今年はどんな一年だったかなあ。アルバさんがそんなことをぽつりと呟いた。私はクッキーを食べる手を止めてアルバさんを見る。アルバさんは私の視線に気付いたのか勉強の手を止めてへらりと笑った。
「ルキはどうだった?」
楽しかった?悲しかった?つらかった?嬉しかった?
そう矢継ぎ早に問い掛けるアルバさんの表情はどこか冴えないもので、私は困ってしまう。一年の終わりだと言うのにその顔。どうしてそんな顔をしているの。どうしたの。聞きたくても聞けなくて、聞いてもいいのか分からなくて、私は私をじっと見つめるアルバさんから目を逸らした。
「…楽しかったよ」
誤魔化すようにクッキーをひとくち。楽しかったというのは本当だ。アルバさんと出会って、ロスさんと出会って、旅をして、色んな人に出会って、色んなことを体験して、本当に、本当にいろいろなことがあった。楽しいだけの一年じゃなかったけど、総合すれば楽しかった一年だったと思う。
そう、とアルバさんは言った。やっぱり暗い表情。私が楽しかったって言ってるんだからもうちょっと楽しそうな顔をしてくれたらいいのに。紅茶をひとくち、クッキーをもうひとくち。出会った頃はあんなに分かりやすかったアルバさんの考えてることがいつの間にか全然分からなくなってしまった。それは少し寂しい。
「楽しかったならいいんだ」
変なアルバさん。どうしてそんな寂しそうな顔をするの。私は何も言えないまま、アルバさんが課題に向き合うのを見ていた。そんなとき。
ぶん、と空間が揺れた。私にはよく慣れた感覚。空間に真っ黒な穴が空いて、そこから真っ黒い人が飛び出してきた。ちらりと見えた口元はそりゃあもう楽しそうに歪んでいた。なんて悪い顔なの。
「はーい!勇者さん!こーんばーんはー!」
「は?え!?はあ!?ぶげっ!」
どんがらがっしゃん。穴から飛び出してきた真っ黒い人は見事にアルバさんの頭に着地。彼の諸々を受け止めたアルバさんは椅子から転げ落ちて地面と熱烈なキスを交わしていた。トドメを刺すかのように蹲るアルバさんの頭を踏み付ける真っ黒い人、もとい、ロスさん。
「なんですか勇者さん年の瀬までこんな薄暗い洞窟に引きこもってうじうじしてるんですかどんだけ牢屋が好きなんですか正直引きますこのウジ虫が!」
「ロスさんロスさん。それじゃあアルバさんが喋れないよ」
仕方がないからアルバさんの代わりにそう突っ込んであげたら、ロスさんは渋々といった様子でアルバさんの上からどいた。アルバさんからは小さな啜り泣きの声が聞こえる。あーあ、泣かした。私が睨んでもロスさんはどこ吹く風である。
「お前…来るなら来るって言っとけよ…」
「何でオレが何かをするのに勇者さんの許可を得なくちゃいけないんですか」
「ここ…一応ボクの家だからね…」
家だって認めちゃうんだ。はは、と思わず乾いた笑いを漏らしてしまう。本当にアルバさんはこれだから。ロスさんも同じ事を思ったのか、からかうこともせず呆れたようにアルバさんを見ていた。彼はただ啜り泣くばかりである。
「で?」
「は?」
「あんたは今年一年どうだったんですか」
ロスさん、どこから聞いてたんだろう。パパにツクールくんを借りて何か魔法を使っていたのだろうか。そんなことを思ってしまうような問いだった。アルバさんの表情が固まる。
「…お、お前こそどうだったんだよ!」
アルバさんがロスさんに問う。ロスさんの顔が不機嫌そうに強張る。あ、怒らせた。私にでも分かるのだ、私よりも多くの時間を共に過ごしたアルバさんにその変化が分からないはずがない。ひくりと口元を引き攣らせてアルバさんはロスさんから目を逸らした。
「いい一年でしたよ」
「…え?」
いい一年でした、とロスさんは繰り返す。おろおろと視線を彷徨わせる私に気付いたロスさんが私の頭を優しく撫でた。そうしてロスさんはゆっくりと話し出す。
