KNOCK BACK
「あとねー、この曲がカッコよくて……」
「え、いーじゃん。俺めっちゃこのサビ前好き。」
「ほんと?そしたらたぶんこの曲も好きだよ」
土曜日の夜12時を少しすぎる頃、悠仁と私は珍しく同じ時間を過ごしていた。
呪術高専でのいそがしい毎日。
私みたいなただのそこら辺の専門学生の忙しさとは訳が違う不定期で詰まったスケジュールを、悠仁は私のために割いてくれる。
そうして彼は一人暮らしの私の家に遊びに来てくれるのだが、そんな私たちの流行りはもっぱらオススメの曲交換。
最初は映画を見ようと誘ったけど、「俺、たぶん名前が見たい映画全部見たことあるよ。」と苦笑いしてたからやめた。
聞くと、どうやら呪術高専にはひたすら映画見る時間があるらしい。
映画研究会とかに入ってんのかな、それとも映画を見ると強くなるんだろうか。
呪いのことは、よく分からない。
「この曲がオープニングとめっちゃ合っててかっこいいの!イントロのベースとかもう最高。」
「あ、俺もこのアニメちょっとだけ見た。
なんか毎回曲違うんだろ?わくわくするよなー。」
じゃあね、と悠仁が曲のリストをスクロールする。
悠仁の曲の趣味良いんだよね、悠仁のくせに。
少しだけ顔を寄せて画面を覗き込むと、指を止めたそこには、私の知らないアーティストの名前。
「全然それと系統違うけど、いい?」
「うん。どんなの?」
「バラード系。最近めっちゃ聞いてんのあんだよね。」
彼がその曲名をタップする。
すると、優しくて柔らかいピアノと芯のあるボーカルが私の耳を撫でた。
そしてそこにギターとビートが入ってきて、まるでトンネルを抜けた電車の車窓みたいに景色が開ける。
現実に悔しさを感じて、でも隣にあなたがいて欲しくて。
そうやって世界に抗いながら拳を掲げる……みたいな、そんな曲。
まるで、彼自身みたいだなって、そう思った。
「すっごく素敵。これ何て曲……」
曲が終わって顔を上げた、その瞬間。
ふと目が合って、
彼と私の唇が重なった。
「"月が綺麗"。」
巨大な衝撃になって私の頭をがつんと殴る、どデカいノックバック。
「あ、えっ……?」
記憶が飛んだみたいに言葉を詰まらせる私に、彼が優しく笑った。
「ね、名前。」
画面に視線を戻す悠仁に、はっと我に返る。
月が綺麗って、好きって事だよね?
好きって、今告白されたって事だよね?
ぶわっと感情が溢れてきて、ぼろっと涙が零れた。
「えっ、名前!?ごめん嫌だった!!??」
嗚咽に声を奪われて、とにかくぶんぶんと頭を振る。
「ま、マジで綺麗だと、思います!!!」
必死に頭を回して、でも回りきってない私の言葉。
……え、なんか私めっちゃ意味わからんこと言った?
「……ぶはっ、」
ぽかんとして、それから吹き出した悠仁を見て顔が真っ赤になる。
死んでもいいわ、とか、私も好きとか、なんか、なんかもっとあっただろ……!!!
パニックがパニックを呼ぶ私の身体を、悠仁がそっと抱き締めた。
「俺、それ喜んでいいんだよね?」
「うん、うん、喜んでいい……!!」
めっちゃ嬉しい。と、彼が照れたように笑う。
なんだか甘ったるくて、でも締まりきらない雰囲気。
「ありがとな。」
顔を上げると、彼の澄んだ瞳が私をとらえた。
窓から差し込む柔らかい月明かり。
また、私たちの影が重なる。