バレンタインデー:伏黒恵の場合





バレンタインデーは、正直昔からあまり好きじゃなかった。
どこぞの白髪とは違って、チョコを貰ったところでそんなに甘いものばかりは食べられない。

だからチョコが欲しいとは思ったことがないし、貰って喜ぶことも無かった。


……今までは。


「はい、これ。」

「あ?何だよいきなり。」

「何だよって何よ。
1年組紅一点からの全力義理チョコよ。
もっと騒いで喜べや。」

「義理に全力も手加減も無いだろ。」

「うっさいわね。いいから黙って受け取りなさいよ。
中身はただのキットカットだから、安心して。」


釘崎が俺の眼前に突き出したチョコを、渋々受け取る。
一応「ありがとう。」と声を掛けると、あいつはやれやれとでも言いたげに首を振った。


「あんたにはどうせ愛しの名前からの大本命チョコがあるんでしょ?
全く、そんなに浮かれちゃって。
そんなの見せつけられるこっちの身にもなりなさいよ。
ねぇ、虎杖!」

「ぐえっ、お、俺ぇ?」


たまたま横を通り過ぎようとした虎杖のフードを、釘崎が掴んで引き寄せる。
「いきなりやめろよー、痛てぇだろ。」なんて呑気に首をさすりながら、虎杖は顎に手を当てて首を傾げた。




うーん、わかんねぇけど……

「苗字のチョコめっちゃ美味えから、伏黒は期待してて良いぞ!」



……は?

虎杖が?

俺はまだ、受け取ってないのに?




「……お前、もう名前からチョコ貰ったのか。」

「え?ああ、うん。教室の前で。」

「いつ。」

「今日の朝だけど……えっ、伏黒なんで怒ってんの?」

「怒ってねぇ。」



虎杖に詰め寄る俺からそいつを引き離すように、釘崎がまた虎杖のフードを引いた。

また「ぐえっ」と、つぶれたカエルみたいな声が虎杖の口から漏れる。


「名前を愛して止まない超面倒クサ彼氏は、自分より先に他の男がチョコ貰ってんのが気に食わないのよ。
ちなみに、私ももう貰った。」


うぇーい、ざまぁ。と舌を出す釘崎。

……殴られたいのか?コイツ。


握りこぶしを作って歩み寄ろうとする俺を、虎杖が「どうどう!」と押さえ付ける。

くそ、こんな馬鹿力じゃなけりゃコイツらに1発ずつお見舞いできたっつのに。



その時。
あーだこーだ言っている俺たちの後ろで、俺の待ちわびた声が聞こえた。


「あれ、3人揃ってどうしたの?」


やっほー。なんて言いながら手を振っているのは、名前。
俺が何か口を開く前に、釘崎が俺の目の前に立ちはだかった。


「名前ー、伏黒クンは名前からのチョコが待ちきれないんですってー。」


「おま、釘崎、わざわざ名前に言う必要無いだろ……!!」


なんでもない、忘れろと言おうとした俺の肩を抱いて、名前がおかしそうに笑う。
俺の好きな、綺麗な笑顔。
それが、少し低いところから俺を見上げた。



「あっはは、朝から浮かれてたもんね。
わかるわかる。
恵、私の部屋にちゃんと用意してるから、夜ご飯の後一緒に食べよ。」

「あ、あぁ……」



名前の笑顔に、思わず反論も出来ずに押し黙る。

その様子に、釘崎と虎杖は悪い顔をしてくすくす笑った。



「相変わらず、名前の方が上手ね。」

「いつもはクールな伏黒サンもタジタジだな。」

「……お前ら、聞こえてんぞ。」


その様子に、名前がまた笑う。
そのまま俺の隣を離れると、2人の肩を叩きながら間を抜けた。


「まあまあ、2人とも。
……あんまり私の可愛い恵を虐めないでちょうだいね。」


じゃあね、と名前が後ろ手にひらひらと手を振る。
そのまま彼女が去っていったのを見計らって、虎杖は小さく釘崎に囁いた。


「……苗字ってさ、時々怖いよな。」


釘崎もうんうんと頷いて、声をひそめる。


「おアツいのは伏黒だけじゃ無いって事ね。」





「お前ら、聞こえてんぞ〜。」


後ろから聞こえた名前の言葉に固まる2人に、俺は苦笑いするしかなかった。





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