5.笑顔の団欒

「小白! いらっしゃい!」
「小黒! 新年快楽ー!」
「新年好!」
 玄関から子供たちの元気な声が聞こえてくる。インターホンが鳴った瞬間、小黒が飛び上がって玄関に駆けていったので、羅家のお迎えを任せることにした。やがて廊下を走る軽快な足音がして、リビングのドアが開いた。
「小白たち来たよ!」
「いらっしゃい、小白ちゃん。羅さん、旦那さんも、ご無沙汰してます」
「どうも、新年早々お邪魔しますよ」
 羅さんたちがリビングに入ると、一気に賑やかになった。
「元気そうね、小香! 安心したわ」
 羅さんは私の顔色を見て、ほっとしたように言う。
「大変だったでしょう、色々。初めての出産だものねえ」
「はい。でも、みんなに助けてもらったので」
 経験者である羅さんはよくわかる、と深く頷いてくれた。
 立ち話もなんなのでソファに座ってもらって、ご飯の準備をする。春節の最後の日、田舎から帰ってきた羅家を招いて、餃子などの料理を食べてもらおうと小黒を中心に企画した。
「赤ちゃんは?」
 羅さんがそわそわと部屋を見渡すので、奥の部屋から美香を抱いて連れてくる。さっき起きたばかりで、まだぼんやりとしていた。
「あらかわいいー! 小白も昔はこんなにちっちゃかったわねえ」
「そうなの? 全然覚えてないや」
「よく泣いてよく動く子でねえ、目が離せなかったわ」
 羅さんは目を丸くしている小白の顔を見ながらしみじみと語った。美香も、いつかは小白ちゃんのように大きく、元気に成長するのだと思うと、不思議な気持ちだ。
「美香ちゃんも、小白ちゃんみたいに素敵なお姉ちゃんになりたいね」
「えへへ! 早く一緒に遊べるようになるといいなあ」
 小白ちゃんは照れながら、美香の手を優しく握った。
「ちょっと抱っこさせてもらってもいいかしら?」
 羅さんがうずうずと腕を伸ばしてくるので、そっと美香を受け渡す。羅さんは上手に抱いて、美香の頬をつついた。
「はぁー、なんてハリのある柔らかいほっぺ」
「赤ちゃんのほっぺって、すごくもちもちだよね!」
 二人に両側から頬をつつかれて、美香はきょとんとしている。
「ねえ! ご飯冷めちゃうよ。早く食べよう!」
 小黒が痺れを切らして私達を呼んだ。羅さんは私に美香を返して、今いくよと返事をする。
「これ、ぼくと師父で作ったんだよ!」
「小黒のご飯もお師匠さんのご飯も美味しいから、食べるの楽しみだったの!」
 小黒が胸を張り、小白ちゃんはさっそくお箸をつけた。
「うん、美味しい!」
 そういって、笑顔で頬を手で押さえる。
「いっぱい作ったから、いっぱい食べてね!」
 小黒もとても嬉しそうだ。今年は小白ちゃんと田舎で過ごせなくて申し訳なかった。
「おじいちゃんも、赤ちゃんが生まれたの、すごく喜んでたよ」
 小白ちゃんがこちらを見て教えてくれた。
「早く会いたいから、こっちから行こうかって張り切ってたね」
 羅さんもおかしそうに肩を揺らす。
「だから、来年は是非、美香ちゃんも一緒に行きましょうよ」
「ありがとうございます。楽しみね、美香ちゃん」
 抱っこしている美香に話しかける。細々と食卓を整えていた无限大人は、それが終わると私から美香を預かって、落ち着いて食べられるように気を配ってくれた。
「君も食べて」
「はい。ちゃんといただいてますよ」
「いっぱい食べて、もっと体力つけないとね! 赤ちゃんは動けるようになると、もっと大変よ」
「そうですね……!」
 羅さんの忠告に、しっかりと頷く。
「そろそろ、こっちに反応したり、笑ったりするころかしらね。そうなると、ますますかわいくなるのよねえ」
「美香ちゃんの笑顔かぁ……」
 いまのところ、美香は泣くか寝ているか、まどろんでいるかくらいで、はっきりと表情を見せることは少ない。周りの顔をよく見て、学んで、真似をして、笑うようになるのはもう少し先だとお医者さんは言っていた。
「このまんまるのおめめで、じっと勉強中なのね」
「じゃあ、いっぱい笑ってあげよう!」
 小黒が手を上げて言って、小白ちゃんも身を乗り出した。
「美香、これがお兄ちゃんの笑顔だよ!」
「美香ちゃん、これがお姉ちゃんの笑顔!」
 二人にぐいっと顔を近づけられて、美香はぼんやりと顔を動かす。瞳はじっと二人に向けられていた。无限大人はその様子を微笑んで眺めている。
「かわいいなぁ、赤ちゃん」
 小白ちゃんは美香の頭を撫でて、羅さんを振り返る。
「ママ、私も妹が欲しい!」
「無理」
「えー!」
 羅さんにきっぱり断られて、小白ちゃんは不満そうな声をあげた。
「うう。じゃあ、美香ちゃんのお姉ちゃんになる! いいかな?」
 そう言って、私たちの顔を見る。切実な表情がおかしくて、可愛らしかった。
「もちろん、いいよ! でも、ぼくが一番のお兄ちゃんだからね」
 小黒が快諾して、念を押した。張り合う様子が面白い。それだけ、兄としての自覚を持ってくれているんだと思うと、嬉しかった。
「やったあ! あれ、じゃあ、小黒は私のお兄ちゃんになるの?」
「え? そうなの?」
 二人して首を傾げるのがなんとも愛らしい。
「小白は友達だよ」
「あはは、そうだね!」
 どうやら兄妹という関係は違うらしく、小黒が訂正すると、小白ちゃんも笑って納得した。
「よかったね、美香ちゃん。お姉ちゃんが増えたよ。嬉しいね」
 美香は口をちょっとあけて、私の方を見上げる。口角が上がっているように見えて、はっとした。
「美香ちゃん、笑ってる?」
「ああ、本当だ」
 无限大人もそれに気付いて、笑みを浮かべる。
「え! ほんと!?」
 小黒たちも覗き込みに来たけれど、そのときにはもう笑みらしきものは消えてしまっていた。
「残念、見逃した……!」
「ふふ。これから、いっぱい見られるようになるよ」
 きっと、笑い声が絶えない毎日が待っている。

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