senyu | ナノ






眠りから覚めるのはいつも突然だ。


意識がぐんと引き上げられる感覚に目を開ける。身体がばきりと音を立てた。どれくらい眠っていたのだろう。
やけに眩しくてやけにあたたかい、朝日のような光が、瞼に射した。


「おはよう」


背後から聞こえた声に、緩慢な動作で振り返った。揺れる狐色に、やわらかく弧を描く色違いの瞳。どこからどう見ても、見慣れた姿だった。目を見開いたら、その人は可笑しそうに笑う。
思い出すのは眠る前。ガラスの向こうでいつも笑っていた少年。声もぬくもりも、長い間感じることの出来なかった彼が、ガラスの向こうではなく、そこに立っている。


ガラスの壁はまだそこに在った。しかし彼はガラスの向こうにいなかった。
手を伸ばす。触れる。


「痛いっ!」


触れられる。声が聞こえる。冷たいガラスの感触ではない。手から伝わるのは血の通った人間の体温だ。
あたたかく、当たり前に感じていたそれを、彼は一体どれくらいぶりに感じるのだろうか。


「お前…何年眠っても変わらないのな…」

「当たり前でしょう。何言ってるんですか、勇者さん」


勇者と呼ばれた彼は両目を見開いた。困ったように、嬉しそうにへらりと笑うその横顔を、ただぼんやりと眺めた。


ガラスの向こうは真っ白だった。透き通る青空も、眩い太陽も、そこには無かった。ただただ白が広がるばかりだった。果てしない白は、長く過ごしたあの場所を思い出させる。しかし、あの場所とは違って、ここはどこかあたたかい。


「う、うん…」

「あれ…?」


聞こえる二つの声。振り返ると、身を起こす二つの影があった。彼はそっと彼らに近付く。目を擦る少女の手を取って、彼は笑った。擦っちゃだめだよ。少女はひとつ頷いて、大きな目を真ん丸にして、泣き笑いの顔を作った。


「うん」


少女の大きな瞳から、次々と、美しい雫が流れた。


世界は滅んだんだよ。何て事ないように彼は言った。もうあれから何年経ったか分からないけど。ボクらの知っている世界はもうないんだ。何も無いんだ。彼の言葉に少女も親友もぽかんと口を開けていたけれど、顔を見合わせてくすくすと笑った。


「世界に何もなくても、私たちはここにいるじゃない!」


最初から始めようかと親友は笑った。新しい世界には何がいるかな。少女も笑った。そんな二人を見つめるオレたちに、二人は揃って首を傾げる。どうしたの。こちらの台詞だと言うと、親友は笑った。


「とりあえず、新しい世界にこんなガラスの壁はいらないね」


ガラスの壁は美しい羽根になって空を舞った。
彼は舞い落ちた一枚の羽根を手にした。あんなに頑丈だったガラスの壁はこんなにも脆いものだったんだね。笑った顔はどこか寂しげだった。


「ねえねえ、なにをつくろうか」

「世界をなにで満たそうか」


彼は、勇者は、へらりと笑う。


「光と笑顔と幸せと、それから希望をひとふり」


世界はうつくしく、輝いた。




真っ白な世界にはたったひとつだけ家があった。四方をガラスの壁に囲まれた、小さな小さな家だった。
そこには青年が三人と少女が一人。"世界のはじまり"と呼ばれる彼らは、ガラスの世界から光と笑顔と幸せと、それから小さな希望に満ちた世界を眺めては、しあわせだと笑っている。


そんな、おとぎ話。




20140105


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