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「ほら、入りなさい」 「う、うん」 无限大人に促されて、小黒は緊張気味に部屋に入ってきた。そして、私の腕の中で寝ている赤ちゃんを見て耳をぴんっと立て、立ち止まる。 「その子が……赤ちゃん……?」 「そうだよ。美香ちゃん」 「美香……」 无限大人に背中をそっと押されて、小黒はおずおずと側までやってきて、丸い目をさらに丸くして赤ちゃんを凝視した。 「ちっちゃい……」 「そうでしょ。触ってみて」 「う」 びくっと耳を揺らして、小黒は慎重に腕を伸ばしてくる。指先が触れそうになったところで赤ちゃんが身動ぎをしたので、驚いて手を引っ込めそうになったけれど、赤ちゃんはそのまままた大人しくなったので、そっと頬に触れた。 「わ……柔らかい……それに、あったかい……」 少し緊張が解けたようで、身を乗り出して、頭の匂いを嗅ぐ。 「なんか、不思議な匂いだね」 「赤ちゃんの匂いだよね」 くすぐったかったのか、赤ちゃんはもぞもぞと動いて声を上げた。小黒は赤ちゃんの動きをじっと眺め、笑みを浮かべた。 「元気そうだね! よかった。ちっちゃくて柔らかくて、かわいいなぁ」 「ふふ。ほんとに」 小黒はもう遠慮がなくなって、頭を撫でたり、手を摘んでみたりと、いろいろ試している。 「でも、ほんとにこの子が小香のお腹に入ってたの……?」 小黒は疑わしい目で私と赤ちゃんを見比べる。ついさっきまで、この子と私はへその緒で繋がっていたんだ。 「そうだよ。頑張って産んだんだから」 「すごいなぁ……。子供産むのって、たいへんなんだね……」 改めてしみじみと言うので、おかしくなってしまう。 「本当に大変だったんだよ」 无限大人は小黒の肩に手を置いて、厳かに言った。 「それを乗り越えた小香は、とてもすごいんだ」 「うん……すごい……!」 愛情の込もった无限大人の視線と、小黒のきらきらした瞳が向けられてむず痒い。ふいに、赤ちゃんが泣き出して小黒はびっくりして狼狽えた。 「ど、どうしたの!? どこか痛いのかな!?」 「たぶん、お腹が空いたんだよ。さっきおっぱいあげてからだいぶ経ったから」 何かを探すように顔を動かす赤ちゃんを支えながら、胸元をはだけて授乳する。小黒は不思議そうに眺めていた。 「そっか、動物の赤ちゃんみたいに、お乳を飲むんだ」 「そうだよ。まだ歯も生えてないからね」 「よく飲んでるな」 无限大人も、元気に吸い付く様子を嬉しそうに見守っている。 「美香。ぼく、小黒だよ。きみのお兄ちゃんだよ」 小黒は赤ちゃんの頭を撫でながら、優しく話しかける。 「ずっと会えるのを楽しみに待ってたんだ。早く退院して、うちに帰ろうね」 経過がよければ、すぐに退院できる予定だった。家のことは无限大人に任せ切りだ。家事はなんでもできるから、安心して任せられるけれど、やっぱり申し訳なく思う。 「无限大人、もうしばらくは家のこと、お願いします」 「当然だろう。小黒も手伝ってくれているよ」 「うん! あ、クリスマスは一緒に過ごせるよね?」 「そっか、もうそんな時期か」 すっかり忘れていたけれど、もう今年も終わりが近かった。 「そうだ、美香にプレゼントあげよう! 何が嬉しいかな」 小黒はいいことを思いついた、とぱっと笑う。 「小白にも早く会わせたいな」 「クリスマスパーティ、うちでするか、今年は」 「いいですね」 小黒が羅家にお邪魔することが多いから、たまにはうちにも呼びたい。无限大人の提案に、私も小黒も喜んで頷いた。 「じゃあ、ぼくたちで家を綺麗に飾っておくからね。帰ってきたらびっくりするよ!」 「ふふ! 楽しみだな」 楽しみね、と赤ちゃんにも声を掛ける。お腹がいっぱいになって、またすやすやと寝てしまった。 「小黒、そろそろ帰ろうか。小香を休ませてやろう」 「そうだね。すごく疲れてるみたいだし」 自分では思ったよりも元気なつもりだったけれど、二人は体調を気遣ってくれて、長居はせず帰って行った。腕の中の赤ちゃんと二人きりになって、じっとその顔を眺める。いくら見ても見飽きることはなさそうだった。 「美香。私のかわいい赤ちゃん。元気に生まれてくれてありがとうね」 愛する人と二人で授かったかわいくてかけがえのない命。頬擦りをして、匂いを嗅ぐ。偶然なのか、赤ちゃんもこちらに答えるように顔を動かしてくれて、なんだか泣きそうになってしまった。 ← | → |