senyu | ナノ






ねえねえ。私のお話聞いてくれる?そんなに面白いお話じゃないかもしれないけど。


私ね、勇者さんとその戦士さんと旅をしているの。弱くてへっぽこだったのに、がんばってがんばってとっても強くなった勇者さん。とっても強くて、優しくて、悲しい過去があったけど今はとても幸せそうにしている戦士さん。私は二人のことが大好きだよ。


勇者さんは私のことをいっつも守ってくれるの。魔物が出たときは真っ先に私を逃すし、大きな街では迷子にならないようにって手を繋いでくれるの。あ、でも、勇者さんはへっぽこだから、本当は自分が迷子になっちゃうのが怖くて私と手を繋いでいたのかもしれないね。そんなこと言ったらぷりぷり怒るから言わないけど。
へっぽこ勇者さんとの旅は大変じゃなかったのって?そりゃあもう大変だったよ。一時期二人だけで旅をしていたときがあったんだけど、それまで私も勇者さんもずっと戦士さんに頼りっきりだったから。最初は何もわからないしできないし、二人で泣いちゃった夜もあったよ。
宿の取り方もわからない、野宿したって火の起こし方がわからない。真っ暗な森の中で一晩過ごしたこともあったっけ。寒くて怖くて、二人でくっついて震えながら眠ったの。朝起きて、勇者さんは私にごめんねって謝った。その泣きそうな声を聞いて、私だって泣きそうになった。それから、二人で決めたの。わからないって言う前に、わかるように頑張ってみよう、って。
勇者さんはね、へっぽこだったのに、宿の取り方も勉強して、旅に必要な道具を選ぶ目を持って、値切る手段を手に入れたの。それからね、スライム一匹も倒せなかったのに、何回も何回も魔物にぼろぼろにされながら、今はドラゴンだって一人で倒せるくらいになったの!…何笑ってるの。本当のことだよ。私の勇者さんは魔王だって倒せるんだから!


え?戦士さん?戦士さんはね、とっても優しいんだよ。勇者さんのことはいつもいじめてるけど、私にはお菓子だっておもちゃだって買ってくれるの。いつだって私の名前を呼んで、手を繋いで、私の歩幅に合わせて歩いてくれる。それにね、戦士さんは私と勇者さんのことが大好きなんだよ。戦士さんには親友がいるんだけど。あ、もちろんその親友さんのことも私は大好きだよ!でね、その親友さんから聞いたんだけど、戦士さんはいつも私と勇者さんのお話をしてるんだって。ちょっと恥ずかしいけどうれしいよね。
戦士さんは悲しい過去があったって、さっき話したでしょう?それがね、本当に悲しい出来事だったの。戦士さんのお父さんは初代魔王だったんだ。それでね、魔王はさっきも話した戦士さんの親友さんの体を奪っていたの。だから戦士さんは魔王を殺すこともできず、親友さんを助ける方法を探して、ご飯も食べず夜も眠らず、ずっと旅をしていたんだって。その間に魔王になったお父さんも襲ってくるし、親友さんを助ける方法も見つからないし、仕方なく魔王を封印することにしたんだよ。
え、勇者クレアシオンみたいだって?そうだよー。私の戦士さんは伝説の勇者クレアシオンなの!…どうしてそんなに笑ってるの!騙されてなんかないんだから!もう!


そうそう、それでね。最初は私と勇者さんと戦士さんの三人で旅をしていたんだけど。聞いたことあるでしょう?ある日突然、世界に穴が開いた。そこから数多の魔物が飛び出し、魔王が復活したと考えた王様は勇者を旅立たせた、ってやつ。魔物が人間界に飛び出した原因は私が魔物召喚用の鍋でポップコーン作っちゃったからなんだけどね。勇者として旅立った勇者さんと、王宮戦士のふりをして勇者さんと旅立った戦士さんと出会ってからは一緒に旅をさせてもらってたの。
本当に魔王は復活するわ、魔王の取り巻き連中が襲ってくるわで大変だったんだよ。勇者さんは魔王の取り巻き連中に一度殺されちゃうし、それを見た戦士さんが封印していた魔力を解放して勇者さんを生き返らせるし。あ、生き返らせたというか時間操作したんだったかな?私もショックであんまり覚えてないんだけどね。戦士さんは自分は勇者クレアシオンだからって、勇者さんに楽しかったよ、とだけ言ってまた魔王を封印しちゃったんだ。私には何も言ってくれなかったの。ちょっとさびしかったな。
普通ならそこでハッピーエンドでしょ?復活した魔王をもう一回封印できたんだから。でも、私の勇者さんはそんなのダメだって言ってた。戦士さんが笑ってないから、そんなハッピーエンド認めないって。笑っちゃうよね。


