senyu | ナノ






本日、快晴。長らく洞窟に引きこもっていたアルバの旅立ちを祝福しているかのような、雲一つない青い空。その下を歩く、アルバとシオン、クレア、それからルキ。
魔力の制御を完璧にしたアルバは、ようやく勉強漬けの日々から解放され、今日この日から再び旅に出る。旅の連れは、いつかの旅から一人増えた。賑やかな道中になりそうだ。今にも笑い出しそうなのをぐっと堪え、アルバは旅の連れに目を向ける。視界には、笑い合う三人の姿。それだけで、アルバの胸には温かいものが宿る。自分が求めていた姿がここにあるのだ、と。


四人で歩く、世界。世界はきらきらと輝いているし、どこを見たって眩しい。視界に入る黄色い魔物からは目を逸らして。何でもない話をして。次の目的地はどこにしようか。なんて。
そんな心躍る話をしている時に、アルバは一つのことに気が付いた。あれ、言葉に出してしまえば、三つの視線がこちらを向く。


「そういえば、クレアさんってどうやって戦ってたんですか?」


アルバは隣を歩いていたクレアにそう問い掛けた。シオンはあの時のような大剣ではないにしろ、背中に剣を吊っている。しかし、クレアの身には武器らしい武器が装備されていない。それでどうやって魔物が蔓延る場所を旅してきたというのだ。


「え?」

「いや、武器とか持ってるように見えないし…、どうやって戦ってたのかなあって…」

「オレは囮だよ!」

「…はあ?」


そう言い切ったクレアに、アルバは眉を寄せた。何を言っているんだコイツ、である。クレアはそんなアルバの様子を余所に、尚も言い募る。


「オレが囮になって、シーたんが戦うの!」

「はあ!?」


思わず大声を上げ、アルバは勢いよく後ろを歩くシオンを振り向いた。当のシオンは明後日の方向を向き、ぷえーぷえーと笑っている。彼の様子に眦を吊り上げるアルバ、呆れて溜め息を吐くルキ。アルバが怒りを見せた理由が分かっていないのは、クレアのみである。
アルバはつかつかとシオンに歩み寄り、至近距離で彼をぎっと睨み付けた。おお、アルバさん、強くなったなあ。ルキは呑気にそんなことを思う。もちろん、この空気を壊す勇気はないので口には出さない。


「シオン!」

「何ですか」

「どうしてクレアさんに戦い方を教えてあげないんだよ!」

「必要ないからです」


ばっさり。正にその言葉が適当である。アルバの怒りを一言で切り捨てたシオンに、アルバは唖然とする。酸素を求める金魚のように口を開いて閉じて、ようやく出た言葉は、震えていた。


「必要ないって…」


シオンはアルバをちらりと見、彼から視線を外した。見ようによっては拗ねたようにも、悪戯を隠す子供にも見えるシオンのその表情。まるで言い訳のように、シオンは言葉を連ねる。


「雑魚ならオレ一人で充分ですし、オレ一人で倒せない相手の場合は逃げるだけです。わざわざクレアが戦う必要ないでしょう。あ、でもこれからは勇者さんが戦ってくれるんですよね」


ようやくシオンとクレアが旅していた時の状況を飲み込んだアルバは、一度は下げた眉を再び吊り上げ、シオンに詰め寄る。


「それは構わないけど!ボクが言いたいのはそういうことじゃなくて!」

「ちょ、ちょっと待って!」


今にも掴みかかりそうなアルバを慌てて止めたのはクレアだった。睨み合うシオンとアルバの間に、泣きそうな顔をして割って入る。あの二人が喧嘩をするとそう簡単には止められない。それを身を持って理解しているルキは、巻き込まれまいと三人から少しだけ距離を置いている。


「違うんだよアルバくん!シーたんはちゃんとオレにも戦い方を教えてくれたんだって!」


シオンを睨み付けていたアルバは、クレアのその言葉に毒気を抜かれたように目から力を抜いた。シオンは変わらず無表情だが、そこに一瞬だけ安堵が浮かんだのをルキは見逃さなかった。もちろん、言葉にするつもりはない。


