senyu | ナノ






最初は本当に小さなことから始まったと記憶している。




お城を旅立ってから数日。休息のためにたまたま立ち寄った村で、村人の一人が困った顔をしていた。超がつくほどお人よしのあの人がそれを見過ごすはずがなく、迷うことなく声を掛けていた。
村人は、荷物を届けに隣の村まで行かなければならないのだが、足を怪我してしまったのだ、とあの人に話した。あの人は少しだけ悩んだような素振りをした後、よかったら代わりに行ってきましょうか、と言った。
幸い、隣の村は歩いても数時間程度の距離だ。余程のことがない限り日付が変わる前にはこの村に戻ってくることができる。村人はとても嬉しそうな顔をして、よろしくお願いします、とあの人に荷物を渡した。あの人はその荷物を大事そうに抱えて、ルキちゃんはここで待っててね、と言った。

走り出す彼。見送る私と村人。
村人はお礼に、と宿を提供してくれた。今時珍しいいい子だね、と言っていたので、あの人は勇者なんですよ、と教えてあげた。すると村人は驚いたように目を見開いて、あんな子供が勇者をしているのか、と言った。すごいね、と表情を和らげてくれたから、私も少し嬉しくなって頷いた。
帰ってきた彼に、村人の奥さんが手料理を振る舞ってくれた。料理はとても美味しかった。お礼を言われると、あの人はへらりと笑っていた。笑った顔は子供っぽかった。




次は確か、道中での出来事だったと思う。
商人のような人が数人で立ち往生していた。どうしたのかと声を掛けると、その先に魔物がいて通れないのだと言う。あの人はやっぱり少しだけ悩んだような素振りをした後、ちょっと様子を見てきます、と走り出してしまった。
あの人は物凄く足が速い。私じゃ到底追いつけないスピードで行ってしまった彼を頑張って追いかける。ゲートを使うことも忘れて、走って走って、少し息が苦しくなったくらいの場所で、さっきの人たちが言ってただろう魔物と戦うあの人を見つけた。
あの人はぼろぼろで、色んなところから血を流していて、私は思わず名前を呼んでしまった。私を視界に入れたあの人は、見たことのないような表情で来るな、と叫んだ。叫んで勢いがついたのか、剣で魔物を押し返す。魔物が怯んだ隙に一太刀浴びせて、魔物はそのまま消えてしまった。

弱いくせに何してるの、と怪我の様子を見ながら怒ると、さっきの顔が嘘みたいに情けない顔をして、死ぬかと思った、と笑った。死んだらどうしようもないんだよ、と続けて怒鳴ったら、あの人は少しだけ表情を曇らせて謝った。謝るくらいなら無茶しないでほしいと思った。




それから、あの人はいろんなところで困った人を見つけていた。センサーでも付いてるんじゃないかって思うくらい、本当に行く先々で困っている人を見つけていた。
泥棒に遭った、魔物に村が荒らされている、雨漏りがひどい、隣の村に行きたいけれど一人じゃ怖くて行けない、猫がいなくなった、お金がなくて食べるものがない。
どんなに些細なことも、あの人は親身になって聞いていた。そして助けていた。特に見返りを求めるわけでもなく、ただただ人助けをしていた。人助けをするために旅をしているのかと思うくらいだった。




あの人は何度もぼろぼろになっていた。たくさん怪我をしていたし、血も流していたし、酷い時には数日動けなかったことだってある。その度に、あいつに鍛えられてるから大丈夫、だなんて笑っていた。どう考えても前の旅の時より酷い怪我を負っているのに。
どうしてそんなに頑張るの、と聞いてしまったことがある。あの人は、あいつに会った時に少しくらい自慢することが欲しいだろ、と言ってへらりと笑っていた。馬鹿じゃないのかな、と思った。




いつの間にかあの人は有名になっていた。無償で人助けをしてくれる勇者様がいる。彼に頼めば何だってしてくれる、と。
あの人はどんなに頼まれても名乗ることはなかったから、彼の異名だけが広く知れ渡ることになった。そしていつしか、どこを訪れても彼の姿を見た村人がこう言いながら集まってくるようになった。――勇者レッドフォックス様、どうか助けてください。
本人はレッドフォックス、という名前を気に入ってるらしかった。そんなところは子供だった。レッドフォックスってかっこいいよね、とうきうきしていたから、ロスさんがそれを聞いたらきっと鼻で笑うね、と言っておいた。ちょっと落ち込んでいた。




最初に出会った頃から全然変わっていないように見えて、あの人はどんどん成長していった。もともと要領がいいのか、剣だってすぐに使いこなせるようになった。前の旅の時にロスさんがやっていたようなことだって、すぐにできるようになっていた。
背が伸びた。筋肉がついてがっしりしてきた。人を頼らなくなった。頼られるようになった。剣を振る姿だって様になっているし、見る人が安心するような頼もしい顔もできるようになった。
唯一ツッコミスキルだけは上がっていなかった。私と二人じゃ、そんなにツッコミを入れることもなかったから。

あんなに魔物にこてんぱんにやられたり、自信がなさそうにしていたのが嘘のようだった。あれからたった一年しか経ってないのに。名ばかりの勇者の称号が、今ではとても彼に似合っていた。

勇者っぽいね、と言ったら、彼はいつだって困ったような顔をするのだけれど。




だけど私は知っていた。あの人がたまに魘されていること。眠れない夜を過ごして、何かを振り払うかのように剣の稽古に没頭していること。たまにどこか遠くを見ていること。無理して笑っているときがあること。
知っていたけど知らないふりをした。知られてほしくなさそうだったから、私は何も知らないふりをした。彼は私に、一度だって弱音を吐かなかった。




いっつも前だけを見てた、かっこいいアルバさん。
ロスさんを助けるためだけに頑張っていたアルバさん。
そこらへんの勇者よりも勇者っぽくなったアルバさん。

アルバさんはすごいんだ。誰よりも一番近くで見てきた私が言うんだから間違いない。アルバさんはすごい。本当にすごい。アルバさんはちゃんと勇者だ。




「それもこれも、ロスさんのためだったんだから。ちゃんと分かってる?」

「あーはいはい。分かってるよ」

「だからロスさん、素直にならなきゃダメだよ」

「オレはいつでも素直だろ」

「そうかなあ」


まあ結局、アルバさんが助けに行く前に、どうしたことかロスさんは一人で戻ってきたのだけれど。再会も偶然で、とってもあっさりしたものだったのだけれど。こういうとこは本当にアルバさんっぽいなあと思う。

魔界で勇者と名乗って捕まった迂闊なアルバさんを助けに行く途中。私の隣を歩いているのはロスさん。あのときのままの姿で、変わったことと言えば魔力が弱くなっていることくらい。劇的な成長を遂げたアルバさんと対照的だ。


「ロスさんがアルバさんのこと大切に思ってるのは見てればすぐ分かるんだけど、アルバさんに伝わってるかは微妙だよね」

「あの人はバカだからな」

「あれ、否定しないんだね」

「……」

「やーい、ロスさんが照れた」


ぷーくすくす、笑ってやったらすごい顔で睨まれた。でもあんまり怖くないし、ちょっと懐かしい。ロスさんにまた会えて嬉しいのは私も一緒だ。私が笑うのをやめないから、ロスさんは諦めたように視線を外した。


「アルバさんはね、本当に頑張ってたんだよ」


知ってほしかった。あの人がどれだけ頑張ったのか、誰かに知ってほしかった。
他でもないこの人に、一番知ってほしかった。


「ねえロスさん。私たちの『勇者様』はすごいね」


そっぽを向いていたロスさんの表情が、ほんの少しだけやわらかいものになった。照れているようにも、嬉しそうにも見えた。それを見たらなんだか救われたような、報われたような気がして、心が温かくなった。


「…さっさとオレたちの『勇者様』を助けに行かないとな」

「うん!」


タイミングよく、鮫島さんの居場所を探っていたヤヌアさんが戻ってきた。行けるでござるよ、ヤヌアさんは準備万端みたいだ。




アルバさんと合流したらもっともっとたくさんロスさんに話して聞かせよう。アルバさんは照れるかもしれないけど、ロスさんも嫌がるかもしれないけど、それでもたくさん話したいことがある。もっともっと聞いてほしいんだ。

そのときは、これだけは絶対に言うんだ。

アルバさん、ロスさん。
私だって頑張ったんだからね、って。






パズルのピースを集めて
(私がいたあのとき、あなたがいるこのとき、)






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