8.紅榴再び

「无限ー!」
 気配を感じ、どう対処したものか迷っているうちに彼女は目の前に飛び跳ねてきた。
「好久不見!」
 そのまま首に抱きつかれる。背が高いので、視界が覆われてしまった。気が済んだだろうとすぐに引き剥がす。
「紅榴、いたのか」
「无限こそ! こっち来てたんだな。赤ちゃん連れてきてくれたんだろ!?」
 わくわくした顔で聞かれて、首を振る。
「任務で来ただけだ。私ひとりで」
 少しずつ、任務の時間を増やしている。小香に負担をかけるのは申し訳ないが、働かないわけにもいかない。今回は少し遠い、西の省にある館に来ていた。転送門があるからすぐに戻れるとはいえ、やはり物理的に距離があり、家族と離れてしまっていることを感じてしまう。
「赤ちゃんいないのか!? 聞いたぞ! 生まれたんだろ!?」
「ああ」
 あたりをきょろきょろと見回して、私にずいと顔を近づけてくる。
「見たい!」
「そう言うと思った……」
 だからなるべく会わないようにしていたのだが。先程、すぐに身を隠すという選択をしなかったことを後悔した。
「まだ小さいから、だめだ」
 しかし一応、断る。紅榴は加減を知らない。美香の前であまり騒がれても困る。もう少し大きくなってからでないと不安があった。
「会いに行く! どこにいるんだ?」
 紅榴は笑顔で言いきる。やはり聞く耳を持たなかった。
「ここにはいない」
「あの、小香の狭い家か?」
「狭くはない。いや、そこでもない」
 小香の一人暮らしの家を引き払ってもうずいぶん経つ。何度も世話になってしまった。今思えば、もっと早く家を用意するべきだった。小黒にも小香にも窮屈な思いをさせてしまっただろう。
「じゃあどこだ? 連れてってくれ!」
 完全に来るつもりになっている。こうなると、紅榴は絶対に考えを変えない。
「……小香がだめだと言ったら、諦めなさい」
 仕方なく、端末を取り出す。彼女がだめだなんて、言うはずはないのだが。
「わかった!」
 しかし珍しく紅榴は聞き分けよく頷いてみせた。一旦引くような柔軟さは持っていない。だから素直に小香の言うことは聞こうという態度を取っているということだ。それに少し驚きつつ、電話をかける。しばらく呼び出し音が鳴って、小香が出た。
『无限大人! どうしたんですか?』
 声には驚きと、嬉しさが滲み出ている。そのかわいらしさについ頬が緩みそうになったが、紅榴の手前、軽く咳払いをして誤魔化した。
「うん。今、紅榴と会ってね」
『あ! 紅榴さん! そういえば、子供ができたら会いに来てくれるって言ってましたよね』
 小香の方から話題に出されてしまって、無駄な足きだと悟る。
「そうなんだ。家に来たいと」
『もちろんです! あ、今日帰れそうなんですか?』
「うん。夕方には」
『よかった! じゃあ、ご飯たっぷり用意しておきますね』
「簡単でいいよ」
 美香の世話もあるのに、言葉通り張り切って用意しそうな小香に、慌てて伝える。しかし、小香はすっかり紅榴を歓迎することを楽しみにしているようで、聞き流されてしまった。通話を切ると、にんまりとした紅榴が待っていた。
「……言っておくが、絶対に暴れないように」
「なんだそれ! 赤ちゃんに会いに行くだけだよ! あとうまい飯を食べにな!」
「以前も小黒と手合わせしようとしただろう」
「そうだな、また手合わせしたいな。あれから少しは上達したか?」
 もちろん、修行は続けているが、学業もあるから、修行に専念するのに比べれば伸びは少ないかもしれない。だが、それでいい。
「それは、また館で確かめてくれ」
「いいぜ! 无限もやろう!」
「私はやめておく」
「火が怖いのか?」
 腕を組んでにやにやと笑い挑発してくる紅榴に溜息を吐く。
「火を使わせるまでもない」
「あ! またそうやって! 戦いもせずに決めつけるんだからずるい!」
「では、私はまだやることがあるから、あとで迎えに来る」
 抗議してくる紅榴をかわして、仕事に戻る。

「くれぐれも大人しくするように」
 家に連れてくる道中、何度も言い聞かせ、最初こそわかってると答えていたが、もはや返事をするのも面倒そうな顔をして頭を掻いているが、家を燃やされでもしたら問題だ。事細かに注意をするが、彼女の頭の中にはだめの二文字しか残らないだろう。
「ここだ」
「へえ! でかくなったな!」
 紅榴は感心して門を見上げた。
「今はここに、家族四人で住んでいる」
「ふうん」
 紅榴はよくわかっていない顔で唸る。家族、という言葉がぴんと来ないのだろう。
「一箇所に留まってるんだな」
「ああ」
 たまに、紅榴は何を考えているかわからない顔をする。紅榴を連れていたときも、館には留まらず、家も持たなかった。紅榴はそういう生活が性に合っていたようで、私から離れたあとも定住せず、あちこちの館を転々としている。だから、意外に思ったのかもしれない。
 鍵を開け、ドアを開けると、物音に気づいた小香が玄関まで迎えに来た。
「紅榴さん! いらっしゃい! 无限大人も、おかえりなさい」
「小香、好久不見ー」
 紅榴は頭を下げて戸を潜りながら、にかっと小香に笑いかけた。
「ただいま、小香」
 紅榴の次になってしまったことに若干の不満を抱きつつ、スリッパに履き替える。紅榴は小香に出されたスリッパに足を突っ込んでいた。
「歩きにくいな、これ。なんでこんなの履くんだ」
「外の土で床を汚さないようにですよ。不便でごめんなさいね」
「いいけどさ」
 やはり、紅榴は大人しく従う。もしかしたら、小香の言うことは聞くんだろうか。なぜ。
「夕飯までまだ時間ありますし、小黒もまだ帰ってきませんし、どうしましょうか」
 リビングに紅榴を通して、私に相談を持ちかける。答える前に、紅榴が声をあげた。
「赤ちゃん! 見せてくれ!」
「ふふふ、そうでしたね」
 小香は笑顔で美香の部屋に戻っていった。私は内心はらはらしながら、楽しそうに待っている紅榴の様子を注視した。

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