それから勇者さんは死に物狂いで強くなったよ。あ、これがさっき言ってた私と勇者さんの二人旅時代。あの時のことはあんまり思い出したくないな。勇者さん、ちょっと怖かったし。私は勇者さんが守ってくれたからそんなにつらくはなかったけど、ぼろぼろになってまで強くなろうとする勇者さんを見てるのが嫌だった。いっぱい怪我してもすぐ無茶するし、本当なら入院してなきゃいけないくらいの怪我でも動き回るから、私の魔法で勇者さんのアバラ全部折って無理矢理入院させたかったくらいだもん。え、私が魔法使えるのかって?使えるよ、だって私、魔王だし。
勇者さんがすっかり強くなって一人でも何でもできるようになった頃、魔王を封印したはずの戦士さんとばったり再会したんだ。それが、戦士さんがいなくなってからちょうど一年くらい経ったときかな。勇者さんは背も伸びてたし筋肉も付いて男らしくなってたし、成長した勇者さんを見て戦士さんが思わず殴っちゃったの!あれは面白かったなあ!
で、なんやかんやあって勇者さんと戦士さんは魔王を倒しちゃったんだよ!もちろん、戦士さんの親友さんの体は取り戻したの!なんやかんやが気になるって?そこはほら、妄想で補って!どうしても聞きたいならファン○五本持ってこい!がはは!


まあその時に勇者さんは魔王の魔力と勇者クレアシオンの魔力をぶっ込まれて世界を滅せるくらいの魔力を手に入れて、しばらく封印されてたりとか。そんな勇者さんに魔力の扱いを教えるために戦士さんが家庭教師を名乗り出たりだとか。そんなこともあったよ。勇者さん、よく魔法に失敗してたんだけどね。一度、お城くらいの建物を跡形もなく消し去っちゃって大変だったんだから!あの時の勇者さんの顔、面白すぎて笑いが止まらなくて大変だったよ、本当に。え、そこが大変だったのかって?もちろん!それ以外にどこがあるの?え、建物?そんなもの、戦士さんが勇者さんの魔力を使って元通りに直したに決まってるじゃない。何言ってるの。
ああ、あと、つい最近また魔王が復活したーとかそんな騒ぎもあったでしょ。あれも私と勇者さんと戦士さんは関係しててね。まあ大したことはしてないんだけど。勇者さんと戦士さん、こう言ったら何だけど、久々の出番でちょっとうきうきしてたかもしれないね。戦士さんは死にかけるし勇者さんはまたよくわからない魔力を追加でもらってたりしてたけど。


もう世界最強なんじゃないのかなあ、勇者さん。魔法も使いたい放題だし、剣だって使えるし。その辺の人になら誰にも負けないね、たぶん。戦士さんと本気で戦ったらどっちが強いんだろうね。戦士さんってほら、勇者クレアシオンじゃない?戦士さんが全力で戦ってるところは見たことないんだけど。私のパパに聞く限り、ものすごく強かったみたいだし。気になるなあ。今度戦ってもらおうかな。


ここまでの話、嘘だと思ってるでしょ。やだなあ。私、まだ子どもだけど。こんなに想像力たくましくないよ。全部本当の話。


あの二人ね、私のこと本当に大切にしてくれるんだよ。自分の家族みたいに思ってくれてるの。もちろん、私だって二人のこと家族みたいに思ってるよ。…うーん、やっぱり、家族ではないかも。なんだろうな、何て言えばいいんだろう。家族よりも、もっとずっと大切な人。恋人とかそんなのでもない。友達とか、そんな名前でもないなあ。例えるなら、そうだな。私の世界、かな。あの二人もきっと同じように思ってくれてるはず。
あの二人に何かあったら、私は迷いなく世界を滅ぼすよ。言ったじゃない、私、魔王だよ。世界を滅ぼすくらい、なんてことないんだから。私は今はまだ弱いけどね。でも、魔界を動かす力くらいはあるから。パパとママだって勇者さんと戦士さんのことを大事に思ってるから、きっと協力してくれるはずだもん。ね、怖いものなんてないでしょ?
あの二人もね、そうだよ。勇者さんなんか実際にせっかく戦士さんが封印した魔王を復活させようとしてるからね。戦士さんのために。戦士さんが笑ってないからって、ただそれだけの理由で。戦士さんだってそう。勇者さんや私に何かあれば、世界を滅ぼすくらいやってくれる。もしかしたら、何かあっただなんてことを、無かったことにしちゃうかもしれないけど。


私はあの二人が大好きだよ。二人も、私のことを好いてくれてるよ。大切なの。大事なの。だから、私たち三人のうち、誰かを傷付けることは、誰であろうと許されないことなんだよ。




「ねえ、そんな私を誘拐して、無事でいられると思う?」


静かな建物の中。積み上げられた廃材の上に可愛らしく座る少女が、こてん、と首を傾げた。まだ幼い少女らしい仕草であったが、その瞳は深い闇を湛えて鈍く光っていた。少女の話を黙って、時折相槌を打ちながら聞いていた男が、小さく身震いする。
少女は喋り疲れたのか、両足をぱたぱたと動かしてそれ以上言葉を発することはなかった。窓の外から聞こえる鳥の声に耳を澄ませて、自分の前で身を縮こませる男を一瞥して、つまらなそうに溜息をつく。まだかなあ、そう呟いた少女の声が、男の耳に入る。男はすっかり青ざめた顔で、少女を見た。


「おじさんたちも運が悪かったよね。よりにもよって、私をターゲットにしちゃったんだから。きっと今頃、勇者さんと戦士さんは血眼になっておじさんたちを探してるね。可哀想。おじさんたち、もう二度と街を歩けなくなっちゃうね」


少女は鼻歌でも歌うようにのんびりそう告げた。少女の前に座り込む見張りの男も、建物の至る所に身を隠し、少女の前には一度も姿を現していないはずの男たちも、少女の言葉にごくりと喉を鳴らした。
子どもの戯言だ、強がりだ、と一蹴してしまうのは簡単だ。だが、どうだ。誰一人そんなことは出来やしない。目の前にいるのは、自分の半分も生きていなさそうな、年端もいかない子どもだと言うのに。少女の大きく丸い目が、それをさせない。

少女は欠伸を一つ。眠たそうに目を擦り、それでも眠気が治らないのか、うん、と大きく伸びをした。


「あ」


少女がぽつりと呟いた。瞬間、固く施錠されていたはずのドアが、跡形もなく吹き飛んだ。轟音。ひどい砂煙と反響音が、古い建物を包み込む。潜んでいた男たちが何事だと騒ぎ出し、少女の前に姿を現す。一、二、五、十。数にして二十くらいだろうか。随分小さな組織だったらしい。少女は一連の出来事に動じることなく、もう一度出そうになった欠伸を噛み殺した。
砂煙と反響音が収まる。吹き飛ばされたドアの前には、二人の男が佇んでいた。一人は、薄い茶色の髪をした、オレンジ色の上着を羽織った男。もう一人は黒い髪に黒いジャージの、黒づくめの男。その顔に何の表情を浮かべることなく、二人の男は静かにそこに立っていた。

誰だ、と震える声で叫んだのは誰だったか。その声を聞いた二人の男が歩みを進める。かつん、と足音が響いて、少女の前に固まっていた男たちが一斉に武器を構えた。


「ねえ、おじさんたち。やめた方がいいよ。街を歩けなくなる前に、謝っちゃいなよ」


少女が小声で囁いた。その声はひどく弾んでいて、緊迫した空気の中で明るく響く。
かつん、かつん、と二人の男が足音を鳴らす。じりじりと詰まっていく男たちの距離。そんな様子を、少女は楽しげに目を細めながら廃材の上で眺めていた。


「う、うわあああっ!」


恐怖や緊迫感に負けたのか、少女を誘拐した男の一人がナイフを突き出した。突き出したはずのナイフは一瞬で溶けて消えた。ナイフを持っていた男の手は、いつの間にか血塗れになっていた。
悲鳴すら上げられず、男はオレンジ色の上着の男に殴られて気絶する。倒れた男の背中を踏み付けて、黒づくめの男が微笑んだ。その隣に並んだオレンジ色の上着の男も、同じように微笑んでいた。


