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「ねえ、ルキ。変なこと聞いてもいい?」

「なあに?アルバさんが変なのはいつものことだよ」

「流れるように罵倒しないで。傷付くから」

「で、なに?」


「10年後のボクたちって、どこで何してるんだろうね」


「10年後?」

「うん。10年後」

「そうだなあ。アルバさんは相変わらずロスさんにいじめられてるんじゃない?」

「ありありと想像できる…」

「私は二人のこと、笑いながら見てるよ」

「せめて助けて!」

「何年経っても変わらないね!さすがアルバさん!」

「どういう意味!?」

「アルバさんもロスさんも、きっと何年経っても一緒にいるんだろうなあってことだよ!」

「…うん、そうだね」

「もちろん、私も一緒だからね!」




そんな話をした、ある晴れた日の朝のこと。




「なあ、ルキ。変なことを聞いてもいいか?」

「なあに?珍しいね、ロスさん」

「なんとなくな」

「そっか。で、なに?」


「10年後のオレたちは、どこで何をしてるんだろうな」


「10年後かあ」

「ああ。10年後」

「アルバさんは伝説の勇者になってるかな!」

「あの人が伝説、ねえ…」

「それで、ロスさんは伝説の戦士!」

「…何だそれ」

「私は、伝説の魔王だよ!」

「歴代最弱の魔王、とかか?」

「わあ、ひどい!アルバさんに言いつけてやる!」

「冗談だよ、本気にするな」

「むう」

「それで?伝説になったオレたちは何をしてるんだ?」

「そんなのもちろん、三人で世界中を旅してるに決まってるでしょ!」




そんな話をした、ある風が穏やかな日の昼のこと。




「ねえ、アルバさん、ロスさん」

「ん?」

「どうした?」


「10年後の私たちは、どこで何してるのかなあ?」


「ふふ、そんな話、前にもしたね」

「うわ、勇者さんと同じことを話題に出したとか。傷付きます」

「え、傷付くのボクなんだけど…」

「アルバさんとロスさんはいつまでもそうやってそうだよね!」

「まあ、10年くらいじゃこいつの性格は直らないだろうしなあ」

「勇者さんの脳ミソも作られないでしょうしね」

「脳ミソは入ってるって!何度言わせるんだよ!」

「え…、入ってるの…?」

「ルキちゃん!傷付くから!そのショック受けたような顔やめて!」

「冗談だよ。本気にしないでよ」

「仕方ない、ルキ。勇者さんには脳ミソが入ってないんだ」

「ああ!そうだったね!」

「くそおっ!」




そんな話をした、ある夜空が綺麗な日の夜のこと。




「10年って長いのかな?短いのかな?」

「うーん。ボクらからしたらすごく長いけど、魔族のルキからしたらどうなんだろうね」

「10年なんて一瞬ですよ。1000年生きてるオレが言うんだから間違いないです」

「お前、ほとんど意識無かっただろ」

「そっかあ。アルバさんもロスさんも、人間なんだね」


10年。じゅうねん。1年が10回。アルバさんのあの努力が詰まった1年が、10回もやってくる。それは果たして長いのだろうか、短いのだろうか。
あの1年は長かったようにも、短かったようにも感じる。私は魔族だから。時間の感覚がアルバさんやロスさんとは違う。だってパパもママもきっと1000年くらい前から生きてるけど、ちっとも変わらない。私だって10年と少し生きてきたけど、何が変わったのかさっぱり分からない。


じゅうねん。それは短いのだろうか。
じゅうねん。それは長いのだろうか。


「ルキは、ボクたちよりもずっと長く生きるんだよなあ」

「うん。魔族だしね」

「オレたちが生きて死ぬ年数なんて、魔族からしたらそれこそ本当に一瞬なんでしょうね」

「うん。たぶんそうだよ」

「そっかあ」

「そうですよ」

「そうだよ」


私の外見は変わらないのに、彼らはどんどんと年老いていく。それを見続けて感じるのは喜びだろうか、悲しみだろうか。未知だ。分からない。分からないけれど、寂しいとは、思うのだろう。


「いつか、ボクたちのことも忘れちゃうのかなあ」

「勇者さんの存在なんてちっぽけですからね」

「ひどいなあ。でも、本当に。ボクの存在なんてちっぽけだからなあ」

「勇者さんがツッコミ放棄するとか。ちゃんと仕事してくださいよ」

「お前ボクのこと何だと思ってるの」


忘れる。忘却。目の前の二人のことを、忘れる。そんなことが有り得るのだろうか。私を救い、世界を救い、何もかもをすくい上げたこの人たちを、忘れることなど。あってもいいのだろうか。そんないつかは、いつ来るのだろうか。