「…本当に、ですか?」

「本当だよ!だけどオレ、武器と相性悪いみたいで…」

「…はあ?」


意味が分からない。そう言いたげなアルバの声、視線。どういうことか説明してよ、目で訴えるアルバに、複雑な表情をしたシオンが盛大に溜め息をついた。


「…オレだって最初はこいつにも戦わせようとしましたよ。ありとあらゆる武器を試しました。だけどこいつは、どれ一つとして使いこなせないんです」


あはは、と照れたように笑うクレアを、シオンは無言で殴った。ごつり、と鈍い音が響き、クレアは頭を抱えて蹲る。ルキはアルバを見た。アルバもルキを見る。訳が分からない、とお互いの顔に書いてあった。シオンがもう一度、溜め息をつく。


「こいつは旅に出た当初の勇者さんよりも酷いです」


曰く、剣を使わせれば遠心力に負け、短剣を持たせれば手から吹っ飛んでいき、弓や銃を使わせても全く命中しない。当然魔法は使えず、その他特殊な武器を使わせようものなら誤って自分を傷付ける。こいつはいつか自分が使う武器に殺される、と案じたシオンは、ならばと囮役を命じた。ということらしい。
その悲惨な状況に、何と言っていいか分からないアルバとルキ。ここに至るまでのシオンの苦労を考えると、先程まで睨み付けていたのも忘れ、労いたい気分になる。アルバの胸中は複雑だった。


「いやあ、ほんと、何でだろうねえ」

「いや、こっちが聞きたいですよ…」


当のクレアは笑っているのだからどうしようもない。シオンはもう諦めたのか何も言わない。アルバは笑おうとして失敗した。どういうことだよ、全力で突っ込みたい気分であった。


「でも…」


シオンが魔法を使わなくとも強いのは知っている。前回の旅ではシオンはほとんど魔法を使わなかった。剣技だけで魔物を屠り、アルバを何度も危機から救った。
自分の実力を過信するわけではないが、これからは自分も付いて行くのだ。余程ではない限り戦闘に苦戦することはないだろう。ルキだっているのだから、逃げるのにも苦労はしない。


でも、だからと言って。戦闘に巻き込まれないとは限らないのだ。今まで二人がどうやって旅を続けてきたかは分からない。だが、戦えない二人で、更には本当に戦う術を持たない少女を庇いながら旅をしてきたアルバには、戦う術を持たないことがいかに危険かがよく理解できていた。


「武器屋に行こう、シオン」


アルバの言葉に反論しかけたシオンは、彼の真剣な目を見て口を噤んだ。強い眼差しに何も言えずにいると、アルバはクレアを引きずって街へと引き返している。ルキはシオンとアルバ、二人の姿をおろおろと見比べ、アルバの後を追い掛けた。
遠くなっていく三人の後姿を見送り、シオンは何度目かになる溜め息をついた。見た目よりも何倍も強情なあの人のことだ、こうと言ったら梃子でも動かない。短い旅の中でアルバの性格を熟知しているシオンは、くそ、と悪態を吐きながら街へと歩を進めた。




先程出たばかりである街へと到着し、アルバは真っ直ぐに武器屋を目指した。実を言うと、この武器屋にも街を出る前に寄っている。鬼気迫る表情で戻ってきた客に、店主は目を瞠りながらもいらっしゃい、と声を掛けた。


「何度もすみません」


店主に詫びを入れながら、アルバは次々にクレアに武器を渡していった。それを受け取りながら、クレアは自分なりに武器の扱い方を考えてみる。どれもこれもが突拍子のないものだったが。
剣はダメだ、短剣はもっとダメ、弓に至っては持ち方も分かっていない。斧は誤って自分の足に落としそうになったからダメ、銃は数分もしないうちに誤射したからダメだ。装填されていたのがゴム弾でなければ大怪我していた。
武器を渡しては使い方を考えさせ、武器屋の裏庭で素振りをさせて。シオンの言った通りの結果を招き、その度に店主から小言を食らい。いっそのこと打撃用にバットでも買い与えるか、とアルバがげんなりしてきたとき。彼の目に留まったのは、頑丈そうなナックルだった。


あれ、とアルバは思う。武器の扱いは散々だが、肉弾戦ならどうなんだろう。顎に手を当て、考え込むアルバ。シオンはその様子に少しだけ表情を固くし、ファッションショーにもすっかり飽きたルキは、買ってきたクレープを美味しそうに頬張っていた。


「すみません、また裏庭借りてもいいですか?」

「そりゃ構わないが、…裏庭まで壊さないでくれよ」


店主に釘を刺されながら、アルバはクレアを裏庭へ連れて行った。シオンとルキも彼らに付いて行く。
武器屋から程よく距離を取ったアルバはぴたりとその足を止め、クレアと向き合う。クレアは頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、アルバの言葉を待った。


