放って二人はさっさと宿の部屋に入ってしまう。まるでボクの存在なんか元から無かったみたいだ。二人は兄妹みたいに仲睦まじく会話をしているっていうのに。


今日の宿はたまたま二部屋取れたのだけれど、片方の部屋には戦士とルキが行ってしまった。ボクが同じ部屋に入ろうものなら何を言われるか分からない。だからボクはもう片方の部屋に荷物を置いて、二人には黙って宿を出た。
どうせボクがいなくなったことにだって気付きやしない。二人は二人で楽しそうにしているんだから、ボクだって勝手に楽しめばいいのだ。


「はあ」


街へ出る。ここはそれなりに大きい街で、活気もある。出店なんかもたくさんあって、そこかしこからいい匂いが漂ってくる。いつもならそれだけでテンションが上がるのに、ボクの気分は晴れないまま。溜め息だって出てしまう。


「…誕生日だってのに。何が悲しくて一人でいなくちゃいけないんだよ」


今日はボクの誕生日だ。だから何だって話だけど。毎年母さんが祝ってくれていたけれど、今年は生憎と旅の途中だ。朝一で母さんからおめでとうと言われるどころか、旅の仲間にだって忘れられている。
仕方ないのかもしれない。誕生日なんて聞かれたその時にしか教えていないし、何浮かれてんですか、って戦士に笑われるのが嫌で誕生日が近くなっても自分からは言わなかった。

覚えててくれたらいいなあ、覚えていなくても三人で楽しく過ごせたらいいなあ。ボクの願望なんてそれくらいのものだったのに。

戦士もルキもずっとボクに内緒で何かしてるし。ボクには何も教えてくれないし。仲間外れだし。どうせボクなんか。思考がどんどんネガティブになってしまう。はああ。

戦士にもルキにも何も言わずに出てきたけど探されたりしないだろうか、と途中で不安になった。でも、どうせ心配なんかしてないからいいや。もう二人のことを考えるのは止めよう、せっかくの誕生日なんだから楽しく過ごさないと。二人の仲睦まじげな様子を頭から追い出す。


悲しいことにボクは今やお尋ね者だ。多額の賞金だって掛けられている。そのまま街を歩くことはできないので、どこかの街で買った変装用の帽子を被っていた。帽子なんかで大丈夫かな、と思わないでもないけれど、深く被っていればきっとばれないだろう。


「あ、美味しそう」


街をうろうろして、どれくらい経っただろう。いい匂いに釣られて出店を覗いてみると、たくさんの種類のクレープが並べられていた。戦士に怒られるからあまり買い食いはしたことないのだけれど――戦士自身はよく買い食いをしているので、彼は自分のことを完全に棚に上げている――、もう今日はいいや。自分をお祝いするってことで。


「チョコバナナクレープひとつ」

「はいよ」


ポケットから、何かあったときのために、と少しだけ持たされてるお金を出す。使ってもいいかな、と一瞬だけ戦士とルキの顔が過ぎるけど、あいつらだってボクのいない間に美味しいものたくさん食べてるからいいんだ、と言い聞かせて店主にお金を渡した。
クレープが焼かれるのを待つ。甘い匂い。タイミングよくお腹が鳴って、そういえば今日はお昼ご飯もまだだったと気付く。昼食には少し遅いし量もないけれど、まあ夕飯までの繋ぎだと思えば大丈夫か。出来上がったクレープを店主から受け取って、ボクは街外れの方へと歩く。

さっき街に入るとき、静かで綺麗な公園を見かけたのだ。そこならあまり人も来ないだろうし、ゆっくりできる。クレープを食べている間に賞金狙いの人に襲われたりでもしたらたまったものじゃない。誕生日なのに。


公園のベンチに座ってクレープを一口。甘さが口いっぱいに広がって、ささくれ立ったボクの心が少しだけ丸くなるような気がした。甘いものって偉大だなあ、なんて一人で笑う。
こんなに美味しいんだから戦士もルキも気に入るだろうなあ。二人とも甘いもの好きだし。最後の一口を頬張りながら考える。考えたら、急に寂しくなった。どうしてボク、一人でクレープ食べてるんだろう。


「…はあ」


一度寂しさに気付いてしまったら、後はずるずると落ちるだけだった。静かなのが寂しい。一人で食べるクレープが寂しい。隣に戦士とルキがいないのが寂しい。今日は誰からも”おめでとう”を貰っていないことが寂しい。仲間外れが寂しい。
寂しさが募ったら今度は泣きそうになって、子供じゃないんだから、となんとか気を持ち直す。持ち直すけどやっぱり寂しい。いつもならこんなことなんでもないのに。今日はやっぱり特別な日だから。気付かないうちに期待していたんだろう。

じわりと浮かぶ涙。こんなことで泣くなんてよっぽど子供だ。でも仕方ない。ボクは今、とても寂しいんだ。誰も見ていないし、少しだけ、少しだけ。
ベンチから立ち上がって、人から見えないように大きめの木の根元に寄りかかった。ぐす、と鼻をすする。宿に帰ったらいつも通りにしなきゃいけないんだから。寂しくて泣いてただなんて戦士にばれたら何を言われるか。だから今だけ。帽子を深く被って、膝を抱える。今だけ、少しだけ。






ひゅう、と冷たい風が頬を撫でた。冷え切っていた身体が震えて目が覚める。いつの間に寝てしまったのだろう。ぼんやりと目を開けると、茜色の空が目に飛び込んできた。


「うわ!」


やばい、戦士に怒られる!黙って宿を出て行った挙句に居眠りして夕方になっているとか、絶対に怒られる。ボクが宿を出てから数時間は経っているはずだ、さすがに部屋にいないことに気付いて探しているかもしれない。賞金首なの忘れてんですかバカですか脳みそ入ってんですか、なんて怒涛の勢いで嫌味を言われる。
そこまで一瞬で考えて、とにかく宿に帰らなければと立ち上がろうとする。だけど意志に反して体はちっとも動かなかった。もしかして誰かに捕まったのだろうか、なんて嫌な想像をしてしまって、軽くパニックになる。落ち着け、落ち着け、落ち着け。状況を確認するんだ。


冷静になってしまえば状況は簡単に理解できた。単純な話だ。ボクの膝の上でルキが眠っている。そしてボクに背中を向けて寄りかかりながら眠っている戦士がいる。それだけのことだった。
いつから二人はここにいたんだろう。心配させてしまったのだろうか、ルキの目元が少し赤い気がする。夕日のせいだ、と言われればそれまでなのだけれど。


ルキの手にはボクが被っていたはずの帽子が握られていた。黒の太いマジックで落書きがされている。
『ばか』『アホ』『囚人公』『ツッコミ』『アバラマン』等々。ボクに対する罵りの言葉が各種取り揃えられている。がっくりと肩を落として、溜め息をついた。また新しい帽子買わなきゃ。
よくもまあ、こんなにたくさんの罵りの言葉が思い付くものだ。さすがはドSの戦士と魔王である。呆れを通り越して尊敬の念を抱きながら、ボクは帽子に書かれた罵詈雑言を一つひとつ目で追っていく。そして見つけた、ひとつだけ小さく書かれた『おたんじょうびおめでとう』の文字。


「……ん?」


見間違いかと思った。ごしごしと目を擦って、もう一度よく見る。だけどそこには間違いなく、罵詈雑言に紛れた『おたんじょうびおめでとう』の言葉があった。じんわりと涙が浮かぶ。
ううん、と小さく唸り声を上げるルキの手は絆創膏だらけだ。街に着いた時にはこんなに怪我していなかったはずだ。だって怪我をしていたのはボクだけだったのだから。


もしかして、と思う。頬が緩むのが分かった。今、自分はすごく気持ち悪い顔をしているのだろうなと思う。だけど、これは仕方ない。


「うごっ!」


そんなことを考えていると、突如として鳩尾に激痛が走った。原因は言わずもがな。隣で拳を握ったまま物凄い顔をしているこいつだ。


「なににやにやしてるんですか気持ち悪い」

「…お前、手加減しろよ…」


戦士に暴力を振るわれるのなんか日常茶飯事だ。だけど今回のは拳の重さが違った。割とマジで殺りにきていた気がする。一瞬、本気で意識が飛んだ。殴られた鳩尾を押さえながら必死に言葉を紡ぐと、戦士は心底嫌そうな顔をする。怖い。


「手加減?何寝ぼけたこと言ってんですか。お尋ね者のくせに勝手にこんなところまで来て人に散々探し回らせといてやっと見つけたと思ったら呑気に昼寝してるとか。手加減が必要ですか?むしろまだ殴り足りないくらいです」

「いや、それは、その…」

「いいよ、ロスさん!もっとやっちゃえ!」

「ルキちゃん!?何てこと言うの!?」


想像通り怒涛の勢いで罵ってくる戦士に、ボクの悲鳴で起きただろうルキまで加勢してくる。戦士の表情はいつも通り涼しいものだったが、ルキは力一杯頬を膨らませて不満顔をしていた。その顔を見て、少しだけ反省する。
まあ確かに勝手に拗ねて飛び出したのはボクだしなあ。殴られるのは嫌だけど心配かけたんだろうなあ。


「あの、二人とも、…ごめん」


ここはボクが謝った方がいいだろう。いくらボクが飛び出した原因は二人にあると言っても、それはこっちの勝手な都合だし。そう思ったら案外あっさりと謝罪の言葉が出てきた。じわ、とルキの大きな目が潤む。


「アルバさんのばか!心配したんだから!今度こそ本当にいなくなっちゃったかと思ったよ!ばか!」


ルキからの罵倒も甘んじて受ける。一度黙っていなくなろうとした前科があるため、余計に心配かけてしまったみたいだ。戦士からはまた殴られた。だけど今度はそんなに痛くなくて、戦士にも心配をかけたのだと気付いたら今度はどうしようもなく恥ずかしくなった。


「それで、その。…これ、」


一頻りルキからの罵りを受けて、彼女の機嫌が直ったのを見計らって持ったままだった帽子を二人に見せた。そこには幻覚でも何でもなく『おたんじょうびおめでとう』の文字が書かれていて、また頬が緩んでしまいそうになる。
にやにやしそうになるけれど、にやにやしたら戦士に殴られるから必死に真面目な顔を取り繕う。さっきよりも気持ち悪い顔してるんだろうな、なんて。


「知ーらない!」


ルキはボクから帽子を取り上げると、さっさと先に行ってしまった。戦士もそんなルキの後を追う。やっぱり楽しそうに話す二人を追い掛けていいのかな、なんて考える。この言葉もやっぱり本当はボクの見てる幻覚だったりして。弱気なボクの足は動かない。


「アルバさん!なにしてるの!早く帰るよ!」


立ち止まったままのボクの手をルキが引く。帰るよ、なんて。そんな在り来たりな言葉にじんわりと胸が温かくなって、また涙が出そうになった。どれだけ寂しかったんだ、って苦笑い。
ルキはボクと繋いでない方の手で戦士とも手を繋いだ。伸びた影が三つ連なっている。ボクと、ルキと、戦士。三人の影。


「今日のご飯は私が作ったんだよ。ロスさんも手伝ってくれたの!」

「そ、そうなんだ…」


ルキの手が絆創膏塗れだったのはそういう理由か。それがボクのためだったら嬉しいなあ、なんて考えも後半の言葉に打ち消される。戦士が手伝ったという料理に不安しか浮かばない。


「安心してください。毒は入れてないですよ。勇者さんの分にしか」

「ボクのには入ってるの!?」

「当たり前でしょう。今日の主役なんですから」

「主役だから毒!?…って、え?主役?」


つい癖で突っ込んだらうっかり聞き逃してしまいそうになって、思わず聞き返してしまう。ルキがにんまりと笑った。


「そーだよ。だって今日、アルバさんの誕生日でしょ?」


じわり、また涙が浮かぶ。なんだ、知ってたんだ。やっぱり、帽子に書かれた言葉は幻覚なんかじゃない。本当に本当に、ボクのために書かれた言葉。ボクに送られた言葉だったんだ。
ボクの手を引くルキの力が強くなる。戦士は横でぷーくすくす、とか笑ってる。いつもなら少なからず不快になるその馬鹿にしたような笑い声も、なんだか今は嬉しくて仕方ない。単純で現金だ、ボク。


「あんなにあからさまにこそこそ準備してたのに本当に気付いてなかったんですか。さすが勇者さんですね」

「たぶん堂々と準備してても気付かなかったんじゃないかなあ。アルバさんだし」

「どういう意味!?ボクだから何なのさ!?」


涙声になりながら、それでも反射でツッコミを入れる。二人はいつもよりちょっとだけ優しく笑って、声を揃えてこう言った。


「アルバさんは鈍いって話だよ」

「勇者さんがアホだって話です」


その声もいつもよりちょっとだけ優しかったから、ボクは今度こそ嬉しくて笑ってしまった。


「だって、まさか誕生日の準備してくれてるなんて思わないよ」

「まあ嘘ですけどね!」

「嘘!?どっからどこまでが嘘!?」

「嘘ってことが嘘だよ!本当はこれも嘘だけど!」

「え、ちょ、もう意味が分からないんだけど!結局何が本当なの!?」


いつものように二人に翻弄されながら歩く帰り道は、来た時よりもずっとずっと短く感じた。なんだかんだ、ボクはこの二人と一緒にいるのが好きなようだ。二人もそう思っていてくれたら嬉しい。


「それは宿に帰ってからのお楽しみです」

「帰ろう、アルバさん!」


きっと宿にはたくさんのご馳走とケーキが用意してあるのだろう。プレゼントも用意してくれているかもしれない。ボクの分の料理にだけいろいろ悪戯が仕掛けてあって、引っかかる度に戦士とルキに笑われるのだ。
甘いものに目がない二人のことだ、ボクのためのケーキも、大半は二人の胃袋に収まるに違いない。まあ、それでもいいか。二人が祝ってくれるだけで充分だ。誕生日を覚えていてくれて、おめでとうと祝ってくれて、ボクのために料理やプレゼントを用意してくれた。

それだけでボクは、胸を張ってこう言える。
なんていい誕生日だろう!ってね。






HAPPY BIRTHDAY to ALBA!




130306


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -