senyu | ナノ






出会って間もない頃、ボクは戦士のことが怖かった。
何を考えているか分からない無表情、透き通るくらい真っ赤な目。貴方に付く王宮戦士はオレです、と言ったっきり、特に自己紹介らしい自己紹介もしなかった。道中もひたすら無言で、魔物が出たってボクが手を出す前にさっさとやっつけてしまう。

だからボクは戦士が怖かった。どうしてこんなに気難しい人がボクに付いたんだろうと、少しだけ王様を恨んだりもした。


でもボクは、何とか戦士と仲良くなりたかった。あいつが考えていることが知りたかったし、言葉を交わしてみたかったし、旅のことや戦闘のことをもっとたくさん教わりたかった。あいつのことが知りたかったのだ。
もしかしてただ無口なだけなのではなく、話すのが苦手なのだろうか。じゃあ会話ではなく、文章を交わしたらどうだろうか。単純だったボクはそんなことを考えた。


「交換日記をしよう、戦士!」

「……はあ?」


たっぷり間を取った後、戦士は不気味なものを見るような目でボクを見た。その視線だけで心が折れそうだったけど、ボクはめげずに言い募る。


「お前のことが知りたいんだ。お前ともっと仲良くなりたい。だから、交換日記をしよう」


戦士は頷かなかった。そう簡単に了承を得られるとは思っていなかったから、あの反応はまあ想定の範囲内だったと言える。だからボクは畳み掛けるように言った。


「お前が書くのが嫌でも、お前が読んでくれなくても、ボクは毎日日記を書いてお前に渡すよ。ボクはお前のことを知りたい。ボクのことを知ってもらいたい。だから、ボクは毎日日記を書く」


読まなくてもいい。捨ててもいい。ボクに興味を持ってくれればそれでいい。それがきっかけになって、少しでも話すことが増えれば。それでいい。

戦士は最後まで複雑そうな、不機嫌そうな表情を崩さなかった。ボクは戦士の返事を聞く気はなかったし、自己満足だということも分かっていた。迷惑だと思われても仕方ないと考えていた。それと同時に、何かをしなければこの関係はいつまでも変わらないのだということも理解していた。




それからボクは毎日日記を書いた。日記、というよりも手紙といった方が正しいかもしれない。その日思ったことやボクのこと、あいつに聞きたいこと、旅をしてから立ち寄った村や町のこと。どうでもいいことをただひたすら文にした。

宿では基本的に節約のため同じ部屋だった。ボクが必死に机に向かっているとき、あいつは酷くどうでもよさそうな顔でボクを見ていた。野宿をするときだって、ボクは少ない光源を頼りに文を書いた。
そしてその日の夜に書いた日記を、翌日の朝にあいつに渡した。無理矢理渡していたけれど、あいつはとりあえず受け取ってくれていた。その後、その日記をどうしたのかは知らなかった。捨てていたのかもしれないし、燃やしていたのかもしれないし。戦士から返事を貰うことはなかった。


その日も、ボクは日記を書いていた。魔物との戦闘で油断してしまって、利き手である左手を負傷してしまった。だから右手を使って文を綴った。汚い字で、ボクにだって読めるか分からなかった。力を入れ過ぎて紙はぼろぼろだった。
普段の倍以上の時間をかけた。利き手どころか全身ぼろぼろだったけれど、怪我のせいで熱もあったけれど、ボクは書くことを止めなかった。書き終わったあと、ボクはそのまま寝込んでしまった。数日はベッドから動けなかった。

熱が下がって意識を取り戻した日。ボクは戦士に日記を渡さなければと、机の上を探った。机の上に日記はなかった。部屋中を探しても日記はなかった。意識がはっきりしていなかったから、もしかして日記を書いた夢でも見ていたのだろうか。そう結論付けてボクは探すことを諦めた。
戦士は文句を言うでもなく、先に行くでもなく、ボクの様子を診ていてくれたようだった。それが嬉しくて礼を言うと、戦士はまたあの不機嫌そうな顔をした。




ボクは毎日日記を書いた。戦士は毎日それを受け取った。返事はなかったけれど、それでも充分だった。




ある日の夜。街に辿り着けなかったため、その日は野宿をしていた。見張りを戦士に任せ、ボクは眠りについた。もちろん、日記を書いた後にだ。疲れていたのですぐに睡魔はやってきた。


ぶふ、という音で目が覚めた。次いで咳き込むような音。声を押し殺しているような音。がちゃん、と鎧が揺れる音。戦士に何かあったのだろうかと飛び起きたボクは、とんでもない光景を目にした。


「……」

「……ぶふっ!」


戦士が笑っている。目に涙を浮かべながら笑っている。身体をくの字に折り曲げ、腹を抱えながら笑っている。ボクの顔を見るなり、盛大に噴き出して笑った。
状況が理解できなくてぽかんとしていたが、戦士が持っているものに気が付いてそれどころじゃなくなった。戦士が持っているのは紙だ。ボクが書いた日記。しかも失敗作の方。ぐしゃぐしゃに丸めて荷物に入れていたはずなのに、戦士はそれを広げて読んでいる。顔が熱くなった。