「私、二人のこと忘れちゃうのかなあ」


きょとん、と目を丸くした二人が私を見た。こんな表情も、いつかは思い出せなくなるのだろうか。


「ルキは、ボクたちのこと、覚えていたい?」


覚えていたいよ。忘れたくないよ。何年経っても、10年経っても、50年経っても、100年経っても、1000年経っても。私が生きている限り、忘れたくない。覚えていたい。当然だ。当たり前だ。二人のことを忘れる、そんなことを望むわけがない。


「あたりまえでしょ。アルバさんのばか」


アルバさんはロスさんに殴られた。何の予備動作もなしにアルバさんを殴ったロスさんは清々しい笑顔を浮かべている。殴られたアバラを押さえながら立ち上がるアルバさんは、ちょっと文句を言っただけで許してしまった。日常茶飯事、いつも通りの光景。思い出さなくたって、覚えている。


「大丈夫だろ」

「うん、大丈夫だ」

「なにが?」


二人はうんうんと頷いて、私の頭を撫でた。アルバさんは優しく、ロスさんはちょっと乱暴に。


「ルキが覚えていてくれるなら、ボクらはまた逢えるね、って話だよ」

「人間の10倍以上は生きるんだ。少なくともあと10回は逢えるだろ」


とりあえず魔族は1000年生きるってことは確実みたいだし。人間は100年生きるか生きないかくらいだけど。100年に一回は出会えるとしたら、きっとあと10回は出会えるね。その1回の出会いのうち、50年以上は一緒にいるだろ。そうしたら、あとどれだけ一緒にいられるのかな。
勇者さん本当に脳ミソ入ってないんですね。今時そんな簡単な算数、幼児でも解けますよ。ちゃんと計算してください。50年が10回。ほら、あと何年ですか。ルキなら分かるよな。この間、掛け算教えてやっただろ。


「ごひゃくねん!」


正解、とロスさんが笑った。


1年は長かったし、あっという間だった。きっと10年も長くてあっという間だ。100年も、1000年も、変わらない。
私が生きる1000年の時の、少なくとも半分。きっとそれ以上。私と、アルバさんと、ロスさん。三人で、過ごす、500年以上の時。
ごひゃくねんは、きっと、長い。そして、気付けば終わっているくらいの、短さなのだろう。




「100年後のボクたちは、どこで何してるのかなあ」

「勇者さんはまたルキの服を剥いで牢獄にいますね」

「じゃあまたボロボロの服でアルバさんの前に現れなきゃなあ」

「ちょっと!不穏な未来の予言しないでよ!」




「500年後のオレたちは、どこで何をしてるんだろうな」

「また魔王が現れたとかで勇者と戦士のパーティ組んでるかもな」

「魔王って私のこと?」

「え、ルキは500年後も魔王してるつもりなの?」

「えー。それは嫌だなあ」

「だったら、もっと魔法を使いこなせるようになって、魔法使いにでもなったらどうだ?」

「勇者と、戦士と、魔法使い。三人で魔王を倒しに行く!物語みたいだなー!」




「1000年後の私たちは、どこで何してるのかなあ?」

「そうだなあ。あとは何が残ってるかな」

「10回以上も逢ってるんだ。そろそろ満足してるだろ」

「じゃあ、その時は私も一緒に眠っちゃおうかな!」

「三人で川の字になる?」

「もちろん勇者さんが真ん中ですよ。ダメージ食らうのは勇者さんだけで充分です」

「え、ボクはダメージ食らうの前提なの!?」


「伝説の勇者と戦士と魔王、ここに眠る!ってどう?かっこいいよ!」

「1000年後も伝説でいられるのかなあ」

「伝説でいられるよ!」

「何でそんな自信満々なんだ」


「だって、私がずっと二人のことを伝え続けるから!」




そんな未来の話をした、いつかの過去のこと。




思い出せないくらい昔の話。何度逢ったか数えるのは、もうとっくの昔にやめた。10年も、100年も、1000年も。何も変わらない。やっぱり長くて、短かった。あっという間。気付けば終わっていた。それくらいの感覚。
あの時話したことも鮮明に覚えているよ。忘れるなんてできなかった。思い出す努力もしなかった。二人はずっと私と一緒にいてくれたし、私はずっと二人と一緒にいたから。ずっとずっと、ここにあった。




最後は三人で川の字になって。アルバさんを真ん中に、私が左側、ロスさんが右側。伝説の勇者と戦士と魔王、ここに眠る。おやすみなさい。




せんねん。それは長いようで短かった、私の生きた時間の話。




あの日夢見た未来が眠る




130606


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