「クレアさん、組手しましょう」

「くみて?」

「あー、…取っ組み合いの喧嘩みたいなものです。武器は使わないで、殴ったり蹴ったりするやつ」

「おう!分かった!」


クレアの実力がどれほどのものかは分からないが、組手くらいならば出来るはずだ。万が一怪我をしたって魔法で治せるくらいのものだろう。いいよな、アルバはシオンに声を掛け、シオンは渋々頷いた。
二人は適当な距離を置き、ジャッジであるシオンの声を待つ。ルールは特に設けない。適度なところでシオンが止めに入ると分かっているからである。じり、と地面を踏みしめる音が響いた。


「始めっ!」


シオンの鋭い声を合図に、アルバが駆け出した。一瞬でクレアの懐に潜り込み、胸倉を掴もうとする。しかし、間一髪のところでクレアは後退し、その手をすり抜ける。蹴りを入れようとしても身軽に飛び上がって避け、後ろに回り込んでも逆にそれを利用して攻撃を仕掛けようとする。
やっぱりな、と攻撃の手を緩めないままにアルバは思う。


シオンの戦い方を間近で見てきたからか、囮役を買って出ていたからか。それとも才能だろうか。クレアの身のこなしは軽い。
元々ずば抜けた運動神経を持っているのだろう。ただ、不器用であるというだけで。アルバの動きを一瞬で見切り、的確に避ける。少しでも隙を見せればこちらに攻撃を加えようと手足を伸ばす。クレアの動きは、どんな武器を持った時よりも生き生きとしていた。


振り下ろした足を受け止められ、アルバはバランスを崩す。好機と踏んだクレアはアルバを殴ろうと拳を握るが、アルバはクレアに掴まれている逆の足でクレアの腕を蹴り飛ばした。手を離すクレアの腹に一度蹴りを入れ、アルバは身軽に宙で体を捻って着地する。痛みに悶絶してるクレアの懐に今度こそ潜り込んで、彼の胸に向かって拳を突き出して。


「そこまでっ!」


シオンの声に、アルバはぴたりと拳を止めた。ぶわりと額から汗を流すクレア。対して、アルバは汗一つ流していない。魔界の牢でうだうだと魔力の勉強をしていた人間の身のこなしではない。シオンは少しだけ眉を寄せ、それを見たルキはふふ、と得意げに笑った。


「アルバさん、たまにフォイフォイさんとかに頼んで組手とか剣の稽古とかしてたんだよ」


努力の天才だからね、ルキの言葉は至言である。魔力の制御方法だけでなく、身体が鈍っては意味がないと、時間を見つけては訓練も積んでいたアルバ。それもこれも、再び勇者をするため。
そりゃあ、たったの一年で異名が付くほど強くなるはずだ。シオンは小さく言葉を零し、ルキはその言葉に満足気に頷いた。


「ぶっはあ!アルバくん強っ!意味分かんねえ!」


アルバは目をきらきらさせながらはしゃぐクレアに満更でもないような表情を返した。でれでれしている。誉めた傍からすぐこれだ、シオンは自分の零した言葉を撤回してやろうかと額に手を当てる。仕方ないよ、アルバさんだもん。ルキは生暖かい目で件の彼を見ていた。
しばらく緩んだ顔をしていたアルバも、目的はそこじゃない、とぶんぶんと首を振る。我に返るのは早かった。


「クレアさん、こっち」


汗だくなクレアの背を押し、武器屋の中に戻る。組手を見ていた店主は、既にクレア用の武具を用意していた。
金属の光沢を放つナックル。ナックルよりも軽いグローブ。頑丈そうなブーツ。プロテクター。扱いやすそうな棍。トンファー。机に並べられたのはどれも近接戦闘向けの武器ばかりだ。
自分の思い描いていた武器が一通り揃えられていて、アルバは顔を綻ばせて店主に頭を下げる。店主も気のいい笑顔を浮かべ、あんた強いな、とアルバを労った。


「クレアさん、武器とか使わなくていいです」

「え?」

「その代わり、自分の身一つで戦ってください」


にっこりと笑うアルバ。きょとんとするクレア。黙るシオンに、飴を頬張るルキ。四者四様の沈黙を破ったのは、やはりアルバである。


「クレアさんは、反射神経とか動体視力が物凄くいいんですよ。でも、その早過ぎる反応に、武器を扱う身体が付いてこないと思います」


反射で避け、反動で攻撃をする。しかし、武器を持っていてはその重さなどで反応がずれ、結果的に隙になる。それに加え、あの不器用さ。だったらその反応速度を生かすためにも身一つで戦った方がいい。アルバの言葉に首を傾げるクレア。
言葉で説明するより、実際に装備させた方が早いか、とアルバは一つのナックルを手に取り、クレアに押し付けた。ナックルは決して軽いものではなかったが、クレアはそれを装備しても難なく拳を振り抜ける。思った通り、筋力もある。クレアは感動したように、おお、と言葉を漏らした。