「ちょ!何読んでるの!?」

「何って。あなたが書いた日記ですけど」

「それは失敗作!日記は朝渡してるだろ!?」

「書いた紙を慌てて丸めて荷物に押し込んだんで、何が書いてあるのか興味が湧きまして」

「わざわざ引っぱり出したの!?」


失敗作の方には、ボクの小さい頃の話を書いていたはずだ。途中で恥ずかしくなって書くのをやめたのに。それを奪い返そうと戦士の元へ行くが、懐に仕舞われてしまった。嫌がらせにもほどがある。


「…あれ?」


悔しくて躍起になって戦士から日記を奪い返そうとしていたときに、いくつかのことに気が付いた。戦士は急に動くのを止めたボクを不思議そうに見ている。

ひとつ。戦士が笑っていること。
ふたつ。戦士と喋っていること。
みっつ。戦士の鞄からはみ出しているたくさんの紙。

ボクは戦士の鞄に手を伸ばした。だけど戦士に軽くない力で殴られて、鞄に触れることはできなかった。でもボクには分かった。だってどう見たってそれは、ボクが今まで渡してきた日記だったのだから。


一際ぼろぼろの手紙が、鞄からはみ出していた。それはあの日、大怪我をして慣れない右手で書いた日記だった。無くしたと思っていたその日記。ボクが書いたあの時よりもぼろぼろになった紙。それは、何度も何度も読み返したような、そんな痛み方だった。


ボクは笑ってしまった。ボクの言葉は届いていたんだ。そう思ったら、嬉しくて涙が出た。笑いながら泣くボクを、戦士はあの不機嫌そうな顔で見ていた。照れているのだ、と気付いたのはその時だった。
その日は戦士に殴られることによって気絶して、それ以降の記憶はない。


翌日の朝、用意していた日記を渡した。それを受け取った戦士は、その場で日記を読み始めた。そして、その紙に何事か書きつけて、ボクに返してきた。それを読んで、ボクは笑ってしまった。思っていた以上に、戦士の字が汚かったからだ。




『×月○日
 今日はスライムと戦った。あいつらは何であんなに弾力性があるんだろう。戦士はボクが一匹倒す間に何匹もやっつけていた。ボクも強くなりたい。
 戦士が夕飯を作ってくれた。今日は山菜と干し肉を炒めたものと携帯食料。野宿にしては豪勢だ。美味しかった。
 ボクの好きな食べ物は甘い卵焼きです。戦士は何が好きですか。』


『あまいもの』




次の街でノートを買った。ボクはそれに日記を書いて、次の日に戦士に渡した。夜になって、戦士はボクにノートを叩きつけてきた。ボクがたくさん文章を書いた同じページに、たった一言だけ返事が付いている。ボクは次のページにまたたくさん日記を書いた。次の日の朝に渡すと、夜には返事が返ってくる。
相変わらずボクらはあまり会話を交わすことはなかったけれど、それでも最初に比べたら随分話すようになった。ボクはよく戦士に殴られるようになったし、戦士がドSであると気付き始めていた。




『×月△日
 今日は街で大道芸を見た。玉乗りをしてるピエロはすごかった。
 戦士に黙ってクレープを買って食べていたら殴られた。少しは加減してほしい。たんこぶになった。』

『だまってたべるからです。』


『×月×日
 今日はまた魔物と戦った。スライムを倒した。倒すのに時間が掛からなくなったと思う。剣を使うのにも慣れてきた。
 戦士はあんな大きな剣を振っているけど、使いにくくないのですか。』

『きたえています。』


『×月○△日
 今日は大きな怪我をした。戦士に迷惑をかけてしまった。もっと強くなりたい。どうしたらいいんだろう。
 弱くてごめんなさい。』

『強くなってください。』


『×月○×日
 今日は街に着いて美味しいものを食べた。戦士が少しだけお金をくれたから久しぶりに甘いものが買えた。嬉しかった。
 だけど戦士はボクの数倍甘いものを買っていた。ボクももっと食べたかったのに!』

『あなたの数倍はたらいているんだから当ぜんです。』




日記に返事が付くようになって、会話もそれなりに増えて、戦士のことも段々分かってきた。それでも変わらずボクたちは日記を続けていた。心なしか戦士の字が少しずつ綺麗になってきた気がする。返事の量も増えた。
戦士がよく笑うようになった。人を馬鹿にしたような笑顔だったけど、最初の頃の無表情が嘘のようだった。それはそれは楽しそうにボクのことを殴ってくる。

最初の頃によく戦士が見せていた暗く、悲しげな表情は、すっかり消えていた。ボクの戦士に対する苦手意識も、消えてしまっていた。




「はい、戦士」

「どうも」


いつものように日記を書いて、朝に渡す。夜にノートを叩き付けられて、返事を読む。そしてまた夜に日記を書いて、次の日の朝に渡す。
習慣化したそれ。それを不思議そうに見る、新しく仲間になった小さな魔王。ボクと戦士を見比べて、ことりと首を傾げた。


「何してるの?」


交換日記だよ、と言うのは何故か恥ずかしかった。よくよく考えてみれば、いい年した男が二人で交換日記ってどうなんだろうか。そう思ったからである。


「交換日記、らしい」


恥ずかしくて答えられなかったボクの代わりに戦士が答えた。あんまりにもあっさり答えるものだから、恥ずかしいと思っていたボクが馬鹿みたいに感じた。
小さな魔王はそれを聞いて笑うでもからかうでもなく、目をきらきらさせてボクと戦士を見る。目は口ほどに物を言う、である。


「私も!私も混ぜて!」


ぴょんぴょんと跳ねながらそう言う魔王。女の子はこういうの好きそうだからなあ、と思う。断る理由はなかったから、ボクは頷いた。魔王は嬉しそうだった。


それから、三人で交換日記を始めた。
ボクが夜に書いた日記を朝に魔王に渡す。魔王はそれに日記を書いて、昼に戦士に渡す。夜に戦士がボクにノートを叩き付けて来るから、ボクはまたそれに日記を書く。
三人で日記を書くとなると、ノートの紙面は賑やかになっていった。ボクがたくさん書く。魔王もたくさん書く。戦士はそれに一言添える。交換日記は楽しかった。綴ったノートはもう何冊にもなっていた。




『○月△日
 牢屋生活一日目。戦士が理由もなくボクを殴ってくる。正直痛い。』

『アルバさんとロスさんは今日もなかよし!』

『理由ならありますよ。』


『○月×日
 牢屋生活二日目。隣にヤヌアさんという魔族がやって来た。戦闘力は53万らしい。ちゃんと魔界に送り返せるのだろうか。
 戦士へ。ボクを殴る理由を教えてください。』

『ヤヌアさんはやさしいって聞いてるからしんぱいしなくても大丈夫だよ。
 アルバさんへ。ロスさんはきっとアルバさんのことが大好きなんだと思います。』

『勇者さん。オレが楽しいからです。
 ルキ。馬鹿なことを言うな。』


『○月○日
 戦士とルキちゃんが消えてしまった。ツヴァイとかいうやつが突然襲ってきたと思ったら、ヤヌアさんが操られて魔法でどこかに行ってしまった。どこに行ったんだろう。何が起こったのか分からない。
 王様が黒幕だって何だ。戦士とルキちゃんは無事なのだろうか。ひとまず、事情を知ってそうな他の勇者たちに同行する。
 この日記を渡せるのはいつになるんだろう。』




『○月×△日
 戦士が千年前の勇者クレアシオンだった。戦士は復活した魔王を封印するためにいなくなってしまった。頑張れ、と言われた。初めて名前を呼ばれた。最初の頃によく見ていた、あの表情をしていた。戦士が笑っていなかった。
 戦士が勇者クレアシオンだと聞いて、いろいろなことが分かった。間違ってるかもしれないけど。

 戦士へ。戦士が初め、日記に返事をくれなかったのは字が読めなかったからだよね。千年も経ってれば字なんか変わってるだろうし。だけど、ボクに返事をするために読み書きを覚えてくれたんだよね。ありがとう、とても嬉しい。

 ボクはロスと友達になりたい。だから、お前を迎えに行く。
 待ってろ。』

『アルバさんへ。私もいっしょに行くよ。
 ロスさんへ。待ってろ。』




あいつがいなくなった後も、日記はボクと魔王で続けていた。あいつと会えたときに、今までの分を全部読んでもらうためだ。
ボクらは毎日日記を付けた。ページの最後に、あいつが返事を書くスペースを残して。この交換日記は、ボクと魔王と戦士、三人でやっているものだから。




ノートは随分増えた。持ち歩くと荷物になるから、書けなくなったノートは魔王の能力で魔界の魔王の部屋に置いてもらっている。戦士が残していった、ボクの日記も一緒にだ。
あと何冊増えたら戦士に渡すことができるだろう。戦士はこれを読んでどんな返事をしてくれるのだろう。笑うだろうか、怒るだろうか、照れるだろうか。それくらい、この交換日記にはボクと魔王の気持ちが詰まっていた。




『×月○日
 魔界一最強決定トーナメントの最終日。いろいろな魔法を使っている魔族がいて見ていて面白かった。特に卵の黄身だけを外に出す魔法を使う人。どうやって一回戦を勝ち抜いたのか気になる。
 卵の黄身だけを外に出す魔法があるなら、魂を取り出せる魔法もあるんじゃないかな。そうしたらロスの友達の中に入った魔王の魂も取り出せる。鮫島さんの知り合いにそんな人がいないだろうか。
 これで一歩、ロスに近付いてたらいい。』

『トーナメントおもしろかった!ヤヌアさんって本当に強いんだね。びっくりした。
 アルバさん。ぜったい近づいてるよ!なんか、もうすぐロスさんに会える気がする!女のカン!』




あいつに会ったら、このたくさんの交換日記をいつもボクがされてたみたいに叩き付けてやろう。痛がったって、あとで殴られたって。叩き付けてやるんだ。


だから待ってろ、ロス。
絶対に、ボクとルキはお前を迎えに行ってやる。









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