senyu | ナノ






最初のきっかけが何だったかはもう思い出せない。たぶん、買ってきたプリンを食べただろとか、そんな些細なことだったように思う。ボクが買ってきてって頼んでたプリンだったのに!元はと言えばオレの金でしょう。やっていいことと悪いことがあるだろう!勇者さんにそんなことを言う権利があると思ってるんですか。
普段のボクならたぶんこんなに怒らない。別にプリン一個くらいまた買ってくればいいや、って。そのくらいにしか思わないだろう。でも、今回はなんだか無性にイラついて。薄暗くてじめじめしている洞窟とやってもやっても終わらない課題に気が滅入っていたのだろう。だから、あいつの何気ない行動が頭にきて。腹が立って。
ボクはこんなに怒ってるのに、あいつはあろうことか鼻で笑いながら静かに反論してくる。それにまた苛々して、語気が荒くなって、それなのにあいつは冷静で、苛々して。


「っお前何なんだよ!」


たぶん、この一言がきっかけだ。たぶん。もう全然覚えてない。頭の中の冷静な自分が、ボクのことを罵っている。お前バカだなあ。あいつにそんなこと言ったって、きっと馬鹿にされるだけなのに。


「お前はいつもいつも!ボクのこと馬鹿にして!お前の方が馬鹿のくせに!」

「はあ?オレが勇者さんより馬鹿?天地がひっくり返ってもあり得ないですね」

「はああ!?ふざけんなよ、お前バカじゃん!」

「ちょっと落ち着いてください勇者さん。この天才のオレのどこが馬鹿だって言うんですか」

「自分のことを大切にしないところ!顧みないところ!傷付いてるのに平気なフリしてるところ!本当は阿呆みたいに優しいくせに無駄に意地っ張りなところっ!」

「…ちょ、ちょっと待ってください。それとこれと何の関係が…」

「前から言いたかったんだけどなあ!ボクは、お前のそういうところがだいっきらいなんだよっ!」

「…はあ…?」


あ、やばい。なんか地雷踏み抜いたかも。言い切ってすっきりしたボクの頭が警鐘を鳴らす。聞こえてきたのは地を這うような低い声だった。あれだけ言っといて表情を伺うことなんてできない。だけど、見なくても分かる。人を殺せるくらい凄絶な顔をしてる。間違いない。


「言うじゃないですか」


やばい。やばいやばい。冷や汗がたらりと垂れた。今更引き下がれない。どうしよう、どうしよう。心も頭もぐちゃぐちゃで、そのくせ口は絶好調。考える前に言葉が出る。やばい、止まれ。念じても口からはぽんぽんと言葉が飛び出た。


「だ、大体、なんでいつも人を頼らないんだよ!自分一人で片付けるのがかっこいいとでも思ってるのかよっ!ふざけんなよ!こっちがどれだけやきもきしてると…っ」

「っふざけんなはこっちの台詞だっ!」


きいん、と洞窟内にあいつの声が響き渡った。驚いたボクは思わず口を噤む。初めて聞いた怒鳴り声は、想像していたよりも遥かに恐ろしくて、心臓が跳ねた。どくどく、すごい動きをする心臓とは反対に、さあ、と頭に上っていた血が下りていく。目の前がちかちかする。やばい、これ、ボク死ぬかも。


「な、んだよ…!お前に、何か言われるようなこと…!」

「あんた、オレの前で何回死んだ!?二回だぞ!?そんなにオレのトラウマ抉って楽しいか!?ああ!?」

「は、え、ちょ、」

「自分を顧みない?人を頼らない?こっちの台詞だこのクソヤロウ!あんたがこんなところに閉じこめられてるって聞いた時のオレたちの気持ちを、少しでも考えたことあるのかよっ!」


ボクの襟首を掴んであいつは怒鳴る。今まで見たことないくらい燃えた瞳の中にボクが映っている。彼の瞳に映るボクはさっきまでの激昂なんか忘れて焦ったように視線を揺らめかせていた。
襟首を掴んだ方とは逆の手では拳が握られている。力を入れ過ぎて真っ白だ。これで殴られたら痛いだろうなあ。ぼんやりと考えた。あんなに苛立っていた気持ちはあいつの怒鳴り声でどこかに吹っ飛んでしまったらしかった。


「望んでもないのに誰彼構わず手を差し伸べて、それに縋るように仕向けておいて、オレたちが差し出した手には触れようともしない!自己犠牲がかっこいいと思ってるのはあんたの方だろうが!」

