senyu | ナノ






「泣けよ」


オレの前に来るなり、あの人は情けない顔でそう言った。何言ってるんですかあんた、といつもの調子で言えば、オレの前に膝をついて、尋常じゃない力でオレの肩を掴んだ。


「いいから泣けよっ!泣け、さっさと泣け!」


人に泣くことを強要しながら、今にも泣きそうな顔をしている。死にそうな顔をしている。そうやってオレの肩を握り潰さんばかりに感情的になっているその人は、それでも冷静にオレに回復魔法を掛けている。さすが得意分野だなあと思わないでもない。


「お前が!お前が、泣いてくれたら!つらそうに悲しそうに苦しそうにしてくれたら!ボクはお前のことを助けてやれるだろうっ!」


俯いた彼の表情は分からない。乾いた地面の色が変わる。ぼたぼた、落ちる。声が震えている。怒鳴りつけている。吐き捨てている。何をそんなに怒っているんだ。分からないこともないけれど、分かりたくはなかった。


「お前が何でもないふりをしてたら、ボクはお前のことを助けてやれない!ボクはお前が苦しんでいるのを知っていて、お前に何もしてやれないんだ!」


肩を握る手の力は緩まらない。真っ直ぐにぶつけてくる。お前を助けたいんだ、そう叫ぶ。泣け、と言われて泣けるものじゃない。涙は、この千年でどこかに行ってしまったんだ。あの日、あの岩の上で。荒野を見下ろしながら、手の中の小さなものを感じながら。流した涙が、最後だったのだ。涙は、もうない。そのはずだ。


「だから泣けよ!泣いて、つらいって、苦しい悲しいって言えよ!言ってくれよ!お前が、そう言ってくれたら…」


それでもお前はオレに泣けというのか。泣いたって何も変わらないのに。オレが泣いたらどうするんだ。オレがそう言ってどうするんだ。あんたはどうするんだ。何をしてくれるんだ。なあ、教えてくれよ。
顔を上げたその人の、顔は。みっともないのに。強くて。


「ボクは、勇者としてじゃなく、お前の友達として、お前のことを助けてやれるだろう…!」


友達。友達は、助け合うものなのか。そんなことは知らない。勇者としてじゃなく、友達として。オレを、助ける。何だそれ。そんなことは、知らない。知らないけれど、どこか、大切な部分が、痛くて、熱くて。そうか、と。助けてくれるのか、と。
安心して、嬉しくて、馬鹿みたいだと思って、ぐちゃぐちゃで、もう分からなくて。


「泣けよ…!さっさと泣いてくれよ、シオン…!」


ぼろり、ぼろり。大きな瞳からは大きな雫が零れ落ちる。みっともなく泣いて、オレの肩を掴んで、その両手をオレの血で真っ赤に染めながら。泣け、泣けよ、と細い声で告げている。
何を言ってるんですか、誰が助けなんて求めましたか。オレはずっと、ひとりで戦ってきたんです。今更助けなんて必要ないんです。ほら、そう言えばいいじゃないか。何でも受け入れてくれるこの人は、きっとその言葉も真に受けてオレをひとりにしてくれるだろう。


「…ぅ…あ、」


だけど言葉は出てこない。言いたい言葉は出てこない。出てくるのは、あの人と同じようなみっともない声。喉の奥が痛い。目頭が熱い。どうしようもなく胸が苦しい。掻き毟る。苦しい、苦しい。


「…泣けって言ってんだろ」

「誰があんたの前で泣くか」

「いいからさっさと泣け。泣いて、つらいんだって言え」


お前のその一言で、ボクはお前のために動けるんだ。勇者としてじゃなく、ひとりの友達を助けるために。勇者アルバとしてじゃなく、シオンの友達のアルバとして。世界も何もかもをかなぐり捨てて、お前のためだけに動けるんだよ。
真っ黒な瞳を涙で濡らして、強く強く光る目はただオレのことだけを見ている。待っている。オレが本音を漏らすのを待っている。一言たりとも聞き逃すまいと、オレの目を見ている。ああ、もう。本当にこの人は馬鹿だ。オレが人のことを言えたものじゃないけど。


「泣け、シオン」


ぼろり、ぼろり。目から熱いものが流れ出した。それを拭うことなく、ただひたすらにそれを流した。霞んだ視界であの人を見れば、あの人は心底安心した様子で笑っていた。何でそんな顔で笑うんだ、人の泣き顔を見て、悪趣味な。言葉は喉で詰まって、その代わりにヘタクソな泣き声が口から漏れた。


「…なんでオレばっかり、こんな目に遭わなきゃいけないんですか…っ!」


ろくに動かない身体だけれど、すぐ近くにいるあの人の襟首を握り締めることくらいはできる。あの人の襟首を掴んで、引き寄せて、情けない顔をして笑っているあの人に、怒鳴りつける。理不尽を、悲しみを、苦しみを。ずっとずっと隠してきた本音を。


「いい加減にしろよ!オレが何したって言うんだよっ!オレが、オレは…っ!」


ただ、日常が欲しかっただけなのに。叫んだ言葉が、響く。


「もう十分、罰だって受けただろう…!今更オレにどうしろって言うんだ!」


悔しい、苦しい。悲しい。つらい。閉じこめてきた感情が弾け飛ぶ。涙となって、言葉となって。行く宛てもなく飛び出したそれを、目の前のこいつはひとつ残らず拾い上げた。


「くそ…っ!」


あの人の襟首を掴んでいない方の手を、地面へ叩き付ける。とんでもない音がしたけれど、すぐにそれは淡い光によって癒される。無駄に器用になった目の前のこいつにも腹が立つ。くそ、くそ。吐き捨てたって、胸の中に燻っている炎は収まらない。涙は、滔々と、頬を伝って。乾いた地面に染みこんだ。


「はは、」


笑い声。顔を上げると、みっともなく、情けなく。涙や鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、あの人が笑っていた。


「じゃあボクが、お前の力になってやる」


オレの両手をしっかりと掴んで、オレを立たせる。すっかり立ち上がる気力を失くしていたオレを、無理矢理に、もう一度、立たせて。手を引いて、背中を叩く。


「行くぞ、シオン」


この理不尽を、叩き壊してやれ。ぼたり、最後にひとつ、涙を落として。視界を奪う目障りなそいつを、血に塗れた服で拭った。




視界は良好、身体も動かない部分は無い。血が足りなくて少し頭が重いけれど、さしたる問題ではない。さあ、立ち上がれ。立ち向かえ。今度のオレはひとりじゃない。馬鹿みたいに心強い友達が、付いている。






スタンダップ・ユーアーヒーロー!
(馬鹿みたいな現実も、もう怖くないだろ!)






130902


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