「あーー、午後の授業だるい」
「お前スカート履いてんだから寝そべるなよ。せめてジャージ履け、ジャージ」
「きゃー悠仁クンのえっち」
「どうしよう、めっちゃ殴りたい」

 隣であぐらをかいてジャンプ読む悠仁が、呆れた瞳であたしを見下ろす。
 日向ぼっこの名目で屋上の床に寝転がっていたあたしはパッと上半身を起こして、きらきらと輝く太陽を見上げた。

 空はこんなに澄んで晴れやかなのに、数Vの授業が行われているであろうクラスのことを考えると死ぬほど憂鬱な気分になる。

 卒業前の大事な時期だ、我慢どころだと先生は言うけれど、あたしにとっては勉強なんて最初から最後までただの拷問作業でしかない。どうして友達とのさよならの瞬間まで我慢しなければならないのだ。

 と、そんなこんなの文句を掲げて避難して来たあたしに続くように、何故か悠仁は独り占めしていた屋上に現れた。

「悠仁は何で授業サボって来たの?大塚先生の家庭科カモじゃん」
「んー、教室からお前見えたんだよ」

 なにそれ。

 どくんと鳴った心臓に気付かないフリをして、あたしは精一杯眉間に皺を寄せる。

 見えたから何なんだ。一緒に居ようと思ったのか。
 だとしてもそんなサラッと言えるヤツじゃないでしょその台詞は。

「天然タラシだよね、悠仁って」
「たら…?」

 苛立ちに任せて悠仁の肩を叩けば、何ともなさそうな顔をするそれと目が合った。硬いんだよコイツの体。怪力。ゴリラ。

「嶺亜が失礼なこと考えてることぐらい俺にも分かるからな」
「へ?」

 心の中を読まれたのかと飛び跳ねるあたしを、今度は悠仁が可笑しそうに笑う。

 飾り気なく笑う悠仁はすごく綺麗だ。
 それはあたしだけじゃなく皆にも向けられている笑顔だけど、でもあたしにとっては宝石みたいに特別な……ちょっと盛ったか。

 悠仁は一年の頃に仲良くなった、所謂男子にモテるタイプの奴だった。
 明るくて裏表の無い悠仁はちょっと面倒臭いあたしの性格上 居心地が良くて、気付けば沼にはまっている。



 “ ――歩いて行く道は、きっと違うけれど”

 ジャンプへ視線を戻したそれから、呑気な鼻歌が聴こえて来る。みんなで猛特訓中の、卒業式の合唱曲。

「高校でも元気でね、悠仁。友達いっぱい作るんだよ」
「ンだよ急に。爺ちゃんみたいなこと言いやがって…。嶺亜こそ中学みてーにバンバン授業サボんなよ」

 いつもの調子で返す悠仁に、少し寂しくなりながら笑い返す。

 卒業したら、あたしは親の急な都合でここから遠い高校に入学することが決まった。3月になったら本当のさよならだ。口うるさい先生からも、仲良しのグループからも、初恋の相手からも。

「バカだなぁ、あたし」

 こんな事ならもっと積極的に可愛くなる努力したし、夏祭りにも誘ったし、早いとこ告白してリア充というものを噛み締めていたのに。いや成功する前提かーい、…って。

「……嶺亜?」

 少し感傷的になったせいか目が熱くなって、慌てて両手で顔を隠す。
 そっぽを向くあたしの手を悠仁が心配そうに握るもんだから、余計に切ない気持ちがせり上がった。

「何でもない。目に砂入っただけだよ」
「じゃあ何で声震えてんだよ。俺何かした?」

 泣かれるのに慣れていないのか焦ってゴリラ力で手を退けようとするそれに、観念したあたしは大人しく情けない顔を晒す。

 視線が絡まった悠仁はあたしの濡れた瞳を見て、茶色の目をきゅっと丸くした。こうなったらヤケクソだ。降りてこい、素直で可愛いあたし。

「悠仁…お願いがあるんだけど。卒業式の日さ――」

 遠くで授業終了のチャイムが鳴っている。

「第二ボタンちょうだい。…そういう意味で」

 あたしの勇気を振り絞った告白にフリーズしたそれは、次の瞬間には見慣れたアホ面を真っ赤に染め上げた。

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