「なっ!ボクがいつそんなことしたって言うんだよ!」

「いつ?いつとかいう話じゃないんですよこのゴミ虫!」

「はああ!?」

「お前が…っ!あんたが!……っ」


俯く。襟首を握られているボクは、今度こそ本当に彼の表情を伺うことは出来ない。震えている。なんだよ、なんなんだよ。


「…言いたいことがあるなら言えよ」


なんでいつも何も言わないんだよ。大事なことは全部ぜんぶ、口には出してくれない。自分の中に封じて、ボクには何も言ってくれない。言ってくれなきゃわかんないだろ。ボクはお前の気持ちを量り知ることなんてできないんだ。ボクはお前が言うように馬鹿だから。


「言わなきゃ分かんないんだよ!言えよっ!」


腕を掴んだ。ボクの襟首からあっさりと離れた手を掴んで、詰め寄る。顔を見る。表情が抜け落ちているくせにぎらぎらと光る目。ボクを見ている。


「っだから!」


言葉を飲み込むな。言えよ。どうして我慢するんだ。だから、だから。


「お前の、そういうところが…!大嫌いだって、言ってるんだ…!」


ボクはそんなに頼りないか。言いたいことも言えないような仲だったか。仲間だと、友達だと思ってたのはボクだけか。ふざけんなよ。やっぱり、ふざけんなはボクの台詞じゃないか。ふざけんなよ。


ぎり、と歯ぎしりの音がした。はっとして顔を上げたときにはもう遅かった。ずっと握り締められていて真っ白になっていたあの拳が、ボクの頬めがけて飛んできた。当然、至近距離にいたボクはその拳を避けることも出来ず。がつん、頭に衝撃が走って、次の瞬間にはボクは地面に倒れ込んでいた。


「今までの言葉、そっくりそのまま、全部。お返しします。勇者さん」


笑っていた。ぞっとするほど綺麗に。笑っていた。


「自分のことを大切にしないのは誰ですか?自己犠牲が過ぎるのは誰ですか?全部ひとりでやろうとするのは誰ですか…!」


ボクは起き上がることも出来ずに、ただただ地面からあいつを見上げていた。笑顔が削げ落ちて、また無表情になって。言葉を発しながら歪んでいく顔。歯を食いしばった。眉間に皺を寄せた。表情が、変化していく。


「何も言わないのは誰ですか…!何もっ!オレに何も言わせてくれないのはあんたじゃないかっ!」


腹部にあいつの長い足が埋まった。見た目に反して軽い衝撃。そんなに痛くなかった。蹴られた腹部よりも、頭が痛かった。目が熱かった。


「何だよ、なんなんだよっ!あんただって頼れよ!勇者だから何なんだよ!オレみたいな人間のためだけに世界滅ぼそうとしてた奴が、調子に乗るんじゃねえよっ!」


ガキのくせに。弱いくせに。一人で何でもしようなんて千年早いんだよ。千年経ったって、独りじゃどうしようもなかったんだよ。たった数年生きたくらいで、へっぽこ勇者に大層なことができるわけないだろ。頼れよ。仲間だろうが。友達、なんだろうが。
言い募る。あいつの声は。震えていた。なんだよ、お前も、同じこと思ってたのかよ。


「…なんだよ、ここ。いつの間にブーメラン大会の会場になったんだっけ」

「…知りませんよ」


なんだか妙に可笑しくなって、笑ってしまった。そうしたらあいつも腹を抱えて笑い出した。ボクは頬が痛かったからとりあえず回復魔法を掛けておいた。魔法を掛けた上から殴られた。


「嫌いって嘘だから」

「クソヤロウは撤回しませんね」

「でもお前の、ああやって言葉を飲み込む癖は何とかしてほしいと思う」

「勇者さんのくせに一丁前に偉そうな口聞くのやめてください」

「プリン食べたことはまだ怒ってる」

「プリンくらいでうだうだうだうだ。器の小さい勇者ですね」

「楽しみだったのっ!」

「そうですか。じゃあ次もオレがいただきますね」

「お前なあ!」


立てますか。差し伸べられた手を掴んだ。爪が食い込んだらしいその手には切り傷ができていたから、そっと回復魔法を使った。いつもと変わらない様子で定位置に座る。教科書を開いて、ずきずきと痛む頬にばれないようにもう一度回復魔法を使う。たぶんばれていたけど、あいつは何も言わなかった。


「そういえばこれ。こないだ行った街の名産らしいです」

「へえ。何これ。焼き菓子?」

「みたいですよ。クレアがいたく気に入って、渡した小遣い全部これにしてきやがったんで」

「よっぽど美味しかったんだね。貰っていいの?」

「どうぞ。オレはもう食べ飽きました」


焼き菓子の包みを開けて、ひとくち齧る。ほのかな甘さが広がる。美味しい、と笑えば、そうですか、と声が返ってきた。鉛筆を握った。参考書を捲る音がする。


ええと、なんであんなに派手に喧嘩したんだっけ。知りません。






ドローゲームの上の勝者
(喧嘩もするよ。ともだちだからね。)






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