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「どうします?勇者さん」

「え?」

「オレはコイツに世界案内してやりたいので、また旅に出るつもりですけど」

「ボクは…残るよ」




眩しいくらいに真っ直ぐな目をして、その子供はいつも前を向いていた。




「勇者クレアシオンの旅は、終わり」




思えば、出会った頃からいつだってその子供はそんな目をしていた。
吸い込まれそうな真っ黒な瞳。オレにはできないたくさんの表情。ころころと、正に子供のように表情を変えるくせに、肝心な時にはその瞳を揺らすことはない。


真っ直ぐだった。子供ゆえの真っ直ぐさ。無知ゆえの、傲慢なまでの頑なさ。


「…なんで1人で行こうとしてるんだよ、って言ってくれないんですね」

「は?クレアさんがいるのに1人って…」


見捨てるのは簡単だった。その子供は弱かったからだ。
魔物一匹まともに相手もできない、弱い子供。大人に守られて悠々と生きてきた子供。力も、知恵も、狡猾さも、何も持たない子供。道に捨て置けば、次の街へたどり着けるかも分からない。それほどこの子供は無力だったはずだ。


「勇者さんなら意地でも付いてくるだろうなって」

「なにそれ。ボクのことなんだと思ってるのさ」


事実、子供は一度死んだ。抵抗もできないまま、オレの目の前で、身体を二つに引き裂かれた。
嫌な記憶が蘇る。血のにおいが届く前に、ほとんど反射的に魔法を使った。魔力が溢れてくる感覚。忌み嫌った感覚。だけど、その時ばかりはこの常識外れの魔法に感謝した。


子供は何が起こったか分からない表情で呆然としていた。オレの正体を聞いてから、少しだけその瞳が揺れた。だけどやっぱり、オレのことを真っ直ぐに見ていた。


「オレがいないと何もできない子供だと思ってました」

「失礼なヤツだな!」


誰かの何かじゃなきゃ何にもなれないのか。オレのその問いかけに、大きな目を見開いた。確かにその目に光が宿ったのを見て、心から安心したのを覚えている。


子供は子供だった。関わってしまったからには死なない程度に助けてやらなければならない。そう思っていた。子守りの気分だったのだ。最初は。
いつの間にか、助けているつもりで助けられていた。一人に慣れていたオレに、誰かといることの楽しさを教えてくれたのはこの子供だ。仲間の有難さや、温かさや、居心地の良さを教えてくれた。


「スライム一匹倒せなくて、すぐ誰かに助けを求めて、ツッコミしか能のないただの子供だって、ずっと思ってたんです」

「…まあ、確かに」


初めてこの世界に執着した。もう少し生きていたいと思った。
どうしようもないこの世界を、少しだけ愛おしく思った。


「それなのにちょっと目を離した隙に、見違えるほど強くなってて。勇者さんのくせにたった1年でこんなに強くなれるものかと驚きました」

「お前、それ誉めてる?」

「誉めてますよ」


次に会った子供はもう子供では無くなっていて。オレの助けも必要としていなくて。立派に一人で歩いていて。誰かの何かではなく、子供は一人の人間として、勇者として、世界を踏みしめていた。


道無き道を歩いていたオレを救ったのは、確かに、この子供なのだ。
人ひとり、簡単にすくい上げてしまえるほどに、子供は大きく強くなっていた。




「…強くなったな、アルバ」




子供の大きな目が潤む。ああ、まだ子供だ。安堵する。オレは小さく笑う。
目の前の子供は確かに強くなった。だけど子供は子供のままだ。何も変わらない。オレの知っている子供のままだ。
真っ直ぐで、ひたむきで、いつだって、前を向いている。


「ボクは、」

「いいですよ、無理に言わなくて。オレのために頑張ってくれたんでしょう?」

「……」

「ルキに聞きました。1年間、死に物狂いで頑張ってたって」


1年前。何も伝えず突き放したオレを、追い掛けてきた子供。過去を知り、オレを知り、それでも食らい付いてきた。捨てることなく、仲間だと、笑って。
あの時。姿を見つけた時。どれほど安心したか、この子供には分からないだろう。何でもない風を装うのに、どれだけ苦労したか知らないだろう。
ボクは勇者だ。自信に満ちたその笑みを見たとき。どれほど嬉しかったか。きっとオレにしか分からないのだ。


「ボクは、ただ、悔しかっただけなんだ。勇者になったって、友達1人助けられなくて、お前のことを何も知らないまま、結局全部お前に任せることになって」


握る拳が震えている。目に溜まった涙を流すことはない。ああ、本当に、強くなった。


「何もできない弱い自分が嫌で、だから強くなりたかったんだ」


真っ直ぐな目。その目で見る世界は、どんなものなのだろう。きっと美しいに違いない。


手を差し出す。子供は大きな目を更に丸くして、その手を見つめた。ほんの少し悩んだ表情をして、すぐに笑う。しっかりとオレの手を握る子供の手は、もう子供の手ではなく、立派な勇者の手だった。


「ボクはここにいる」


最初は、ただただ呆れていた。
真っ直ぐさに。純粋さに。寛容さに。穏やかさに。オレの持たない全てに。


「もっと強くなる」


それはすぐに憧れに変わった。
所詮は無い物ねだりだと分かっていた。だから傍で見ていたくなった。強さを。成長を。


「お前に負けないくらい」


この子供となら旅をしてもいいと思えた。
旅をしていたいと思った。
これが仲間なのだと知った。


彼は、オレのような紛い物ではなく、本当の意味での『勇者』なのだと、もうオレには分かっていた。


「それは一生かかっても無理ですけどね」

「おい!」

「でもまあ、次に会うのを楽しみにしてますよ」

「…おう!」


手を離す。もう大丈夫。
きっと、オレも、彼も、もう大丈夫だ。
歩き出せる。


「じゃあ、あとは任せましたよ。勇者さん」

「任せとけよ、シオン」


頼もしく笑う勇者。彼に背中を向けて、一歩、踏み出す。
彼の目に映る美しい世界を、歩く。




「いってらっしゃい、シオン!」




よく通る声に驚いて振り向いた。彼は、アルバは、満面の笑みで大きく手を振っている。
それに片手を上げるだけで応える。頬が緩むのが分かった。こんな変化も、どうしようもなく愛おしかった。




「いってきます」




オレも強くなろう。彼の真っ直ぐさに負けないよう。
胸を張って、『勇者』アルバの『戦士』ロスであると名乗れるよう。
『アルバ』の戦友(とも)の『シオン』であれるよう。


もう一度、今度は対等な関係で、彼の隣を歩けるよう。


いつか彼と歩いた道を、歩き出す。






もういいかい、
(もういいよ!)






130125


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