senyu | ナノ






「ボクとゲームをしよう、シオン」


薄暗い洞窟の中。すっかりあの人の居住となってしまったそこで、月に一度の勉強会を開催している時だった。あの人は睨み付けていた教科書から顔を上げ、へらりと笑って見せる。


「…ゲーム?」

「そう。宝探しゲーム。やったことある?」

「随分前に、クレアとやったことがありますね」


あの人の考えているものとオレの考えているものに大きな差異がなければ、出されるヒントを元に隠された宝までたどり着くというものだったはずだ。そう言ってみると、あの人はそうそう、と大きく頷いた。


「ボクが宝物までのヒントを隠すからさ。シオンはそれを見付けて、宝物までたどり着いてよ」


洞窟の外を見ながらそう言うあの人の顔が、あんまりにも楽しそうだったから。いつもの暴言も忘れ、仕方ないな、と溜め息をついた。こんな時のあの人は、なんだかんだと強情だ。どうせ嫌だと言っても首を縦に振るまで譲らないに決まっている。


「付き合ってあげてもいいですよ」

「シオンならそう言ってくれると思った」


はい、とあの人はオレに一枚の紙を手渡した。それを開くと、地名らしきものがひとつ。


「最初のヒントだよ」


紙からは微かにあの人の魔力を感じて、何かの魔法がかけてあるようだった。魔力の制御はいつまで経っても安定しないくせに、無駄な魔力の使い方ばかり学んでくる。
最近見たことのない本が増えたと思っていたが、きっと課題の傍らで勉強していたのだろう。本を差し入れたのはあの小さな魔王か。呆れきってあの人を見ると、あの人は頬を掻きながら目を逸らした。ふざけやがって。


「舞台は、この世界」

「はあ?」

「タイムリミットは1年」


1年でゴールにたどり着いたらシオンの勝ち。それ以上かかったらボクの勝ち。どう?
笑いながらとんでもないことを言ってのけるあの人の脇腹を全力で殴って、手に握った紙を見る。随分と規模のでかいゲームだ。1年もかけて世界を巡ってこいと、そう言いたいのか。


「やる?やらない?」


にこにこと笑っているのに、どこか挑戦的なその顔。何だか無性に腹が立ったので、もう一発殴っておく。アバラが軋む音がした。あの人は腹を抱えて床に蹲っている。


「やってやろうじゃないですか」


挑発に乗るのはオレらしくないと思いながらも。あの人が珍しく面白そうなことを提案してきたのだ、たまには乗ってやるのも悪くない。にやり、笑って見せれば、あの人も同じように勝気な笑みを浮かべた。


「じゃあ、ルールを説明するね」


あの人が提示したルールは本当に数えるほどだった。

ひとつ、その1年の間はオレとあの人は一切会わないこと。魔力制御の勉強も自力で何とかするそうだ。
ひとつ、ヒントの紙には魔法が掛けてあって、最初のヒントとなる街に近付くと次のヒントの紙の隠し場所が浮かび上がること。万が一紙を失くした場合、行先さえ間違っていなければヒントの紙が勝手にオレを見つけるように細工がしてあるらしい。
ひとつ、リタイアしたい場合はちゃんとあの人に伝えること。勝手にいなくなったら心配するだろ、と眉を寄せていたあの人の額に渾身の力を籠めてデコピンをお見舞いしておいた。オレがリタイアなんかするわけないだろう。




舞台は世界、タイムリミットは1年。
馬鹿みたいに壮大な、あの人とオレとのゲーム。




「いってらっしゃい、シオン」


あの人に送り出されることは数多くあったけれど、こんな風に楽しそうに送り出されるのは初めてだ。旅を始めた頃のような幼い笑みで、あの人はオレに手を振った。


「帰ってきた時に魔力の制御ができてなかったら笑ってやりますね」

「絶対に制御してやるからな!」

「はっ。せいぜい頑張ってください」

「鼻で笑いやがった!」


それでは、と踵を返した。あの人はもう一度オレに向かっていってらっしゃい、と手を振る。それに片手を上げて応えて、洞窟の外で待つクレアと合流する。
宝探しゲームにはしゃぐクレアを黙らせて、あの人に貰ったヒントを見る。どうやら城下町からそう遠くないようだ。小さな魔王の手を借りて人間界に戻り、目的地をそこに定め。ゲームスタート。






