senyu | ナノ







 ――オレが覚えているあの人の最初。
 小さくて弱くて細くてすぐ泣いてすぐ怒って、だけどすぐにそんなもの忘れたよ、とか言いながら笑って許す。そんな、頼りないのに妙に目を惹きつける少年だった。
 なよなよしいのに芯が通っていて、こいつとだったら一緒に旅をしてもいいかもしれない、なんて思ったのがそもそもの始まりだった。長い長い眠りから目を覚まして、誰もいない、何も分からない世界で、一番最初に出会った少年に。もしかしたらオレは、生まれたばかりの小鳥が初めて見たものを親だと思うような、そんな刷り込みに近いものを覚えていたのかもしれない。
 こいつならたぶん大丈夫だ。いつかオレがいなくなったって。こいつなら、ひとりで逞しく生きていけるだろう。怒りを忘れるように簡単にオレのことを忘れて、勝手をするオレをあっさりと許して、そうして広い広い世界を生きていくのだ、この少年は。そんなことを、先を歩く彼の背中に何度思ったか分からない。
 理由もなく信頼していた。オレの持たないすべてを持つこの少年が羨ましくて妬ましくて、だけど眩しかったから。信頼して、共に歩いていた。隣を歩いていた。彼を守っていた。自分の使命なんか忘れたふりをして、もう少し、あと少し。そうやってずるずる、ずるずると、短い時を過ごしていた。


「がんばれよ、アルバ」


 オレが放ったその言葉を、あの少年がどう受け止めたのかは分からない。だけど彼はオレのその言葉の通りに、馬鹿正直に頑張ってしまったらしい。オレにとっての数時間、彼らにとっては一年もの時間が流れた、その後。再会した彼は、あの頃の面影すら残らない、ひとりの勇者としてそこに立っていた。
 剣を構える姿が様になっていた。一丁前にスピードまで付けて、躊躇いなく敵を斬る強さまで見せつけられた。そこに至るまでどれほど血の滲む努力をしたのだろうか。ゼロからのスタートの辛さは、きっとオレが一番よく知っている。旅をするための強さと知識と、時には先へ進むために冷酷な決断をも下さなければならない覚悟。そんなものを、オレが知らない間に手にしていたあの少年は。それと同時に、あの頃の少年が確かに持っていた無邪気さとか純粋さとか、そんなものを落としてきたかのようだった。

 少年はすべてに決着をつけてくれた。魔王を倒して、親友を取り戻して、ハッピーエンド。エンドロールの中、オレは彼に、一緒に来ますか、と問い掛ける。彼は首を横に振って、ここに残るよ、と言った。そうですか、オレは簡単に折れて、彼に背を向ける。妙に静かな顔で、彼はオレを見送っていた。
 もう一度あの頃みたいにあの少年と一緒に旅をするのも悪くない。そう思っていたけれど、これ以上彼を縛り付けたくもなかった。あの人は自由がよく似合う。太陽が良く似合う。そうだ。これでよかったんだ。オレはオレの、あの人はあの人の人生を生きるべきだ。これからは。


 背を向けたことを後悔するのは早かった。


 ある日、ひょっこりと顔を出した小さな魔王が、ケーキを頬張りながらオレに告げた。


「アルバさん、今お城の牢屋にいるんだよ」


 魔力の影響を恐ろしく思ったあの馬鹿な王が、事もあろうにあの人を城の地下に閉じ込めたらしい。あの人はそれに対して文句を言うでもなく、一度だけチクショウ!と声を荒げた後はただ大人しく収容されているのだ、と少女は言った。
 ゲートを出せ、考えるより先に言葉が口から飛び出していた。少女はオレがそう言うと分かっていたのか、随分あっさりと彼女の魔法を発動させた。一応見張りの人がいるけど、ヒメちゃんの名前を出せば通してくれるよ。そんなアドバイスも右から左。飛び込み、着地した先で思いっきり助走を付けて、鬼のような形相をしていただろうオレと、顔を青くさせたあの人を阻む鉄格子に飛び蹴りをかましてやった。こんなとこで何やってんだ、伝説の勇者(笑)!
 騒音を聞き付けてやってきた見張りの兵士から鍵を奪い取って格子戸を開けて、アバラ目掛けて拳を振り抜く。完全に放心していたあの人はもろにオレの拳を受けて蹲った。これ幸いとぐったりとしたその体を肩に担いで少女を呼び出す。すぐにゲートが開いて、オレは少しの躊躇いもなくあの人をその中に放り込んでやった。悲鳴が遠くなる。
 流れるような一連の動作に呆然としていた兵士に、あの人が人間界にいると王のハゲが酷くなるから魔界に連れて行く、とハゲへの伝言を任せて、オレはゲートを潜った。当然、この一部始終で例のスーツを着ていたオレのアバラは無傷である。

 ゲートの向こうで恨みがましくオレを見るあの人の襟首を掴んで、怒鳴り散らしたい気持ちを必死に抑えて。オレは出来る限り冷静な声で、口調で、馬鹿なあの人にでも分かるようにゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「オレがあなたの家庭教師をします」


 だからさっさと魔力の制御を覚えてさっさとここから出てさっさと勇者でも何でもしてくださいよ。そう罵倒混じりに告げたとき。あの人の泣きそうな顔を久しぶりに見たのだ。そして、彼のそんな弱々しい顔に、少しだけ安心してしまったのである。








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