「この一年、色々なことがありましたね」
「うん」
「勇者さんが投獄されたり、投獄されたり、投獄されたり」
「お前の中のボクってどんなイメージなんだよ!」
アルバさんのツッコミにくすりと笑って、ロスさんは続ける。
「たくさんの人に会いました。敵も味方も、いいやつも悪いやつも、変なやつも面白いやつも。数え切れない人に出会いましたね」
私とアルバさんは揃ってロスさんを見た。ロスさんは私たちを見ている。その顔に先程感じた不機嫌さは見えなかった。
「色々なことがありました。オレはそんな一年を生きました。長い長い一年でした。思い出したらキリがないくらい、濃い一年でしたよ」
ロスさんはふ、と笑った。珍しい表情だ。私の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜて、もう片方の手でアルバさんの肩を掴んで引き寄せる。わあ、と私たちが声を上げると、ロスさんはくつくつと笑い声を漏らす。
「楽しかったです」
あんたたちがいたから。その後に小さく続いた言葉。私の目の前にいたアルバさんが目を見開いた。
「ねえ、勇者さん。オレもルキも、この一年楽しかったんですよ。あんたのお陰で。あんたはどうなんですか?」
アルバさんがくだらないことで悩んでいたことなんかお見通しなんだなあ。絆だなあ。こんなことを言ったらたぶん怒られるから言わないけど、私は笑ってしまった。ロスさんはすごい。
アルバさんはその大きな目を更に大きく丸くして。ぼろぼろと、涙を零した。ロスさんは笑ったままアルバさんを罵倒しているけど、その言葉にいつものような毒はない。年の瀬だしな、年の瀬だしね。私たちはくすりくすくす、笑う。
「ぼ、ボクだって…楽しかったよおおおっ!」
ロス、ルキ!私たちの名前を呼ぶアルバさんの声は涙に濡れてぐずぐずだ。もう何を言ってるかわからないけど、とにかく何か言ってるのだけは分かった。
何を勝手に一人で思い悩んでいたんだか。私たちはとても素敵な一年を過ごせたのに。他でもない、アルバさんのお陰で。まったくもう、世話が焼けるなあ。ロスさんは、汚いです、と言いながらもアルバさんを突き放すことはしない。何だかんだと、私たちはアルバさんに甘いのだ。
「来年はどんな年にしようか」
「今年よりももっともーっと楽しい年にしたいね!」
「勇者さんに美味いものをたかり続けるのもアリだな」
「アルバさん、地位とお金だけはあるもんね」
「あとは?」
「そうだなあ」
「来年はっ!」
アルバさんが声を上げる。洞窟に響く声。涙を乱暴に拭って、私とロスさんの手を取って、いつもの、あの真っ直ぐな笑顔を浮かべて。アルバさんが言う。
「旅に出よう!」
また一緒に!そう言い切ったアルバさんのドヤ顔がちょっと気に食わなかったから肘で脇腹を殴った。ロスさんは拳を握って肋骨に一撃を食らわせる。呻くアルバさん。伝説の勇者とは到底思えない姿だなあとしみじみ思ってしまった。
「そんなことあんたに言われるまでもないですよ」
「そうそう!あとはアルバさんが準備するだけなんだからね!」
私たちの言葉にまたぶわりと涙を溢れさせて、それを慌てて拭って、にかりと笑う。
かちかち。刻む時計を指差して、私たちは笑う。ほらほら、今年ももう終わるよ!勇者さんがくだらないことで悩んでるから。ボクのせいだっけ!?
「今年一年、ありがとう!」
かちかち。かちかち。かち。時計の短針と長針が重なり合う。
「今年もよろしくね!アルバさん、ロスさん!」
二人まとめてぎゅーっと抱き締めて、最高の一年の始まりを!
「今年も大好き!」
ハッピー・ハッピー・ハッピー・ニューイヤー!
(今年も大変お世話になりました!)
(来年もどうぞよろしくお願いします!)
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