バレンタインデー:五条悟の場合
「今日は2月14日か〜!」
「そうですね。」
「名前、今日は2月14日だね!」
「はい。」
「2月14日だよ、名前〜。」
「知ってます。」
職員会議後に、生徒たちがいる教室に向かう道中。
しつこく付きまとってくるストーカー……もとい恋人の悟の顔を、私は出席簿で押し退けた。
「名前、2月14日って何の日か知ってる?」
「予防接種記念日ですかね。」
「バレンタインデーでしょうが!!!
年に!1度の!恋人にチョコ渡す日!!!」
「へぇ。仏教徒なので。」
すっとぼける私の行く道を、彼が塞ぐ。
それを流して横をすり抜けた私の腕を、悟は慌てたように掴んだ。
「ちょっ、名前待ってってば。」
「……何ですか。」
「なんか……怒ってる?」
まさに、恐る恐る私の顔を覗き込んでくるのを、顔を逸らしてそっぽを向く。
「別に?」と小さくため息を着くと、「怒ってるよね、絶対。」と、彼は私の肩を掴んだ。
「別に。
私心が広いので、自分の彼氏が甘いもの好き故に誰彼構わずチョコをせびってる情けない姿を見ようがまさか怒ったりしませんよ。
私、心が、広いので。」
では。とまた歩み始めた私の隣に、一瞬唖然としていた彼が駆け寄ってくる。
まるで叱られた後の犬のようだ。
垂れた白いしっぽが見える。
「……あー、名前?」
「何ですか。
授業があるので手短にお願いします。」
「や、やっぱり、他の人にチョコ貰うの、やめよっかなーと思っ」
「は?」
「すみませんでした。」
深々と頭を下げた悟。
いつもこの調子だ、本当に反省してるかなんて分かったもんじゃない。
……そもそも、私は。
「……私は、生徒たちのように若くないし、硝子さんほど魅力的で無いですし。
だから、その……不安になります。」
「僕は名前しか見てないのに?」
当たり前のように私に甘い言葉を吐く彼に、心臓が掴まれるような気持ちになる。
それでも、です。察してください。と見上げると、突然、にやりと笑う彼。
「もしかして、名前……嫉妬してる?」
「いや、別にそういう訳では……」
「嫉妬してるの?
まったく、名前は本当に可愛いなぁもー!!
可愛い可愛い!」
「反省してますか。」
「本当にすみませんでした。」
ぐしゃぐしゃに撫でられた髪を手櫛で整えて、深々と頭を下げる彼に私はバックからそれを取り出した。
「……じゃあお詫びに、これ持って帰ってください。」
「へ?これって……」
「では授業があるので。失礼します。」
彼の手には、てのひらに収まるほどの小さな包み。
ぼーっとそれを見つめて、やっと理解したのか、後ろの方ではっと息を飲む声が聞こえた。
そう、チョコですよ。
あなたの散々欲しがってた。
「名前〜!!」
私に飛びついた彼の顔を、私は再び出席簿で押し退けた。