最初の街は、小さなものだった。小さいが賑やかで、活気のある街。クレアが早速そわそわと駆け出そうとしていたので、しっかりと首根っこを捕まえておく。放っておくとどこに行くか分からない。
ぽう、とあの人に貰った紙が淡く光った。なるほど、こんな仕組みになっているのか。まじまじと観察する視線の先で、初めから書かれていた街の名前の下に新たな文字が浮かび上がる。


『赤い首輪のネコ』


浮かび上がった文字はたったのそれだけで、思わずぐしゃりと紙を握り潰した。落ち着いて、と宥めるクレアの腹を一発殴って気分を落ち着かせる。
もう一度紙を見る。書かれた文字は変わらない。なんだこれ、こんなヒントで探せというのか。赤い首輪のネコなんて、そこら中にいるだろうが。


「し、シーたん…」

「探す」


ゲーム開始直後につまずいただなんて、気に食わない。洞窟で必死に勉強しているだろうあの人を頭の中で一通りぼこぼこにしてから、オレは街の中を練り歩いた。帰ったら覚えておけ。舌打ち混じりに呟いた言葉に、隣を歩くクレアがびくりと肩を震わせた。



――結論から言えば、赤い首輪のネコはすぐに見つかった。



とりあえず一泊しようと、見付けた宿屋に入る。大きくも小さくもなく、温かみのあるいい宿屋である。店主も気さくで、ゆっくりしていってくれ、と部屋を少しだけ安く提供してくれた。
部屋に入り、荷物を下ろす。どこから探そうね、なんていうクレアの間延びした声を聞きながら、飲み物でも貰うかと部屋のドアを開けた。


なあ。鳴き声。足下に違和感を感じて視線を下ろせば、丸々と太った猫が足元に擦り寄っていた。首元に光るのは赤い首輪。そこに括り付けられた、魔力を滲ませた白い紙。なんとなく脱力する。こんなにあっさり見つかっていいものか。
でっぷりとした猫を抱えて、階下に降りる。店主はおや、と目を瞠ったが、すぐに笑った。


「もしかして、レッドフォックスのお友達ってのはあんたかい?」


オレの手から猫を受け取った店主は、首輪から白い紙を取り外してオレに手渡した。それを手の中に収めながら、オレは聞き慣れない単語にわずかに首を傾げる。


「レッドフォックス?」

「ああ。勇者アルバのことさ。前に、こいつはあの勇者アルバに助けてもらったことがあるんだ」


曰く、連日続いた酷い雨で増水していた川に流されたこの猫を、レッドフォックスこと勇者アルバは身を呈して助け出した、とのこと。何やってんだあの人は、と思わないでもなかったが、オレの知らない1年間の話を聞くのは初めてだったため黙って店主の話に耳を傾ける。


「この街に来たときはひょろひょろのガキだったのになあ。いつの間にか有名になっちまって」


お前は伝説の勇者に助けられたんだぞ、と店主は猫を撫でまわす。猫は気持ちよさそうにごろごろと喉を鳴らして、目を細めた。


「何でオレがあの人の知り合いだって分かったんだ」

「ああ。なんか、突然手紙が届いたんだよ。黒髪に赤い目の友達がきっとそっちに行くから、あの時の猫の首輪にこの紙を巻いててもらえませんか、ってな」


何のことかと思ったけど、恩人の頼みは断るわけにはいかないからな。店主は朗らかに笑う。


「何やってるのか聞いてもいいか?」

「…宝探しゲームを、」

「宝探しか!俺も昔はよくやったなあ!」


あんたの宝物が見つかるといいなあ、店主はそう言いながら水差しとコップを用意してくれた。軽く礼を言って部屋に戻り、ベッドに転がるクレアにヒントの書かれた紙を投げつける。


「あれ、見つかったの?」

「ああ」

「やけに話し込んでるなあと思ったら。何話してたの?」

「赤い狐の話」

「なにそれ、うどん?」


紙と一緒に地図を開く。書かれた地名は、やはりここからそう遠くはない街だった。明朝にこの街を出れば、翌日か、遅くても翌々日には到着できるだろう。
明日にはここを出るぞ、と言うと、はーいと返事をする。最初はすぐに街を出ると言うと文句ばかりだったくせに、随分と物分りがよくなった。そんなことを言うと調子に乗ることが分かっているので絶対に言わないが。


