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(アルストロメリアの後日談)



今でも大切にしているものがある。それは服だったり、靴だったり、写真だったり。たくさんのものだ。

その中に、日記がある。私と、勇者さんと、戦士さんと、親友さん。四人で書いた、交換日記だ。これが、私の中では一番大切なものかもしれない。知らない人から見れば、何の変哲もないただのノートだろうけど。ここには私たちのたくさんの思いが詰まっているのだ。




『○月△日
 牢屋生活一日目。戦士が理由もなくボクを殴ってくる。正直痛い。』

『アルバさんとロスさんは今日もなかよし!』

『理由ならありますよ。』




たくさんのノートが並べられた本棚。写真立てに飾られた、色褪せない写真たち。その中では在りし日の自分たちが笑っていて。勇者さんと、戦士さんと、親友さんと、私。四人はいつまでも、変わらない姿のまま。笑っている。




『○月×△日
 戦士が千年前の勇者クレアシオンだった。戦士は復活した魔王を封印するためにいなくなってしまった。頑張れ、と言われた。初めて名前を呼ばれた。最初の頃によく見ていた、あの表情をしていた。戦士が笑っていなかった。
 戦士が勇者クレアシオンだと聞いて、いろいろなことが分かった。間違ってるかもしれないけど。

 戦士へ。戦士が初め、日記に返事をくれなかったのは字が読めなかったからだよね。千年も経ってれば字なんか変わってるだろうし。だけど、ボクに返事をするために読み書きを覚えてくれたんだよね。ありがとう、とても嬉しい。

 ボクはロスと友達になりたい。だから、お前を迎えに行く。
 待ってろ。』

『アルバさんへ。私もいっしょに行くよ。
 ロスさんへ。待ってろ。』




一体何冊あるのだろう。数えきれないほどのノートをひとつひとつ丁寧に取り出しては読み、読んでは懐かしさに頬を緩め、読み終わっては次のノートに手をかける。何度も繰り返し読んだノートは、すっかりぼろぼろだった。
見慣れたあの人の字。その下にある子供らしい丸い字。そして、綺麗な文字で書かれた短い言葉。ノートの端々に描かれた様々な絵。鮮やかな日々。輝いている言葉たち。愛しくて仕方がなかった。




『×月○日
 魔界一最強決定トーナメントの最終日。いろいろな魔法を使っている魔族がいて見ていて面白かった。特に卵の黄身だけを外に出す魔法を使う人。どうやって一回戦を勝ち抜いたのか気になる。
 卵の黄身だけを外に出す魔法があるなら、魂を取り出せる魔法もあるんじゃないかな。そうしたらロスの友達の中に入った魔王の魂も取り出せる。鮫島さんの知り合いにそんな人がいないだろうか。
 これで一歩、ロスに近付いてたらいい。』

『トーナメントおもしろかった!ヤヌアさんって本当に強いんだね。びっくりした。
 アルバさん。ぜったい近づいてるよ!なんか、もうすぐロスさんに会える気がする!女のカン!』

『ただいま。』




幸せだったよ、と伝えたかった。私は、貴方たちと出会えて、幸せだったと。伝えたかった。
伝えてこなかったわけではない。私は私なりに、あの人たちに素直な気持ちを伝えてきたし、あの人たちはきっと、私の言葉を受け取ってくれていた。いつまでも、さいごまで、私のことを気にかけてくれていた。




『○月×日
 今日はとてもいい日だ。ボクが旅立ってからの日々の中で一番いい日だ。ボクはとても幸せだ。
 頑張ってきて良かった。前に進んできて良かった。大丈夫だ、何とかなると信じてきて良かった。だって、本当に何とかなったんだから。
 ボクはとても幸せだ。本当に、本当に!

 ルキへ。
 いつも支えてくれてありがとう。ルキがいたから頑張ってこれた。本当にありがとう。

 シオンへ。
 なあ、ボク、お前と友達になれたって、思ってもいいかな?』

『今日は本当にいい日だね!私もしあわせ!

 アルバさんへ。
 アルバさんと一緒に旅ができてよかった。パパとママを、シオンさんを、助けてくれてありがとう!

 シオンさんへ。
 シオンさん、私も、シオンさんと友だちになりたい!』

『勇者さん。ルキ。ご自由にどうぞ。』




何年も、何十年も、生ある限り続けたノート。この中にはあの人たちが息衝いている。あの人たちと、私が。息衝いている。
ノートは温かい。あの人たちのあたたかさだと、私は思っている。あの人たちは、陽だまりのように。いつでもあたたかかったから。まだ覚えている。幸せだった。




『△月×日
 完璧に魔力の制御を出来るようになった。ようやく旅に出ることができる。ボクはボクにできることを続けていきたい。それがボクのやりたいことだし、やらなければいけないことだと思っている。だって、ボクは勇者だから。
 なんて。格好付けすぎかな?

 ルキ、シオン、クレアへ。
 今までたくさん迷惑をかけてきたけど、ボクと一緒にいてくれてありがとう。
 これからもよろしく。』

『アルバさん、おめでとう!私も一緒に行きたかったなあ。』

『アルバ。調子乗ってるとまた失敗しますよ。
 ルキ。一緒に行けばいいだろ。』

『アルバくんおめでとー!よくがんばりました。はなまる!』




『□月○日
 クレアが結婚するだって!?
 どうしよう!ボク、何も準備してないよ!

 シオン、クレア。何でもっと早く教えてくれないの!』

『アルバさん。書いてる暇があったら早く準備しなよ。
 クレアさん。おめでとう!』

『アルバ。ルキの言う通りですよ。脳ミソ入ってるんですか。』

『ありがとう!オレ、幸せになります!』




『×月△日
 体が動かなくなってきたなあ。年には勝てないや。』

『アルバさん。オヤジ臭いよ。』

『アルバ。年寄りが無理するんじゃないですよ。』
『クレア。撲殺 or 刺殺?』

『シーたん。実際はオレ達の方がいくつか年寄りなんだけどね!』
『シーたん。ノーセンキュー!オレには守るべき妻と子がいるんだ!』

『ルキ。ひどい!気にしてるんだから!
 シオン、クレア。この前会ったとき、まったく同じやり取りしてただろ!』




くすり、笑いが漏れる。悲しくはない。あたたかな気持ちが胸の奥から溢れて来るだけだ。柔らかな光が灯るような、そんなあたたかさ。


どれくらいノートを読んでいたのだろう。最後の一冊を読み終えて、そっとノートを抱き締める。ノートはほとんど新品で、三分の一ほど読み進めると、その先は何も書かれていないのだ。それが、少しだけ、寂しい。
突然、ぽう、とノートが光った。抱き締めたノートを体から離し、まじまじと見る。これを読んだのはもう幾度目かになるが、こんなことは初めてだ。微かな魔力を感じる。あの人の魔力のかけら。


ひらり、ノートの中から紙切れが落ちてきた。床に落ちたそれを拾って、目を通す。頬が緩むのが分かる。ぽたり、落ちた涙はスカートに吸い込まれていった。




『×月○日
 今日もいい日だ。ボクは今日も幸せだ。

 シオン、ルキへ。
 今日も幸せですか?』




『アルバ。
 何クサイこと言ってるんですか。
 当たり前のことを聞かないでください。
 
 ルキ。
 お前もそう思うだろ?』




紙切れの真ん中。そこは少しだけ空けられている。まるで誰かがここに何かを書くのだというように。
私はペンを取った。紙切れの真ん中。私のために空けられたスペースに、ペンを走らせる。書き終わった紙を丁寧に、丁寧に折り畳んで、久しぶりに窓を開けた。


あたたかい風が吹いていた。あの人たちが作った世界は、今日も光で溢れている。
折り畳んだ紙を、空へと投げる。ふわり、風に乗って揺れて。ぽん、と妙にファンシーな音を立てて、紙切れは消えてしまった。ああ、幸せだなあ。私は笑った。




『×月○日
 今日もいい日だ。ボクは今日も幸せだ。

 シオン、ルキへ。
 今日も幸せですか?』

『アルバさん。
 何クサイこと言ってるの。
 当たり前のことを聞かないでよ。

 シオンさん。
 本当にそう思うよ!私はいつだって幸せなのに!』

『アルバ。
 何クサイこと言ってるんですか。
 当たり前のことを聞かないでください。
 
 ルキ。
 お前もそう思うだろ?』




返事、読んでくれたかな。二人で並んで紙切れを覗き込んで、顔が近いとか何とか理不尽に戦士さんに殴られる勇者さんと、それを見ながら声を上げて笑っている親友さんの姿が容易に想像できて、また笑ってしまった。


手にしていたノートを、そっと本棚に仕舞う。ぴい、と高くて優しい鳴き声が、窓の外から届いた。外を見る。青い空が広がっている。
赤いスカーフを首に巻いた真っ白な鳥が、窓の外を羽ばたいていった。嘴に紙切れを咥えていたように見えたのは、私の気のせいだったのだろうか。






交換日記にまつわるいくつかの話
(しあわせをさがした人たちのはなし。)






130518


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