98.退院

无限大人の運転する車で久しぶりに家に帰ってきて、ほっとした。見た目は変わっていないけれど、これから新しい生活が始まるのだと、腕の中の存在が教えてくれる。
「美香ちゃん、ここがあなたの部屋だよ」
さっそく部屋に入って、ベビーベッドに美香ちゃんを寝かせる。まだまだ小さくて、ベッドが余っているけれど、きっとすぐに大きくなるんだろう。
「美香、ずっと寝てるね」
小黒は少し寂しそうにしている。早く遊びたいようだけれど、美香ちゃんがもう少し大きくなるまで待ってもらわないといけない。
「赤ちゃんは寝るのが仕事だからね。いっぱい寝て、大きくなるの」
「寝てれば大きくなるの?」
そんな話をしているうちに、赤ちゃんがぐずり、泣き出した。
「おっぱい欲しいのかな?」
小黒は泣き声にちょっと耳を伏せつつも、赤ちゃんの様子を心配そうに伺う。抱き上げてお乳をあげようとしても吸い付かなかった。
「違うみたい」
じゃあどうしたんだろう、と泣き止まない顔を見つめて求めていることを知ろうとするけるど、わからなかった。
「おしめかもしれないよ」
すると无限大人がそういって手を伸ばしてくるので、美香ちゃんを預ける。ベッドに寝かせておむつを確認したところどうやら当たりだった。
「くさっ!」
小黒は鼻を摘んで顔をしかめる。无限大人は笑いながら、手際よくおむつを交換した。すっきりしたのか、美香ちゃんはまたすやすや眠り始めた。
「赤ちゃんはご飯を食べるのも、トイレも、着替えもできないから、こうやってやってあげるんだよ」
「そうなんだ……。しゃべれないから、どうしてほしいかわからなくて、難しいね」
小黒は困った顔をして、无限大人を見た。
「師父、よくわかったね。赤ちゃんの気持ちがわかるの?」
「泣いたときはまずお腹が空いたか、おしめが汚れたかを確認して、どちらでもなければ抱いてみて、それでも泣き止まなければ何か体調に問題があるかもしれない、と考えていくといい」
「わかった」
无限大人に教えてもらい、小黒は頷く。美香ちゃんのお世話をしようと、張り切ってくれている。
翌日にはお母さんが来てくれて、慣れない子育てについていろいろとアドバイスをくれた。赤ちゃんは夜中でもお構いなく泣くので、なかなかゆっくり休める時間はなかったけれど、みんながいろいろと助けてくれるので、無理をせず余裕を持ってお世話ができた。
「ほんとにかわいいわねぇ、美香ちゃん」
腕の中で気持ちよさそうに眠っている顔をにこにこしながら眺めて、お母さんはゆりかごのように身体を揺らす。
「おじいちゃんにも、会わせたかったな」
「曾孫ができるって知って、とても喜んでたわよ。それだけでも、きっと十分よ」
「うん……」
いつか美香ちゃんが大きくなったら日本に連れて帰って、日本を見てもらいたい。そのときが楽しみだった。

夜中、美香ちゃんの泣き声で目が覚めた。授乳してあやしていると、またぐずり始めてしまう。
「どうしたのかな、美香ちゃん。どうして泣いてるのかな?」
話しかけながらいろいろと確認しても、原因はわからなかった。とにかく何かが気に入らない、というように泣き続ける美香ちゃんに次第に焦りが生まれてくる。そのうちに寝室で寝ていたはずの无限大人がやってきた。
「起こしちゃいましたか? すみません」
「いいんだ。泣き止まないんだな」
「そうなんです。どうしたらいいか……」
无限大人は美香ちゃんを抱いて、顔色を見たあと、揺すったり、背中をそっと叩いたりしてあやした。すると、ようやく何かが満たされたようで、美香ちゃんは泣き止んで、眠り始めて、ほっとした。
「よかった……」
「あとは私が見ておくから、寝ていなさい」
「でも、无限大人も明日任務なのに」
「大丈夫だよ。寝不足だろう。寝られるときに寝ておいで」
「わかりました……」
床に敷いた布団に横になると、无限大人が隣に座る。するとまた美香ちゃんが泣き出してしまうので、无限大人は立ち上がってあやし続けた。
「どうやらこうして欲しいようだな」
「ふふ。パパに抱っこしてもらって、よかったね」
ここはやっぱり无限大人に任せるしかないみたいだ。
「ママを少し休ませてあげよう、美香」
无限大人が小さな声で美香ちゃんに話しかけるのを聞きながら、すっと眠りに落ちた。

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