senyu | ナノ






「伝説のギャンブラー?」

「そう。何でも若い男の二人組らしくて。ひとりは絶対的な幸運を持ち、ひとりは必ず勝利にたどり着く手を持っているらしい」

「へえ。本当にそんなやつらがいるなら一度会ってみたいね」

「やめとけ。カジノがすっからかんになるっていう話だ。遭遇したら最後、俺達の仕事がなくなるだけさ」


ところで向こう、えらく盛り上がってるな。何かあったのか。男がそう口にしようとしたとき、耳に飛び込んできたのは大勢の歓声だった。男たちは慌てて振り返り、そうしていつの間にかできていた人だかりの中に突っ込んでいく。
勤め始めてから日が浅いとは言え、男たちはこの絢爛豪華なカジノの従業員である。トラブルが起きているならば解決に尽力しなければならないし、それが仕事である。
男二人は人ごみを掻き分け、掻き分け。そうして、最前列までやって来て、ようやくその中心を見た。


「あ、また当たった」


うず高く積まれたチップの山、山、山。白い小さな玉を手に取って、まだ年端もいかないような少年がチップを前に眉を寄せていた。積まれたチップの下、少年が賭けていたのは赤の5――言われなければどこに賭けているのか分かりやしない――である。ボールが入っているのも赤の5。つまり、少年は勝者だった。
がさり。少年の元へと寄せられるチップ。苦虫を百匹は噛み潰したような顔で、ディーラーがチップを寄せていた。男たちはあんぐりと口を開ける。


「え?…は?」

「…ウソだろ?」


思わず声が出てしまうのは仕方がない。あんなに積まれたチップは初めて見る。換金すればいくらだ。男の頭の中が数字で埋め尽くされていく。


「黒の4。全額」


少年はへらりと笑い、次のゲームへベットする。これ全部で。少年はなんて事ないように、彼が今まで稼いだのであろうチップを全て賭ける。次のゲームで負けてしまえば、当然彼の手元には何も残らない。だが、彼がこれに勝てば。
誰からともなくごくりと生唾を飲み込んで、少年を見ていた。ディーラーは努めて無表情を装い、そうしてルーレットを回す。からん、投げ入れられるボール。からから、涼やかな音を鳴らして。ゆっくりゆっくり、ルーレットは回転率を下げていく。


からから、かたん。
その瞬間、誰もが息を呑んだ。


「あ、やった」


玉が落ちたのは、黒の4。それが示すものは、即ち。


「えっと…これでルーレット分は全部かな?」


ルーレットに分配されているチップがすべて、少年の手に渡ったということで。


「じゃあ次はどこに行こうかなー」


少年は呑気に鼻歌を歌いながら席を立った。彼が進む先に、自然と道が出来上がる。人々が彼の通る道を作り上げる。
誰もが物音ひとつ立てることなく少年の後姿を見送っていた。あの人のよさそうな少年の手には、何千何万という莫大な額の金が握られている。それを羨む者はそこにはいなかった。


「お、おい…」

「…なんだよ」

「向こうには何があるんだ…?」


男が指し示した先にはもう一つの人だかりがあった。少年は真っ直ぐにそちらへと歩いていく。男たちは少年の背中を追いかけ、ふわふわと揺れる狐色の髪を見ていた。
少年はするすると人だかりの間を縫っていく。男たちはそれに続く。輪の中心には、見目麗しい青年が一人。赤い目を爛々と輝かせて、手に持ったトランプのカードを眺めていた。にやり、不敵に上がる口角。ディーラーはその笑みに、びくりと肩を揺らした。


「…コール」

「レイズ、全額」


青年の言葉にディーラーは歯ぎしりをする。青年は先ほどの少年ほどではないが、大量のチップを押しやった。同じテーブルに座る人間が数人。彼らは既にドロップしたのだろう。手元にカードはない。


「ドロー」

「パス」


ディーラーがカードを交換する。青年は動かない。つまらなそうに手札を眺めているだけである。ディーラーは今にも泣きだしそうな顔でカードを見ている。
カードを見て、青年を見て、チップを見て、ディーラーは天を仰いだ。カードを持つ手が大きく震える。青年はそんなディーラーの様子もどこ吹く風である。青年の様子を見た少年が、うわあ、と心底嫌そうに顔を歪めた。
ディーラーが大きく息を吸い込んだ。チップが照明を弾いて鈍く光る。彼が持つカードは、テーブルの上にそっと置かれた。


「…ドロップです」


上がる歓声。青年が意地の悪い笑みを浮かべ、少年が額に手をやった。はああ、吐き出される息は重い。青年がテーブルの上のチップを総取りし、席を立つ。振り向き様に、先程まで彼の手の中にあったカードをテーブルに放り投げた。


「ま、役なんて揃ってないんですけどね」


ばらまかれた五枚のカード。それはてんでバラバラなマークと数字だった。響く嘆きの声。参加者とディーラー、揃いも揃って頭を抱えていた。沸いているのは観客ばかりである。
青年は満足そうに笑い、人だかりを抜ける。先程少年がそうだったように、鼻歌でも聞こえてきそうなほどに上機嫌な彼は、人だかりから少し離れた場所に立つ少年を見付けるなりそちらへと足を向ける。少年は呆れ顔をしていた。


少年と青年。関わり合いそうにない二人が親しげに話している姿は異様と言っても過言ではないかもしれない。青年は近付き様に少年の腹を殴り、少年は涙を浮かべた目できゃんきゃんと吠えた。青年は勝負に勝ったときの笑顔よりも数倍楽しそうな顔で笑う。少年もあれが本来の姿なのだろう、ルーレットに挑んでいる時よりもいくらか生き生きとした表情を見せていた。


そんな彼らを目で追っていたカジノ従業員の男二人は、その後二人の間で交わされる会話で悟るのである。


「首尾はどうですか」

「上々だよ。お前は相変わらずやることがえげつないな」

「ポーカーなんて人を騙せてナンボでしょう。まあ、あなたには一生無理でしょうけど」

「よく言うよ。ルーレットじゃボクに勝ったことないくせに」

「…何か言いましたか、アルバさん」

「いいえなんでもありません。それよりロス、このお金どうする?」

「まあ正直こんなにいらないですからね。必要な分だけ換金してまたどこかのカジノに行きましょうか」

「いいね!次はスロットがあるところに行きたい!」


ああ、彼らこそ。伝説のギャンブラー、アルバトロスだったのだと。






運と策略と、それから愛をひとつまみ
(勝負に勝つにはそれだけあれば充分だ。)






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