「アルバくんが用意した宝物って何だろうねえ」

「さあ。1年も掛けるんだ。しょうもないものだったら撲殺だな」

「わあ。アルバくん可哀想」






そうやって、オレたちはあの人に導かれるがまま旅を続けた。時には地図にも載っていないような小さな村まで赴き、あの人の出したヒントを追う。
大抵は労せずヒントを見付けることができたのだが、時には意味が分からない場所に隠されていたりもした。森の中の一番背の高い木のてっぺん、だなんてヒントを貰った時は、頭の中のあの人を何回殴っても気がすまなかった。何が悲しくてこの年になって木登りなんかしなくてはいけないんだ。


木の上だったり、岩陰だったり、小さな子供が持っていたり、行商の荷物の中に紛れ込んでいたり。あの人が隠したヒントは様々な場所にあった。そして、それを見付ける度に言われる言葉があった。
初めは何とも思わなかった。月日を重ね、あの人のヒントを追い続ける間に、段々とあの人が意図したことが分かってくる。確信したのは、半年が過ぎた頃だろうか。その頃にはすっかりヒント探しにも慣れ、こう言えばヒントの方からやってくる、と気付いてしまっていた。


クレアはずるい、と言っていたが、勝負は勝負だ。1年のタイムリミットの間に何としてでもゴールにたどり着かなければならない。単純なあの人のことだ、どうせゴールの場所なんて一つに決まっている。






機械都市タートルでは、ギツ村を指定された。タートルのヒントは何故か門番が持っていた。ギツ村では警官が持っていて、メジハの町に行くように書かれていた。オレは思わず笑ってしまう。


「次はどこにあるんだろうねえ」

「町の中に無いのは確実だな」

「え、そうなの?」


町にたどり着く。ヒントの紙が淡く光る。そこに浮かび上がった場所を見せると、クレアはシーたんすげえ、と目を丸くした。


『はじまりの荒野』


全てが動き始めた荒野。あの小さな魔王と出会った場所だ。あの勇者と二人。早くもなく遅くもないペースで進んでいった道のり。そんな、それまでの旅路が嘘のように、様々なことに巻き込まれ、飛び込み、そして物語が動き出した。あの場所。
宿屋に不要な荷物とクレアを置いて、町の外に出る。次に指定される場所など分かりきっている。緩む口元を隠しもせず、岩陰で揺れる真っ白な紙を手に取った。ほら、やっぱりな。


『漆黒の洞窟』


きっと次で最後だろう。暦はあの時から丁度一周していて、タイムリミットまでは数えるほどしかなかった。あの勇者は一体どんな宝を隠してくれているのだろうか。






「あなたがレッドフォックスのお友達ですか?」

「レッドフォックスに困っているところを助けていただいたんです」

「友達になりたいやつのために頑張るんだ、って。そう言ってました」

「よかった。レッドフォックスは、勇者アルバは、あなたと友達になれたんですね」


行く先々で。様々な人から。どこか嬉しそうに言われた、その言葉たち。宝探しの道のりは、あの人が旅をした道のりなのだろう。あの人はその果てに、宝を見付けたのだろうか。

そんなこと、聞かなくとも分かっているけれども。






漆黒の洞窟は、相も変わらず冒険者の灯す明かりで明るかった。漆黒の洞窟じゃない、なんてことを嘆いていたあの人の泣き顔が目に浮かぶ。そういえば、もう随分とあの人の泣き顔を見ていない、そんなことに気付く。旅を始めた頃は魔物一匹にぴぃぴぃ泣き喚いていたのに。


「漆黒の洞窟なのに明るいなあ」

「クレア、あそこで売ってる漆黒まんじゅう買ってこい」

「出店まであるのかよ!」


クレアに財布を渡して、洞窟の入り口辺りを念入りに調べる。あの時は奥までは行っていない。ヒントがあるならばきっとこの辺だろう。神経を研ぎ澄まして、微かな魔力を辿っていく。


「…あった」


きっと他の冒険者に見つからないようにだろう。巧妙に細工をして隠されていた紙。あの人の魔力を知らなければ探すことも出来なかっただろうそれを手に取って、開く。


『ここまでお疲れ様。宝物はお城にあるよ』


ふは、声を上げて笑ってしまう。始まりと終わりの場所。頭の弱いあの人が考えそうなことだ。
漆黒まんじゅうを頬張っているクレアの首根っこを掴んで引きずりながら、オレは城までの道を急ぐ。タイムリミットまであと3日。これでゲームはオレの勝ちである。






