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(アルストロメリアの後日談)



親友と旅を始めてから数か月が経っていた。見るもの全てが珍しく、いかに自分がこの世界を知らないかを思い知る日々。騒がしい親友と歩く世界は案外いいものだ。絶対に口には出さないけれど。
道中、行く先々で勇者レッドフォックス、もしくは勇者アルバの話を聞いた。笑いたくもあり馬鹿にしたくもあり、だがやはり、少しだけ。少しだけ、誇らしくもあった。

すっかり有名になったあの人は、今は魔界の牢屋の中で囚人生活を送っている。まあこれは語弊があるのだが、似たようなものだろう。


オレの魔力とあのバカの作った魔力。不可抗力とはいえ強大な魔力を手に入れたあの人は、オレ達を見送った後すぐに城の牢屋に封印されたそうだ。
封印はされたものの、あの人の持つ魔力は、そこにあるだけで脅威だったらしい。馬鹿な王はいい加減な理由を付けてあの人の住まいを魔界へと移動させた。あの人はそこで文句も言わず、自力で魔力制御についての勉強をしていたと聞いた。


しかし、そこはあくまであの人だ。オレの中ではいつまでもダメで間抜けで、時々突拍子もないことを仕出かすのがあの人である。そんなオレの印象の通りに、あの人は制御の練習中に突拍子もないことを繰り返したらしい。
魔法を発動させようとして失敗する。ある時は火を出す魔法を使おうとして少し離れた場所を爆発させた。またある時は、本を浮かせようとして魔王城を浮かせた。その他諸々。

これではいつか魔界が滅んでしまう、と危惧した二代目魔王がオレに頭を下げてきたのだ。どうかあの人に魔力制御のやり方を叩き込んでください、と。
魔族は元から魔力を有している生き物だから、魔法の使い方など誰に教わるでもなく知っている。そのため、誰もあの人に魔力の制御の仕方をうまく伝えることができなかったのである。そしてうまく教えられない結果、また魔界に被害が出る、ということを相当数繰り返していたそうだ。その話を聞いたときはあの人の目の前で爆笑してやった。


そういうわけで、月に一度、オレ達は旅を中断してあの人の元へ訪れている。訪れている、と言っても小さな魔王があの忍者もどきの能力を使って毎回迎えに来るのだが。


交換日記は、そんな状況でも続けられていた。別に誰かが強要したわけでもなく、取り決めをしたわけでもなく。ただただ、それが当たり前の日常であると、そう思ったまでだ。

最初に書くのはあの人だ。あの人と小さな魔王は近いところにいるから、あの人の次は魔王が書く。そしてノートに日記を書いた魔王は、彼女の魔法を使ってオレの元へとやってくる。ノートはオレの手に渡り、オレと親友はそのノートに旅の出来事や先に書いた二人への言葉を書き連ねる。
そして月に一度の勉強会の日。オレはあの人にノートを叩き付ける。あの人は毎回文句を言うけれど、勉強の合間にノートの中を読んでは楽しそうに笑っていた。




今日も今日とて、親友と二人、世界を歩く。随分遠くまで来たものだ。見たことのない景色、食べたことのない食べ物、それでも変わらない空の色。そんなことにいちいち感動しては騒ぎ立てる親友との旅も、もうすっかり慣れてしまった。


ぴい、と甲高い鳴き声が聞こえた。珍しいことでもない。だけど、そう。そのときは。何故だかその声に釣られて、空を見上げたのだ。
ぴい、と鳴いたのは鳥だ。真っ白な鳥。青い空を切り裂いて、優雅に羽ばたく小さな鳥。ぴい、鳥が羽ばたく空が余りにも眩しくて、思わず手で太陽を遮った。影が落ちる。


ぴい、鳥は一度大きく羽ばたくと、ゆっくりと高度を落とす。ゆっくり、ゆっくり。鳥が下りた先は、あろうことかオレの手の先だった。何だコイツ。
何だコイツ、と思ったものの、すぐに鳥の正体に思い当たった。真っ白だと思っていた鳥の首に、ところどころが痛んだ真っ赤なスカーフが巻かれていたのである。そのスカーフには見覚えがありすぎた。


「…勇者さん、」


小さな声で、呼ぶ。ぴい、鳥が返事をするように一度鳴き、オレは思わず溜め息をついた。スカーフが揺れる。


ぽん、と景気のいい音が響いた。瞬きをひとつ。飛び出してきた一冊のノートを手に取って、呆れてしまった。本当、あの人の魔法は何でも有りだな。妙にファンシーな真似しやがって。馬鹿だろ。考えて、知らず知らずに口元には笑みが浮かんでいた。


「あれ、シーたん。その鳥、どうしたの?」


近くの川で水を浴びていた親友は、戻ってくるなりオレの手の中で小さくなる鳥を見て目を丸めた。髪から水を滴らせているそいつにタオルを投げながら、笑いを噛み殺してオレは言う。


「伝書鳩」

「伝書鳩?」


鳥が収まっているのとは逆の手で、先程飛び出してきたノートをひらひらと振って見せた。そいつにとっても見覚えのあるだろうそのノート。驚愕と喜色を混ぜ合わせたような複雑な笑顔を浮かべ、そいつはノートを手に取る。


「もしかして、アルバくんの魔法!?」

「みたいだな。課題もろくに終わらせられないくせに、何やってんだあの人は」

「すげーな、アルバくん!」


本当、何やってんだか。こんな魔法に成功するくらいなら、もっと真剣に魔力の制御について学んでほしいものだ。そんな悪態を吐きながらノートを開いた。
賑やかな紙面。見慣れたあの人の字。その下にある子供らしい丸い字。どれだけの枚数を使ったのか、多くのことが書かれたそのノート。そして、ページの最後に必ず少しだけ空けられたスペース。
親友が描いた絵に、きっと小さな魔王がやったのだろう、色が付いていた。赤や青や黄色、桃色、緑、鮮やかな橙。様々な色が紙面を彩っている。最後のページに書かれた、あの人の数年経っても変わらない子供っぽい字を目で追って。また少しだけ笑う。




『シオンへ。
 どうだ!ボクだってやればできるんだぞ!』




胸を張って、鼻を高くして。すごいだろう、と威張っているあの人の姿が目に浮かんだ。無性に殴りたくなったが、生憎とあの人は魔界だ。残念ながら殴ることはできないので、代わりに隣で楽しそうに日記を読んでいた親友を殴っておいた。


差し込まれたペンを手に取って、日記に一つひとつ返事をしていく。オレも書きたい、とはしゃいだ声を上げる親友に時折ペンを渡しながら、オレのために空けられたスペースを埋めていく。
全部に返事をする頃にはすっかり日が傾いており、今日はここで野宿だな、と考える。親友は宿に泊まるよりも野宿の方が好きらしいので、特に問題はないだろう。手の中に留まっていた真っ白な鳥は、いつの間にやら荷物の中に紛れるようにして眠っていた。


「で、これどうやって出すんだ?」


書き終わったノートを手にして、首を捻る。あの人がこのノートと鳥にどんな魔法を掛けているのか見当もつかない。オレにはもうほとんど魔力は残っていないので、分かったところでどうしようもないのだが。
おい、と鳥を掬い上げた。ぴい、と鳥は小さく鳴く。とりあえずノートを鳥に差し出してみると、鳥はノートを嘴に咥えて、一度大きく羽ばたいて。その瞬間には、確かに咥えられていたはずのノートは消えていた。


役目を終えた鳥が、茜色に染まった空を行く。赤いスカーフをなびかせて。自分の行先を悩むことなく。真っ直ぐに飛び立った鳥を見て、よくもまあこんなに高度な魔法を使いこなせたものだと感心してしまった。
そういえばあの人、一年で強くなったんだったか。本当に要領よく何でもこなすな。あれで調子に乗らなければもっと簡単に魔力の制御なんてできるようになるはずなのに。小さくなっていく鳥の姿を見送りながら、そんなことを考える。




さてさて、もうすぐ月に一度の勉強会の日だ。あの人はしっかりと課題をこなしているだろうか。こんな魔法を作ったくらいだ、当然終わっているだろう。
終わっていなかったら何を言ってやろう。とりあえず一発殴ってやろうか。それとも、次の課題を倍にしてやろうか。顔怖いよ、親友は呆れたように笑っていた。


見上げた空には、一番星が光る。






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