「おじさん!これ!こっちも試していい!?」

「おお。良かったな、自分に合う武器が見つかって」

「本当だよ!アルバくんに感謝しなきゃ!」

「…アルバ?アルバって、あの勇者アルバ…?」

「そうだよー!」


嬉々として店主と武器選びをするクレアを横目に、アルバは眉尻を下げてシオンの前に立った。店の入り口に立っていたシオンはただただ無表情である。


「あのさ、シオン」

「…何ですか」

「ごめん」


シオンの声音は硬い。深く深く、アルバは頭を下げる。ごめん、もう一度震える声を落とすアルバに、彼の頭を見下ろして、シオンは長い溜め息を吐いた。


「お前、クレアさんが格闘向きだって分かってたんだろ?だけど、格闘ってことは一番危険なところに飛び込んでいかなきゃいけない。だから…」

「あんた、変なところで勘がよくなりましたよね」


シオンのその言葉は、即ち肯定である。アルバはますます眉尻を下げ、叱られた子供のような、今にも泣きそうな表情をしていた。


「オレが分からないはずないでしょう」


あんたの何倍も戦ってきたんだ、シオンはむすりとして言う。そうだ、この男は伝説の勇者クレアシオン。自分の何倍も戦ってきて、分からないはずがないじゃないか。アルバはもう、顔が上げられなかった。


「…まあ、丁度良かったですよ」


俯いていたアルバは、そんなシオンの言葉に顔を上げる。彼の目に映る伝説の勇者は、仕方ないな、とでもいうようなやわらかい表情をしていた。


「あなたと旅をするようになったら、あいつにもあなたに教えたことを教えようと思っていたんです」


それは、旅のことだったり、戦い方だったり。アルバは多くのことをシオンから学んでいる。アルバの中にある旅の基本知識は、ほぼシオンから学んだと言っても過言ではない。
あなたと旅をするようになったら。シオンは確かにそう言った。彼はアルバと再び旅をするつもりでいたということであり、アルバのことを待っていた、ということでもある。


あいつの旅は、これからが本番です。
シオンがそう言って笑い、アルバもまた、満面の笑みを浮かべた。


「あなたが先輩になるんですよ。勇者さん」


オレが教えたことを、きちんと次に伝えろよ。言外にそんな意味が込められた言葉に、アルバは胸を張って笑う。任せろよ。お前に教えられたことを忘れたことなんて、一度もなかったんだからな。
アルバが拳を差し出した。シオンはその拳に己のものをぶつける。これからもよろしくな、そんな言葉が、拳を通して伝わる。


「アルバくーん!シーたーん!」


自分たちを呼ぶ声に振り向けば、無駄にごてごてと装備をしているクレアがいた。その横で頭を抱えている店主。二人は顔を見合わせて溜め息をついて、それから笑った。


「どこかの誰かさんを見ているみたいですね」

「うっ…。ボクだって同じこと思ったよ…」


まずは装備が何たるかを教えるのが先決かなあ、とアルバはぼやいて。すっかり逞しくなった勇者を、シオンは目を細めて眺めていた。


「クレアさーん。一回全部外してくださーい」

「ええー。かっこいいのにー」

「馬鹿だろお前。格闘家の意味、ちゃんと分かってるのか?」


店主が用意してくれた椅子に座りながら、ルキはポップコーンを頬張る。一口放り込んで、また一口。拗ねてないもん、自分に言い聞かせて、また一口。


「私ももう少し大きくなったら、戦い方を教えてもらおうっと」


それまで、蚊帳の外は我慢だ。あんなに楽しそうにしている三人を見ているのも悪くない。ポップコーンを口いっぱいに放り込んで、少女は駄々をこねるクレアと彼を殴りつけるシオン、般若のような表情をしたアルバを眺めるのだった。






冒険者の心得
(そのいち、武器は身に合ったものを選びましょう。)
(そのに、知識を身に付けましょう。)
(そのさん、大切な仲間を作りましょう。)






130623


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -