senyu | ナノ






ズボンのポケットから、くしゃりと音がした。何か入れていただろうかとポケットに手を突っ込んで思い出す。取り出したのは、ぼろぼろでところどころが破けている紙。何度も繰り返し読んで、もう内容は覚えてしまった。
あの人が書いた他の日記は、魔王の部屋に保管してもらっている。あの人はこの日記も同じように保管されていると思っているだろう。だけどオレはそうはせず、この汚い紙だけはいつもポケットに入れていた。


あの人の思いが、気持ちが、恐ろしいほど込められているこの日記。あの日、あの時。満身創痍の身体で、歯を食いしばりながら、それでも必死に綴っていた。何をそんなに必死になる必要があるだろう。馬鹿馬鹿しい。そう思っていたのだ。


渡される日記は受け取っていた。捨てるタイミングがなかったから、その日記はどんどん溜まっていった。読む気は無かった。そもそも、千年前とは字が異なっており、オレはその時はまだ簡単な文章しか読めなかったのだ。
いつかタイミングを見計らって捨ててやろう。毎日毎日紙とペンを手にするあの人を見ながら、そんなことを考えていた。


だけど、あの日。怪我の痛みと熱に浮かされながら。必死に文章を綴るあの人を見て。あの人はどうしてあんな状態で日記を書いているのだろうかと不思議になった。何を書いているのだろうと興味を持った。
だからあの人が意識を失った後。机の上から日記を取り、目を通した。まったく読めない訳ではなかったけれど、それでもやはり内容は分からなかった。だからオレのいた時代の言葉が現代語に翻訳されている辞書を買ってきて、少しずつ読んでいった。幸か不幸か、あの人は数日目を覚まさなかったから、その間に読むことが出来た。




『△月○日
けがをした。体がいたい。
それよりもくやしい。よわい自分がなさけない。
つよくなりたい。つよくなりたい。つよくなりたい。
せんしに追いつきたい。同じものを見たい。
なにを考えてるのか知りたい。
どうしていつもかなしそうなんだ。
ボクはよわい。とてもよわい。
つよくなったら、あいつはボクとはなしてくれるかな。

ボクはせんしと友だちになりたいです。』




汚い字だった。筆圧が強すぎて紙が破れている。慣れない手で書いたからだろう、字が反転している箇所もあった。
読み終わった後、笑ってしまった。笑いながら、どうしようもなく泣きたくなった。魘されるあの人の汗を拭いながら、ぐるぐると訳の分からない感情に支配されていた。嬉しいような悲しいような虚しいような。そんな感情。


それからオレは、少しずつ今まで渡された日記を読んでいった。内容はどれもこれもくだらなくて、本当にただの日記だった。そんな中に時々、オレに対しての問い掛けがある。
あの人がどういう人なのか。あの人は何を知りたがっているのか。旅を始めてほとんど話したことはないのに。渡された日記を全て読み終わる頃には、オレはあの人のことをとてもよく知っているような気になっていた。


今度は返事がしたくなった。オレのことを知ってほしくなった。勇者クレアシオンだとか、過去だとか。そんなものじゃなく。今ここにいるオレを、あの人に知ってもらいたくなった。
だから字を勉強した。あの人が眠ってから、ひっそりと字を書く練習をした。この時代の言葉の読み書きが出来ないなんてことは死んでもあの人には知られたくなかったから、ばれないように必死だった。
簡単な字を書くことができるようになった。読むだけならばもうほとんど辞書は必要ない。次に日記を貰ったら、返事をしてみようと決めた。あの人はどんな反応をするだろうか。


次の野営のとき。あの人は不審な行動をしていた。いつものように日記を書いていたのだが、書いている途中でぴたりとペンを止めて紙を丸め出したのだ。顔が赤い。一体何を書いたんだか。
すっかりあの人から渡される日記が楽しみになっていたオレは、あの人が寝入ってからこっそり荷物を漁ってぐしゃぐしゃに丸められた紙を取り出した。そして中身を読む。

それにはあの人の幼少時のことが書かれていた。どれもこれもがあの人らしく、そして馬鹿らしく、ついつい噴き出してしまった。目を通せば通すほど可笑しくなって、遂には腹を抱えて笑う羽目になった。
目を覚ましたあの人が顔を真っ赤にして日記を取り上げようとする。こんなに面白いものを渡してたまるかと奪われないように逃げる。そこで初めて、あの人と会話をした。ただの『ロス』として、初めて言葉を交わした。


次の日の朝、日記を渡された。それに、ようやく書けるようになった字を使って返事をした。あの人は本当に嬉しそうに笑って、何度も何度もオレが書いた返事を読み返していた。




毎日、言葉を交わした。
普通に会話をして、日記が必要じゃなくなっても。ノートに文章を綴って、交換する。いつの間にか日課になっていた。それは小さな魔王が仲間に加わってからも変わらなかった。




あの二人は、まだ日記を続けているのだろうか。最後に別れてからどれくらい経ったのか分からないが、二人なら死ぬまで続けていそうである。そんなことを考えて少し笑った。




「ロス!」

「ロスさん!」


あの人と小さな魔王には、本当に偶然再会した。変わらない様子に安心して、お互いの現状を報告しあった。あの別れから一年しか経っていないことにまた安堵して、あの日記について聞くか聞くまいか悩んでいたときだった。
名前を呼ばれ、振り返る。軽い衝撃。ぱさり、足元に落ちたのは、一冊のノートだった。拾い上げる。

今度は頭に。次は体に。次々にノートが当たる。ばさばさと降ってくるノート。上を見れば、ゲートから魔王が顔を出していた。最後の一冊はこつんと額に当たり、ページが開かれる。




『○月×△日
 戦士が千年前の勇者クレアシオンだった。戦士は復活した魔王を封印するためにいなくなってしまった。頑張れ、と言われた。初めて名前を呼ばれた。最初の頃によく見ていた、あの表情をしていた。戦士が笑っていなかった。
 戦士が勇者クレアシオンだと聞いて、いろいろなことが分かった。間違ってるかもしれないけど。

 戦士へ。戦士が初め、日記に返事をくれなかったのは字が読めなかったからだよね。千年も経ってれば字なんか変わってるだろうし。だけど、ボクに返事をするために読み書きを覚えてくれたんだよね。ありがとう、とても嬉しい。

 ボクはロスと友達になりたい。だから、お前を迎えに行く。
 待ってろ。』

『アルバさんへ。私もいっしょに行くよ。
 ロスさんへ。待ってろ。』




「はい、ロスさん!」


ノートを手に取って呆然としていると、小さな魔王は一冊のノートを差し出した。受け取って開いてみると、真ん中辺りから先は真っ白だった。見慣れたあの人の字。その下にある子供らしい丸い字。そして空けられたスペース。
他のノートも捲ってみる。どれもこれも、あの人と魔王の字が綴られていて。そして必ず、ページの最後は少しだけ空けられている。まるで誰かがここに何かを書くのだというように。


「返事、待ってるから」


ちゃんと全部読んでくれよ、だなんて。すっかり成長したあの人に言われる。小さな魔王もにこにこと笑っている。手にしたノート。差し込まれたペン。
一番新しい記事の、一番下。オレのために空けられたスペースに、ペンを走らせる。ノートを閉じてあの人に全力で叩き付けたら、あの人は情けない悲鳴を上げてオレに向かって文句を言った。


あの人と小さな魔王がページを開く。ゆるりと頬が緩んで、二人揃って締まりのない顔でオレを見た。




『×月○日
 魔界一最強決定トーナメントの最終日。いろいろな魔法を使っている魔族がいて見ていて面白かった。特に卵の黄身だけを外に出す魔法を使う人。どうやって一回戦を勝ち抜いたのか気になる。
 卵の黄身だけを外に出す魔法があるなら、魂を取り出せる魔法もあるんじゃないかな。そうしたらロスの友達の中に入った魔王の魂も取り出せる。鮫島さんの知り合いにそんな人がいないだろうか。
 これで一歩、ロスに近付いてたらいい。』

『トーナメントおもしろかった!ヤヌアさんって本当に強いんだね。びっくりした。
 アルバさん。ぜったい近づいてるよ!なんか、もうすぐロスさんに会える気がする!女のカン!』

『ただいま。』




一番最初のノートはどれだろう。最後に書いたのはいつだったか。そんなことを思いながら、ノートの束を手にする。ぱらりとページを捲って、二人の字を見て。




「「おかえり!」」




勇者と魔王が声を揃えてオレに送った言葉に、小さく笑った。






エクスチェンジ・ダイアリー
(今日も、明日も、明後日も。)
(綴っていく、それぞれの気持ち。)







130407


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