「おかえり。宝物は見付かった?」


少し背が伸びただろうか。体つきは細いままだが、あの時よりも筋肉が付いたようだった。あの人の周りを渦巻いていた魔力はすっかりあの人の中に収まりきって、魔力がしっかりと制御されていることが分かる。
城の前に立っていたのは、1年経っても何も変わらないあの人だった。変わらない姿、変わらない笑み。まるで、つい1カ月前に会ったばかりのようだった。溜め息をひとつ。


「オレには何の得もない宝物でしたけどね」


あの人が宝物と称して見せたかったのは、オレがいないあの1年のことだった。舞台は世界、タイムリミットは1年。同じ場所、同じ期間で、オレにも同じように体験してほしかったのだ。そこで得たものを、オレにも見せたかったのだ。


「ひどいなあ。頑張ったんだぞ、って自慢くらいさせてくれたっていいじゃん」

「調子に乗るな!」

「うっ…!ひ、久しぶりに食らうと効くな…!」


得意げに笑って見せるあの人の脇腹を、1年の間に散々頭の中でしたように、思い切り殴ってやる。想像していたのと違って、あの人は唸りながら腹を抱え、だけどそれだけだった。腹立たしい。


「で、勝負はオレの勝ちですよね。賞品はないんですか」

「えー、宝物は見付かったんだからもういいだろ」

「1年もの間、聞きたくもないあんたの武勇伝らしきものを聞かされ続けたんですから。労いくらいあってもいいでしょう」

「ひどいっ!」


顔を見合わせて、笑う。どうせ、単純で頭の弱いあの人のことだ。オレの考えていることと同じことを言うに違いない。


制御された魔力。腰に吊った短剣と長剣。今すぐにでも旅立てそうな軽装。地面に下ろされた、必要最低限の荷物。
あの人は、ただただ本当に楽しそうに笑って。ばさり、風に外套が翻る。


「ボクと一緒に旅ができる権利、でどう?」


これでも伝説の勇者だからね。剣も魔法も使える。そこらの傭兵よりもずっと使い物になると思うんだけど。


ふは、笑ってしまう。そういえば随分と自然に笑うことができるようになった。表情筋が痛む。笑う。


「自意識過剰ですか」

「嘘は言ってないじゃん」

「スライム一匹ごときに息上げてた奴が偉そうに」

「いつの話してんだよ!」


いつの話、か。そうか、この人が弱かったのはもうずっと前のことなのか。いつまでも弱くて、騒がしくて。そんなあの人の前を歩くのが、オレの役目だと思っていたけれど。
差し出される手を取った。取りながら、初めてこの手を取った日を思い出した。小さくてやわらかかったその手は、いつの間にかオレと同じような固い手になっていた。


「本当の宝物はボクだよ、とか言うんですか。寒いです」

「違うよ!…その、だから…、」


勢いよくオレの言葉を否定したくせに、その続きは言い淀む。さっさと言えよ、とアバラを狙って殴ってやると、涙目になりながらあの人はこう答えた。


「シオンには、ボクにとっての宝物を見てきてもらったんだ」


お前が、みんなが、自由に笑って旅ができる世界。それがボクにとっての宝物だと思うから。
照れたように頭を掻きながら、それでも目は逸らさない。いつだって真っ直ぐに世界を見ていたこの人は、ああ本当に勇者らしいなあと思った。絶対に言わないけれど。


「クサイですね」

「うう…、もういいよ。ボク一人で行くよ…」


お前と旅がしたかったんだ、とあの人は言った。あの頃みたいにもう一回。お前と、ルキと、クレアさんと。四人で。ボクの宝物を、見に行きたいんだ。
馬鹿な人だ。そんなこと、言わなくたってみんな同じ気持ちに決まっているのに。オレ達がどれだけ待ったと思っているんだ。


踵を返す。手にはあの人の荷物。ぽかんと大きく口を開けてこっちを見ている馬鹿勇者に、一言だけ。


「行くんでしょう」


驚きから、照れ。涙目になりながら。目まぐるしく変わるその表情の、最後を飾るのは、あの人らしい、春のような笑顔。


「ここからはじめようか」


あの人が、オレの隣に並んだ。もう前を歩くだけじゃない。後ろを振り返ることもしない。隣に、並んで。歩く、世界。


「勇者アルバと、」

「…戦士でも元勇者でも。何でもどうぞ」

「…じゃあ!」


勇者アルバと、元伝説の勇者クレアシオンで、元戦士ロスで、ボクの友達のシオンの、冒険を!


「長い」

「ふげっ!」






オンリー・マイ・トレジャー
(宝を求めて、いざ、世界へ!)






130823


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -