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 さて、オレがあの不思議空間へと足を踏み入れてから、どれくらい経ったんですかね。シオンはアルバに問い掛けた。アルバは首を捻って、さあ、とだけ言った。すっとぼけた回答をするアルバのアバラにシオンの拳がめり込む。アルバが悲痛な声を上げて、それでもシオンとアルバは歩みを止めなかった。

 アルバの住処である洞窟の入り口。こちらに背を向ける形で座っているのは、ルキとクレアだった。彼らの姿を見る限りそれほど時間は経っていなかったようだ。安堵の息を吐くアルバの鳩尾に肘を埋め、シオンは一度、小さく息を吸った。


「やほやほー」


 できるだけ平静に。何気ない風を装って。シオンは声を出す。ばっと勢いよく振り返った二対の瞳。その中には確かにシオンとアルバの姿が映っている。
 最初に涙を落としたのはルキだった。アルバの姿を凝視している。アルバは居心地悪そうに身じろぎして、金魚のように口をぱくぱくさせた。何を言うべきか悩んでいるようだったが、それもシオンを苛立たせた。さっさと声を掛けろ。隣に立つシオンから無言の圧力を掛けられ、アルバは冷や汗を流す。


「ルキ、クレアさん」


 次いで、クレアの瞳からもぼたぼたと涙が落ちた。さすがに予想外だったのか、アルバはルキが泣き始めた時の数倍は狼狽えている。それはそれで面白かったのでシオンとしては満足である。
 ルキとクレアは顔を見合わせた。涙を拭って、泣きすぎて真っ赤な目を隠しもせず。満面の笑みで。アルバの胸へと、飛び込んだ。


「もう、どこ行ってたの!おかえり!」

「遅いぞアルバくん!オレ、腹減った!」


 迎えられたアルバは、先程散々泣いたというのにまた涙を流して。とんでもなく嬉しそうな顔で、笑う。


「ただいま!」


 その一言がきっかけでルキとクレアの箍が外れたらしい。火が付いたように大きな声を上げて泣くルキと、そんなルキを抱き締めながら自分も子供のように泣き声を上げるクレア。二人いっぺんに泣かれてしまっては自分が泣いている場合ではないと思ったらしいアルバは、あわあわと両手を動かして二人を宥めている。
 そんな様子を、シオンは少し離れた場所から眺めていた。


 さすがに疲れた。長時間の魔力の行使、久しぶりの戦闘、慣れない説教。そういえばアルバがいなくなってからまともに眠ってもいなかったし、食事だって少ししか摂っていない。眠たいし、腹が減った。千年前、まだひとりだった頃には思いもしなかったことを考えていることに気付いて、シオンは少しだけ笑う。
 眠ってしまおうか。シオンは目を閉じる。どうせあちらはまだまだ時間が必要だろう。少しくらい仮眠したって、きっと咎められることはない。ああ、アルバのベッドまで行こうか。こんなところで寝るのも癪だ。そうだ。一眠りしたら魔力ツクール君を二代目魔王に返しに行かなければ。これが無くなってさぞかし困っていたことだろう。
 そんなことをつらつらとよく働かない頭で考え、一先ずアルバのベッドまで移動しようと、シオンは気力を振り絞って瞼をこじ開けた。


「あ、起きてたんだ」


 シオンの前には顔中真っ赤に腫らしたアルバが立っていた。恐らくルキに殴られたのだろう。シオンが殴った痕もある。回復魔法を使わないということは、一応反省はしているということか。シオンはアルバの律義さに半ば呆れ、半ば本気で尊敬の念を抱いた。本当にこの人、馬鹿だな。


「…なんですか」

「いや、これだけは言っとこうと思って」


 このまま有耶無耶にするのも嫌だし。アルバは笑う。


「お前はボクがお前に全部あげたって言ってたけど。それを言うならお前だってボクに全部くれたじゃないか」


 強さとか、知識とか、考え方とか、人を思い遣る気持ちとか。優しさとか。お前の持ってるもの全部。ボクが持ってなくて、お前が持ってたもの。その全部、ボクにくれただろ。


「だからそれも半分こ」


 お前の全部なんか、重すぎるからいらないよ。


 瞬くシオンの顔を見て、得意気に笑うアルバ。
 なんだそれ。ふざけんな。じわりと熱くなる頬は、怒りのせいだということにして。アルバのしたり顔に無性に腹が立ったので、シオンは全力でアルバのアバラを狙っておいた。


「デュクシ!」

「いってえええっ!」





*終*




20140223 ぼうけんの書。3 発行


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