24.甘えんぼ

「限哥……」
 布団に入って、枕に頭を乗せ、そのまま寝るのかと思ったが、小香は目をきらきらとさせて、じっとこちらを見つめている。
「どうした?」
 ひたすらに私を見上げる顔がかわいらしくて、笑みを浮かべながらベッドに腰を下ろす。香香は先程眠ったところだ。最近は夜起きることも減って、小香もよく眠れているようで、よかった。夜はなるべく私が香香の相手をするようにしているが、どうしても母親でないといやだとぐずることもあったから、小香には負担をかけてしまっている。
 疲れた様子の小香を見るのは心苦しかったが、それでも彼女は香香の世話をするのが幸せでしょうがないというように、笑みを絶やさなかった。
「んん……その……」
 小香は布団の中でもぞもぞとしていたが、不意に起き上がって、布団から出ると、私の後ろにそっと抱きついた。控えめに、腕が腰に回される。
「今日は……甘えたい気分……かもです」
 あまりに愛らしいことを言われて、目が眩む。こんなふうに素直に甘えてくれるのは貴重だ。この機を逃す手はない。私は腰に回された手に手を重ねる。
「ふふ。もちろん。いくらでも甘えてくれてかまわない」
「へへ……」
 彼女は恥じらいながらも、私の肩に頬を寄せる。
「大好きです、限哥……」
「私も、好きだよ」
 すぐにも吻をしたかったが、彼女は今の姿勢がいいらしく、動けなかった。
「限哥と出会ってから、いろんなことがいい方向に進んでるんです」
「うん?」
「限哥のおかげなのかもって、改めて思って」
「そうか」
 彼女が何を差してよくなっていると言っているのかはわからないし、彼女が話さないなら詳しく聞くこともないかと思うが、私との出会いをいいものだと考えてくれているなら、それ以上のことはない。
「私も、小黒も、君に出会ってたくさんのいいものをもらったよ」
 たまに遊んだり食事をしたりする関係から、一歩進んで長い時間を一緒に過ごすようになり、名実ともに家族となって、こうして子を儲けた。長く生きてきた中でも、ここ数年は特に充実している。もちろん執行人として働く時間も満ち足りていたが、それ以上に暖かなものを、与えてもらっている。結婚式での、館長の祝辞を思い出す。私が安らげる場所は、彼女の隣だ。
「小香」
「はい」
 ぺたっと背中に張り付いたまま動かないので、そろそろ私の方が痺れを切らしそうだ。
「私も、君を抱きしめたいのだが」
「ふふ。もうちょっとだけ」
 小香はくすくす笑うが、動こうとせず、逆に腕に力を込めた。甘やかすと言った手前、彼女の好きにさせるしかない。しかし、この持て余した両手が、彼女の柔らかな身体に触れたいと欲している。この唇で、彼女の体温を味わいたいと、望んでいる。
「小香?」
「はい?」
「これで、甘やかしていることになっているだろうか?」
 なので、遠回しに訊ねてみる。もっと、頭を撫でたりだとか、してやりたいと思うのだが。
「なってますよ」
 小香は満足そうにそう答えて、私の背中に頬ずりをする。確かに甘えてくれている。彼女がこのままでいることを望むなら、そうしてやりたい。だが、しかし……。
「ふふふ。わかりました、わかりました」
 小香は肩を揺らしながらそっと離れるので、腰をひねって小香の方を向く。
「もっと甘やかしてください」
 そう言ってぽすんと私の膝に頭を乗せた。ふわふわした髪が、私の膝からシーツの上へ広がる。私はそこに指を通して、梳いてやる。それから頭を撫で、頬を辿り、腰を丸めて吻をした。
「んっ……」
 甘やかな声が彼女の口から漏れる。
 しばらく吻を続けて、その温もりと柔らかさを堪能してから、起き上がり、彼女を促して、一緒に布団に入った。
 そして改めて、腕の中に彼女の小さな身体を仕舞い込む。彼女は身体の力を抜いて、私に全身を委ね、目を閉じた。
「小香」
「はい」
 ゆるく腰を撫でて、名前を呼ぶ。小香は少し眠そうに、返事をした。
「そろそろ、どうだろうか」
「……あ、そう、ですね」
 小香はその意味を悟って、頬を赤らめた。
 ずいぶん前から、医者にはいいと言われていた。ただ、小香の身体を気遣って、すぐにはしなかった。けれど、最近は彼女の顔色もいいし、香香も寝ている時間が長くなってきた。だから、そろそろ、と考えていた。
「もちろん、無理にとは言わない。君がいいと思えるまで、待つよ」
「……はい」
 小香は赤くなりながらも、私の服の裾をきゅ、と握った。
「私も……そろそろ、と、思ってましたから……」
 小さな声で正直な気持ちを聞かされてしまい、下半身が疼いた。今日でなくても、と思っていたが、こうなると、これ以上の我慢がきかないかもしれない。
「限哥……」
 小香の腰を抱き寄せて、その瞳を見つめる。私を見つめ返す大きな黒い瞳は、きらきらと濡れていた。
「小香」
 先程とは違う、深くて甘い吻をする。
「愛しているよ……」
 僅かに唇を離し、思いを囁く。彼女はうっとりと溜息を漏らした。

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