「オレたちの大切なお姫様に手を出したんだ」

「どうなろうとも、覚悟の上だろう?」


男たちの声を合図に、誘拐犯たちは一斉に飛びかかる。各々の武器を振り上げ、振り下ろし、それが目標に到達する前に弾き飛ばされ、気絶する。そんなことの繰り返し。
二人の男はその場からほとんど動くことなく、襲い掛かる男たちの意識を奪っていった。命まで奪っていたかどうかは分からない。そういうところ、甘いからなあ。少女は誰に言うでもなく呟いた。少女が目の前で起こっていることに興味を示すことはない。笑みを浮かべる二人の男を眺めては、私の勇者さんと戦士さんはかっこいいなあと笑うのだ。


「ルキ」


名を呼ばれ、まばたきを一つ。廃材の上から飛び降りた少女は、地面に転がる男たちの姿を物ともせず、二人の男に駆け寄った。男たちは少女の姿に目を細め、少女の頭を優しく撫でる。オレンジ色の上着の男と、黒づくめの男、それから少女の三人以外に、その場に立っている者はいなかった。


「遅くなってごめんね。何もされなかった?」

「うん、大丈夫だよ。ごめんね、アルバさん、ロスさん」

「何でお前が謝るんだ。オレたちも、すぐに気付けなくて、悪かった」

「ううん。こうやって助けに来てくれたし!ありがとう!」


少女は小さな手で二人の男の手を取った。そうして、大層愛らしく微笑むのである。その目には先ほど宿っていた暗い光はない。あるのは、ただただ甘い幸福感だけだった。
帰ろうか、とオレンジ色の上着の男、勇者が言った。続いて、甘いものでも食べに行きますか、と黒づくめの男、戦士が言う。そうして少女、魔王は、喉が渇いたなあ、と呟いた。
死屍累々の建物の中に似つかわしくない三人の笑い声が響く。甘い甘い声で、三人で手を繋いで、さあ帰ろうと歩く姿は、ぞっとするほど美しかった。意識が落ちる寸前、少女の話し相手をしていた見張りの男は、そんなことを思った。
ああ、少女の言うことはすべて本当だったのだ。






サリエルは微笑むのか







夜も更け、星々が輝き始めた頃。二人の男によって壊滅させられた盗賊のアジトに、一つの小さな人影があった。盗賊たちは意識を取り戻し、昼間の出来事に身を震わせながらお互いの手当てをしている。人影が近付いていることに気付く者はいない。
人影はくすりと笑った。ああほら、やっぱり。誰一人として死んでないじゃない。


コンコン、とノックの音が響く。緩慢な動作で入口を振り返った男が、ひいと情けない声を漏らした。その声に、一人、また一人と入口を見る。そこには、小さな少女が一人で立っていた。
少女の瞳が、仄暗く光る。


「私を攫って、あの二人の手を煩わせた。そんなことをしておいて、これで済むと思ってるの?」


少女の高い声が、滔々と言葉を紡ぐ。あの二人は優しいから、何だかんだと許してしまうけどね。私は、あの二人とは違うのよ。
少女が笑った。にっこりと、愛らしく小首を傾げながら。


「ああ、そうだ。私の話、一つだけ間違ってたね。あの二人は、私に何かあっても世界を滅ぼすなんてことはしなさそう。だって、二人は優しいから。勇者だから。甘いから。それが、ちょっとだけ、残念かな」


少女は両手を掲げる。魔法を使うのだ、と気付いたのは、昼間、少女の話し相手をしていた男だけだった。


「じゃあね。運が良ければ、肉片くらいは残るよ」


建物の地面に、巨大な黒い穴が空いた。避ける術がない男たちが、次々と穴に飲み込まれていく。悲鳴が遠ざかる。そんな様子を、少女は無感動に眺めていた。
そうしてすべての悲鳴が聞こえなくなったあと。少女は彼女の魔法を解除する。男たちを飲み込んだ巨大な穴が、みるみるうちに塞がっていき、やがて何事もなかったかのように建物は静けさを取り戻した。

少女は踵を返し、満足そうに微笑む。もう一度、今度は少女の勇者と戦士の元へ戻るために自身のゲートの魔法を発動させ、宙に空いた穴に足を掛けた。さあ、帰って勇者と戦士の三人で眠ろう。今日はたくさん喋って疲れてしまった。少女は欠伸を一つ。
ゲートに飛び込む直前。少女は、誰もいなくなった建物を、氷のような目で一瞥した。




「魔王ナメんな」




20160313


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